侵入者
シグマの機嫌は最悪だった。シグマは腰に長剣を帯びているが、それが微かにどこかに触れてガチャガチャと不穏な音を響かせている。
「お前は一体どういうつもりだ?」
「え……っとぉ」
こう言う言い方をシグマがする時には、言い訳をしてもろくな事にならないと言う事をこの数日で既に学んでいるラムダが口篭もると、みるみるシグマの怒りのボルテージが上がっていく。端正な顔に朱が走り、ラムダは身のすくむ思いだった。
「再構築された住人に不安を抱かせるような事を、我々が口にしてどうする」
「す……すみません」
「そもそも、疵があるようでは再構築した意味が無いだろう。お前の役割は元との乖離の確認のはずだ」
一方的にまくし立てられて、ラムダがバツの悪そうな顔をするのが気に触るのか、尚も言い募ろうとするシグマに、困った様な笑いを浮かべながらデルタが穏やかに割って入る。
「まぁ、まぁ。まだラムダは慣れていないんだから」
都市はいつの間にか平穏な姿を取り戻している。通りの真ん中で揉めているラムダ達を住人が遠巻きに通り過ぎていく。
「最近は侵入者が増えてきているんだ。そんな暢気な事では困る。特にラムダ、お前は最新スペックの自覚を持て」
吐き捨てるようにシグマは踵を返し、ラムダはしおらしく頭を下げた。シグマも気持ちを切り替えるかの様に中央管制室へ通信を入れ、先ほどの侵入者の状況を確認し始めた。
「まぁ、こんな事は日常茶飯事だ。気を取り直して定期走査を続けようか」
ぽんぽんとラムダの肩を叩いでデルタが促した。ゴーグルが細かい光の線を描いて、柔らかい表情に感じられる。
「……はい。すみません」
「ラムダは何日目だっけ?」
「10日目です。途中で一度メンテに入ったんで3日ほど間が空いてますが」
「そうか。調整がまだ完全じゃないのか?」
「いや……そうではなくて、新しいルーチンが出来たんで追加されたみたいです。まだちゃんと説明聞いてないんで何とも言えないんですが」
「ふーん。最新っていうのも大変だな。定期走査は慣らし運転みたいなものか」
「恐らくは……」
シグマの通信が終わるのを横目で見ながら、ラムダとデルタは待っていた。シグマの目の前の空間にはスクリーンが描き出され、何かの情報が表示されている。
その時、僅かに空間が揺らいだ。
「?」
ラムダが目を擦った時、彼方から力強い蹄の音が響いた。
「馬……?なんか、ここに居るわけない」
しかし、期待を裏切るかのように彼方から黒馬が通りを疾駆してきた。その背には黒装束の男が跨っている。
「止まれ!侵入者か!?」
直ぐ様、シグマが黒馬の通り道を塞ぐように立ちはだかった。しかし、シグマの命令にも怯む様子も無くその疾走は続いていた。都市でかなり強い権限を持つはずのシグマの命令を却下できる者はそう多くは無いはずだった。シグマに不審な表情が浮かぶ。
「危ない!」
慌ててラムダはシグマを庇って脇へ避けた。いつの間にか馬上の黒装束の男が繰り出した長剣は、危ういところで空を切った。そのまま黒装束は刀を返して、その先にいたデルタの首を一刀のもとに切り捨てた。
「デルタ!!」
デルタの首が地に落ちる前に黒馬は走り去り、デルタの体は霧散した。