Administrator
シグマが塵と消えた後、下層に位置するその場にいるのはラムダと幼い管理者だけになった。
「どう……しよう、か」
ラムダはいつの間にか手を繋いでいた、管理者の顔を見ながらポツリと呟いた。ラムダを見上げて小首を傾げるその顔は最初に見た時よりは安心しているように見えた。
「?」
「君は……誰なの?」
「僕は最初の管理者。皆からはアドミって呼ばれてる」
「管理者って事は都市を管理しているんだよね?いや、していたって事かな」
「……都市を正常に機能させるのが僕の仕事。でも、いつの間にかどこも見えなくなってるの」
不安そうにアドミが呟く。もしかしたらパイロット期間が終わった後、その機能を制限するためにここに追いやられたのかもしれない。
(それより……)
上はどうなっているのだろうか。さっきのやりとりから察するに、今のラムダなら階層を遡って最上層まで行けるはずだった。しかし、一人で行って何かできる事があるのだろうか?シグマは天子様を助け出せと言っていたが、どうやって?
「もしかして、君も一緒に上に行って俺を助けてくれたりする?」
ラムダの目を少し見つめた後、アドミは小さく首を横に振った。
「どうして?」
「向こうには新しい僕がいるから。2人はいらない」
アドミの大きな瞳が潤んでいる。本当は一人でここには居たく無いのだろう。どうしたらいいのか考えあぐねるラムダにアドミが首から下げていた物を手渡した。
「あの子に渡して。新しい僕に」
「これ?何?」
手渡された物は凝ったデザインの鍵だった。都市の鍵はそれぞれの機能に応じて決まった形をしているが、これは見た事の無い形だった。
「……マスターキー。都市を作るときに貰える最初のひとつ。本当は次の子に渡さなきゃならなかったんだけど……」
「え?それって凄く大事な物だよね?」
ラムダの問いにアドミは小さく頷いた。
「これ一つしか無いの。これだけ。だから、あの子は完全にはなれないのだと思うの」
「あの子って……君は天子様の事知ってるの?」
「ここからずっと見てたの。あの子の事。僕と最初は同じだったけど、段々いろんなものが付け加わって今はもっといろんな事が出来るようになってるけど」
「ここから?見る?どうやって??」
ラムダの質問の意味がわからないと言うように、アドミは首を傾げるとやがてラムダの目を両手でそっと覆った。
「見て。あっち」
「あっちって、塞いだら見えないよ?」
しかし、ラムダは不意に自分の視覚が変わるのを感じた。視界が広がり前後左右、上下さえも暗闇に塗りつぶされ輝線のみが階層を示していると思われる。建物などの構造物が全て輝線の骨組みと化した。やがて慣れるに従い、輝線上に動き回る光点を見つける事が出来た。
「視覚デルタ」
「え?」
ラムダは唐突に理解した。デルタがゴーグルの中で見ていた景色はこれだったのだ。同じものをシグマはスクリーンに投影して見ていた。そして自分の中にも同じ機能があったのだ。では、シグマの視覚はどんなだったのだろうか?
「あそこ」
アドミが指し示す先に金色のひときわ輝く光点が見えた。少し離れた周囲に赤暗い光点が蠢いている。暗闇に輝線の層を何層も飛び越えた先にその光はあった。あれが天子様だった。まずはあそこに向かおう。よく見れば側にいるアドミも同じ金色をしていた。
「君も行こう!」
立ち上がり、手を引いて非常口を開こうとするラムダにアドミは今度は強く首を振った。そして、手を離すとにっこりと微笑み、小さく手を振る。
「え?」
戸惑うラムダの見ている前で、アドミの姿は薄くなりやがて消え去った。
「……まさか、リライト?」
下層にいるのはラムダただ一人だった。ラムダは手に握った鍵を強く握りしめた。