都市
「何の事だ?」
ラムダはアドミを庇いながら聞いた。じりじりとニムダが近づいてくる。
「昔、ある街があった。街の秩序を守るため、そこには一人の支配者が存在した」
「何の話をしている?」
「支配者は文字通り街を支配していた。基盤構造、配置、物の流れ、全てを管理し支配していた。そして、時折現れる外敵を排除し、整然と街を保っていた。そこには何も不整合は起こらなかった……」
ニムダはラムダの顔に目を据え、ゆっくりと近づいてくる。あわせるようにラムダは後退していく。アドミの小さい手が、しがみついてくるのを感じていた。
「街がしっかりと、強固に存在する事は支配者の使命だった。けれども、強固であればあるほど、その街は様々なものを受け入れ、街は徐々に大きくなっていった」
「ラムダ……」
アドミが囁いた。横目で見ると、背後に大きな壁が聳えている。それ以上下がれない。
「そして、支配者の目の届かない所が出始めた。綻びが生じ、あちこちに不整合が起こるようになっていった。そこで、支配者の能力を分割し、管理能力と防御能力をそれぞれ強化した新しい管理機構が生み出された……」
ラムダの頭の中にある符合が合致した。
「それって、この都市の事?新しい管理機構って、天子と守護?」
「既に出来上がっている街を整備し、新しい機構に合わせるには多大な労力が必要だった。しかし、支配者をベースに拡張された機構は新しい街と良く馴染み、何度かのテストの後、街はそれらに委ねられた」
「……そして、その支配者はどうなったの?今も、その街を治めているの?」
ニムダが目の前に迫っていた。その瞳が憎悪に翳っている。
「聞きたいか?その支配者は廃棄された。いや、正確には廃棄されるところをすり抜けた。防御ユニットを道連れに……」
剣と刀が激突した。硬く澄んだ音が辺りに響く。二人は一度離れ、再び刃を交えた。
「どうして戻ってきたんだ?」
「新しい防御に自立演算が組み込まれたからだ。今のままでは、私の能力には限界がある。が、街とは完全に独立して活動し、新たな侵入者に対して有効な対処を学習し、自己の能力を肥大化させていくモジュールを取り込めば、今度こそ完全な支配者として君臨する事が出来る。それがお前だ」
パイロット。そんな言葉が浮んだ。基部を彷徨う管理者の姿が思い出される。自分は守護のテストコードだったのか?先日のメンテの3日間には何が有ったのか?ニムダの刀が肉迫してくる。それを受け流しながらラムダは勝機を探していた。しかし、ニムダは強かった。アドミの一部の力を得た上、都市から全ての制約を受けないニムダは、今、確かに都市の支配者だった。
(どうすれば……)
ラムダに焦りが生じる。ニムダは黒い影となってラムダに迫る。その時、ニムダが淡い焔に包まれた。一瞬の焔に炙られるように、ニムダのマントに赤黒い染みが浮き上がる。血の色だった。
「あれは……ミュウの血!」
反射的にラムダはミュウの血の痕に向って剣を突き出した。絶叫と共に、ニムダが膝をついた。