ニムダ
力の限り跳んだつもりだった。アドミを抱えてとはいえ、その距離は十分なはずだった。危険から遠ざかるには。しかし、ラムダは再び跳んだ。振り返らずにカードを投げる。背後に硬質な音が響いた。思ったよりも音が近い事で、ラムダは三度目の跳躍を諦めて向き直った。背中に隠すようにアドミを降ろす。目の前に黒く冷たい影が聳えていた。
「まだ、鼠が残っていたか」
ニムダのマントが不吉にはためいている。ラムダはニムダの頭上に跳んだ。そのまま、空中で続けざまにカードを投げる。カードは四方から正確にニムダに向って行く。ラムダが体勢を整えようとした時、ニムダが大きくマントを振った。カードはその衝撃で粉々に崩れ、煽りを受けたラムダは大地に叩きつけられた。空中に散ったカードは細かな破片となってラムダの肌を切り裂いていく。
「っ……つ」
血の滲むラムダの視界が黒く翳った。
「残念だったな。だが、もう終わりだ」
「うぁああああああぁ……」
気力を振り絞って突き出したシグマの剣は、しかし、軽く払われ、ラムダはその後に強烈な蹴りを受けて吹き飛んだ。
「お前と遊んでいる暇は無い。消えろ」
ニムダは薄笑いを浮かべながら片腕を突き出した。
その時、ラムダの前に焔の柱が立ち上がった。ニムダを阻むように焔は激しく燃え上がる。ニムダの目に憎悪の光が宿る。
「ミュウ……?」
それは、揺らめきながらミュウの姿を象っている。
「おのれ!」
ニムダは背後のアドミを振り返った。そこには鍵をかざすアドミの姿があった。ニムダは剣を抜き放つと、アドミに向った。
(サ・セ・ナ・イ)
ミュウの焔は、一際明るく燃え上がると、ラムダを包み込んだ。瞬時にラムダの傷が癒える。ラムダの全身を光の筋が走り回った。そして、ラムダの中の何かが変質する。
「ミュウ!待って……」
焔が消える瞬間、ミュウの翅がラムダの背から生える。そのまま、ラムダは大地を蹴った。跳躍ではなく、飛行だった。すべてが、ゆっくりと動いて見えた。ニムダがアドミに向って行くのを難なく追い越す。ニムダの前に立ちはだかり、その打ち下ろす剣をシグマの剣で受ける。シグマの力がそこにあった。ニムダの顔に驚愕の色が浮ぶ。
「まさか、お前か?そうか、だから見つからなかったのか」
ラムダは剣を横に薙ぎ払うとアドミを抱えて再び飛んだ。今度はニムダに追いつかれない。
「そうか、お前か。こんな所にあったとは。自立演算器が回路ではなく、単体モジュールの中に」
ニムダの瞳が狂喜した。