Electric Visual City
やがて強い光は徐々に薄れていった。どの位時が経ったのだろうか?さらさらさらと何かがこぼれ落ちる音が密やかに響いていた。
ふとラムダは目を覚ました。明るい光に包まれていたため、自分が目をちゃんと開いているのか分からないくらい、周囲は光で溢れている。しばらくそのまま目を凝らしていると、徐々に空間を仕切る構造物が見えてくる。しかし、それは骨組みがあるだけで間には何も無かった。ラムダが何かに似ていると考えていると、はたと思い当たる物があった。デルタの視界に切り替えた時、輝線で顕された都市の構造に酷似している。空からは何か細かい物がさらさらと、時折降り注いでいる。都市の管理者を失って、都市は起動する事なくその機能を停止していた。
都市は全て塵と化したのだろうか?遮蔽物の無いこの広大な空間で、ラムダの目は都市の隅々まで見通す事が出来た。しかし、フレームと化した都市の残骸と呼べる物以外、見つける事は出来なかった。堅牢な都市のフレームを残して、中にあったものは全て塵と化してしまったのか。ラムダは一人声を殺して泣いていた。誰もいないこの都市で声を聞かれるのを恐れるかのように。
時さえも無くなってしまったかのような、都市の中でラムダは一人ぼっちだった。泣くだけ泣いて、それでも泣きながらラムダは立ち上がった。行くあては無かった。そもそもここには何も無い。一歩踏み出したラムダの足元に光る物があった。拾い上げてみると、アドミの鍵だった。鍵だけが残っている事がまたラムダの涙を誘った。ひとしきり鍵を握りしめて泣いたラムダだったが、ある一つの考えが浮かんできた。
「鍵が残ってるのなら、鍵穴が残っているのかもしれない」
その考えにすがるようにラムダは歩き始めた。一歩一歩、隅から隅まで。都市の中をラムダはさまよい続けた。
やがて、最下層の一隅でラムダは鍵穴を見つけた。柱の一つに設えられたそれは、小さな扉の鍵だった。鍵を差し込むと、軋みながら鍵は回った。鍵穴を見つけた喜びと、この奥にあるものを想像して、扉を開くのをラムダは躊躇った。
「でも……何があっても、もう恐れる物はないな」
ラムダは一呼吸置くと、扉を静かに開いた。中は小さな子供部屋だった。部屋いっぱいにおもちゃが飾られ、奥に小さなベッドがあった。そこに誰かが眠っていた。一度、静かに扉を閉めるとラムダはどうするか迷った。しかし、結局はもう一度扉を開いて、中に入る。今度は子供が起き上がってベッドに座っていた。
「アドミ!?」
驚くラムダに子供は少し戸惑った風だったが、ラムダの手にした鍵を見てにっこり笑う。その笑みはミュウに似ている。アドミとは似ている別の誰かだった。
「あなたはだぁれ?」
「俺はラムダ……君は誰?」
子供は少し返事に戸惑うそぶりをしたが、そっとラムダに近寄り、手にした鍵をよく見ようと覗き込んだ。それから扉の外を見回した。うん。と頷いて少年はラムダを見上げた。
「ぼくは、ぼくだよ。基盤そのもの。……色んな事があったんだね」
ラムダは身体中の力が抜けるのを感じて、その場に座り込んだ。
少年はラムダから鍵を受け取り、しばらくそれを透かして見たり、形を確かめるように触っていた。やがて、気が済んだのかラムダに向き直る。
「都市を守ってくれてありがとう」
「俺は……何も守れていないよ……」
少年は静かに首を横に振った。
「これを持って来てくれたもの。これがあれば、また世界と繋がり直してやり直す事ができるよ。これはぼく自身を示すものだから」
「え?」
ラムダには意味が分からない。
「ママに必要なデータを送ってもらえば良いんだから。ラムダは今度はどんな都市にしたい?前と同じ?それとももっと違う風にしたい?」
「ちょ……ちょっと待って、だって今、都市はこんなに何にも無くなってるのに、何を言ってるの?」
少年は混乱するラムダを見て、少し考えると部屋にあるモニターを点けた。そこに映るのは、とある都市の光景だった。ラムダがあっけに取られて見ているのを確認すると、その映像は引いた映像に切り替わり小さな点で表された。そして周囲に同じような点がいくつもいくつも表されている。
「これ……何?この一つ一つが全部都市なのか?」
「うん。基盤は同じだけど、その中にあるものは少しずつ違うんだよ。その無数の都市のそれそれが繋がって、お互いにデータを共有しているんだよ。だから、この中から必要なデータを貰ってくれば、また都市として機能するでしょ?それともラムダは全く同じが良いの?だったら、ママのところに保管してあるこの都市のバックアップを貰えば同じになるよ」
(同じ?アドミやデルタやシグマが戻ってくるのか?ミュウも?)
「そして、ラムダの持ってるニムダの情報は他の都市にもあげるの。みんなきっと喜ぶと思うよ」
「え?」
「そうやって、良いものも悪いものもみんなで共有すればどんどん都市が良くなるんだよ」
にっこり笑う少年にアドミの面影を見つけて、ラムダは少年を抱きしめた。少年は嬉しそうにラムダに問う。
「ラムダはどうしたい?」