第七話 墜落
町の炎上はどんどん広がっている。焼けた建物から、火達磨になった人間が飛び出してきたり。崩れた瓦礫の下に、血まみれの人の手が出ていたりと、もはや地獄のような状態だ。
人々の混乱はますます高まり、子供や家族を置いて逃げようとする者まで現れ始めた。
テロリストのヘリは、山ほど積んだロケット弾を半分以上消費したが、まだ余力はある。
人々が町の外へと逃げていく。その様子にヘリ達は、その空から彼らを追い、そしてその無抵抗の町民達に、機関銃の照準を合わせ始めたが。
「止めろ! クソ共!」
ヒュン! ガキン!
だが発砲が行われる前に、威勢のいい女性の声と、甲高い衝突音が聞こえた。これにヘリも、一時発砲が止まる。
「戦えない奴を狙って満足か!? 私が相手してやる! さあ、かかってこいよ!」
燃える建物の間の街道の真ん中に、手ぶらの登喜子が、威勢良く空を見上げ、ヘリの一機に挑戦を申し出てきた。
今何をしたのかというと、彼女は空を行くヘリ目掛けて、警官から奪った剣を投擲したのである。これも魔法の力なのか、二十メートル以上の高度にいるヘリ目掛けて、勢いを落とすことなく、弾丸のように真っ直ぐ飛び、見事命中した。
だが残念ながらその剣は、ヘリを堕とすに至らない。戦闘ヘリの頑強な装甲に刃先が激突したナマクラの剣は、皿のように粉々に砕けて、地上に金属の雨を降らせた。
登喜子の挑発に乗ったようで、ヘリは方向転換して、登喜子に固定武装の重機関銃を向けた。これを機に人々が逃げ惑う中、登喜子は瞑想するような姿勢をする。
武器も防具もなく、逃げる素振りも見せずに、ヘリの銃口の前に堂々と立つ登喜子。そんな登喜子に、容赦なくヘリの銃口が火を噴いた。
ドドドドドドドン! ガン!ガン!
放たれる十数発の巨大な銃弾。それらが全て、登喜子のいる位置まで飛び、そして全て跳ね返った。
肉眼では高速の光の矢のように見えるそれが、登喜子に着弾する数十㎝の距離で、跳ね返って逆方向に飛んでいった。
そしてそれらの銃弾の半分ほどが、発砲したヘリに命中したのである。これは最初に、男に拳銃で撃たれたときと同じ現象。
登喜子が全力を込めて生み出した、重力結界が弾丸の軌道を対極に変えたのである。
(うう~~~やっぱり機関銃の威力は桁外れだわ・・・・・・)
ヘリの発砲が止む。それに登喜子は結界を即解除した。
彼女は目を回すような表情で、汗だくになりながら、酔っ払いのようにふらついている。さすがにヘリの銃弾を跳ね返すのは、拳銃の時とは、労力が桁外れのようである。
一方で攻撃をやり返されたヘリも無事ではなかった。こちらもこちらで、空中をホバリングしながらも、機体がまた登喜子のように酔っ払い運転のようにふらついている。
自身の撃った機関銃の跳弾を受けたヘリは、装甲を貫かれはしなかったものの、それなりの衝撃を受けていた。
操縦席の透明な正面窓も、二カ所ほど弾痕で大きな円形のヒビができている。機体をふらつかせながらも、どうにか体勢を取り戻したヘリ。再度攻撃を発しようとしたが、それよりも登喜子の体勢回復の方が早かったようだ。
「ふわっ!?」
狙いを定める前に、登喜子の姿が空間転移で消える。あの時の警官を追ったときと同じ現象だ。
だが操縦席にいる操縦者には、それを確認することができなかった。何故なら彼の視界が、大きな人影で殆ど塞がれたから。
何と登喜子は、空中にいるヘリに飛び乗っていたのだ。操縦席の正面窓に、虫のように張り付く登喜子。下半身が蜘蛛だけに、虫のようにとは比喩表現になるのか判らないが。
操縦者とガラス越しに、正面から顔をつきあわせる登喜子。下半身の八本の足で、しっかりと機体にしがみつく。
そして彼女は拳を振り上げた。重力の波動を纏って強化された拳。それが正面窓の、先程機銃反射でヒビが生えた箇所に、思いっきり振り下ろされる。
ガシャン!
重力パンチは見事その防弾ガラスを突き破った。操縦席内にガラス片が飛び散る。このヘリの操縦者は、ゴーグルを付けており、こちらの世界のキリスト教の修道士のような服装の中年女性であった。
その人物の目の前に、窓の向こうから握りしめられた拳が、飛び出してきていた。
「おのれ!」
その女操縦者は、片方の操縦桿を握ったまま、もう片方の手で懐から拳銃を引き抜いた。あの時の男が持っていたのと、全く同じ形の拳銃である。
そして無防備に目の前に突き出された拳を、それが引き抜かれる前に、拳に向けて発砲した。
ダン!
「ぎゃあっ!?」
一発だけ放たれた銃弾は、その無防備な拳を傷つけることはなく、悲鳴を上げた女の声も、登喜子のものではなかった。
まだ拳に纏われていた重力波が、その拳銃の弾丸を跳ね返し、そしてこの狭い室内にいる女操縦士の肩を貫いたのだ。
黒い修道服に穴が開き、そこから血が吹き出て、女操縦士は苦痛で室内でのたうち回る。登喜子はその隙に、窓の穴から突っ込んだ腕を深く押し込み、操縦席にある機器に手を触れる。
すると重力波の影響からか、それらの機器が、ハンマーで叩きつけられたように歪み、無惨に破壊された。ここまでやれば、もはやこのヘリは操縦不可能であろう。
登喜子は即座に手を窓の穴から引っこ抜き、そしてその場から飛び降りた。地上までの距離は結構あるが、蜘蛛の八本の足が地面の衝突に耐えて、無事その場に着陸。
そして急いで、真上にヘリが飛んでいる場所から走り去っていく。操縦席を壊されたヘリがどうなったのかというと、当然のごとく操縦不能に陥っていた。
風にゆられる風船のように、不規則に揺れ動きながら、地上へ近づいていく機体。すると操縦席側面の窓が開き、そこから肩に血を垂れ流す女操縦士が、ヘリを乗り捨てて地上へと飛び降りた。
「ぐぎゃあっ!?」
怪我をしている上に、頑丈な八脚もない女操縦士は、全身を地面に叩きつけて悶絶した。しかも皮肉なことに、自分が破壊した家の瓦礫に激突して、背中の方から骨の折れる音が聞こえてくる。
操縦力がなくなったヘリは、そのまま瞬く間に下降し、炎上する家屋に突っ込む。
ボウウウウウウン!
そして搭載した爆薬か、はたまた機体の燃料に引火したか、ヘリの機体は爆破して完全に倒された。
「ううっ、くそっ・・・・・・」
左肩を貫かれ、背中に骨折を負って地面に落ちた女操縦士。すぐ傍にある、燃える家屋の欠片から逃れるために、まるで蛞蝓のように地面を這いながら動いていた。
どうにか火の手が上がっていない道中にまで出たが、そこに五体満足の登喜子が現れ、彼女を見下ろした。
「ひっ! こっ、降参す・・・・・・」
グチャ!
俯せの姿勢のまま手を上げる女操縦士の頭を、重力拳打で叩きつぶす。そして登喜子は、何か武器はないかと、彼女の亡骸の衣服を漁り始めた。
(おっ、いいものみっけ! あら・・・・・・来たわね)
ヘリが墜落に気がついたのか、もう一機のヘリのローター音が、こっちに近づいてくるのに気がついた。登喜子は即座に、半壊した家屋の壁の裏に隠れる。
(ううっ・・・・・・熱い上に、煙がやばいわ。早く来なさいよ・・・・・・)
すぐ目の前に火の手が近づいており、煙を吸い込まないように、両手で口を押さえる登喜子。その動作はすぐに不要となる。接近したヘリのローターの風が、その煙を全て吹き飛ばしたからだ。
爆破炎上した味方機の残骸を、上空から確認するヘリ。操縦者は果たしてどれほど驚いているだろうか。そのすぐ傍、ヘリが飛んでいる地点から、僅か数十メートルの距離に、登喜子が物陰に隠れていた。
墜落地点近くで、ヘリの飛行が止まり、ホバリング状態になる。これが登喜子の待ち望んだ時だった。
チャキン!
ヘリが止まると同時に、彼女の手に握られる何かから、その一部が引き抜かれた。それは金属の部品がついた筒状の物体。
先程登喜子がくすねた手榴弾で、たった今そのピンを外したのである。
(空間転移。転移位置は・・・・・・)
そしてその手榴弾は、登喜子の手の中で、手品のように一瞬で消えた。これも転移魔法である。登喜子は自身以外の物体も、空間移動できるのだ。
今転移した物体は、登喜子自身と比べると、とても小さくて移動させやすい物体。だがその中身は、小さい見た目以上に恐ろしいものであった。
カン!
「!?」
ヘリが味方を堕とした敵の正体を探ろうと、ホバリングを止めて動き出そうとしたとき、操縦席の窓の向こうから何かが現れた。
それは先程登喜子の手の内から消えた、手榴弾である。まるでボールが飛んできたように、軽い調子で正面窓の外部表面にぶつかり、跳ね返る金属の筒。
それは窓越しの操縦者のすぐ目の前、正面窓から僅か十数㎝の距離で、盛大に起爆した。
ドウウウン!
ヘリの真ん前で起こる手榴弾の爆発。小ぶりの爆弾でも、あんな近距離で爆発しては、当然のごとく頑強な防弾ガラスも耐えられない。
操縦席の窓が一瞬で砕け、操縦席を熱と爆風に晒す。内部にいた操縦者は、何が起こったのかも判らず爆死したであろう。
そしてヘリもまた、機動力をなくし、先程倒された味方機のすぐ傍に、仲良く墜落するのであった。
「ふう・・・・・・やっぱり善いことした後は、気持ちがいいわね♫!」
物陰から姿を現す登喜子。町にはもう人の姿はなく、この場で生きている者は彼女だけ。
登喜子は目の前の、未だに燃えている、二機のヘリの残骸を見て、快活にガッツポーズを上げた。
「うはぁあ~~! 本当に強いな姐さん。あんなんでアパッチ・ロングボウ二機を堕としましたかい・・・・・・」
訂正、この場にいる生きている者は、登喜子一人ではなくもう一人いたようだ。
突然聞こえてくる、おっさん臭い口調の幼い声。振り向くとそこには、未だ身体中に包帯を巻き付けた姿のネルがいた。燃え盛る町の中を歩いてくる、火の手など全く恐れない、何とも度胸の据わったこの子供には恐れ入る。
登喜子はガッツポーズをしたまま、首をそっちに向けて、そのまさかの人物の姿に愕然として、一時固まってしまった。
「ちょっとネル! 何であんたがここにいるわけ!? あそこで隠れてろって・・・・・・」
「いや~~それだけど、俺もちょっと色々気になってな~~。いやしかし、いきなり“力”を使ったせいで、俺ももうふらふらだよ。姐さんを追ったつもりが、偶然見かけた赤の他人を助けてこの様ですわ。ああ、すげえ疲れて腹が減った・・・・・・」
「力?」
また意味の判らないことを言う幼女に、登喜子は首を傾げるが、今はそんなところでないことに気づく。
何故かは判らないが、ネルは随分疲弊した様子で、足取りがおぼつかない。歩き方も、子供なのに酔っ払いのような、分かりやすいフラフラ歩きである。
先程は登喜子の介抱のおかげで、多少回復した様子だった。なのに理由は分からないが、また彼女は弱っているようだった。
しかもここは火災中の町の中。黒煙が町中に広がり、火に触れなくても一酸化炭素中毒で、充分人が死ねそうな状態だ。それが弱った幼児となると、なおさらである。
「とにかくここは危ないから、早く行くわよ! 私は獣人だから、この程度の煙平気だけど、あんたは不味いわ!」
「おう、頼むわ姐さん・・・・・・」
ここまで着いてきた理由を聞く暇もない。登喜子はネルを抱きかかえ、何度も空間跳躍しながら、町の外へと脱出していった。