第六話 アパッチ
(爆撃音!? どこの襲撃だ!?)
登喜子は即座に、ネルを抱きかかえて、この丘にある最も大きな樹木の陰に隠れる。そしてその太い幹から、こっそりと顔を出して、町の方に目を向ける。
この丘からは、町の全景がよく見える。先程の爆撃は、また二度三度と聞こえてきた。そしてその音と共に、町の赤い光は増えている。
その赤い光の正体は、燃え盛る炎であった。町の各所から火の手が上がり、夜になりかけている空を明るく照らす。そして大量の黒煙が、空に舞い上がり、晴れた空に大雲を作っていた。
その明るく照らされた空に、二つの空飛ぶ巨大な姿が、はっきりと見えた。
(あれは・・・・・・航空用機械艇!? しかも兵器用!?)
その物体には、鳥や竜のような翼はなかった。その代わり、風がないのに高速で回転する、大小二つの風車が、背中と尻尾の先に、それぞれ違う向きに取り付けられている。
それが風を発してその物体を飛ばしているのだ。槍のように細い胴体の横腹に、多種の弾薬を積んだ火器を取り付けられている、生き物ではない何か。
その正体は、ほんの数十年前までは、この世界にはなかった、機械で動く空飛ぶ乗り物。武装した戦闘ヘリコプターであった。
細長い胴体の顔にある、ガラス張りの操縦席には、確かに操縦する人の影が見えた。それらの物騒な乗り物が、全部で二機、この町の上空を飛び回っている。
そしてあろうことか、この町の各部を火器で攻撃しているのだ。火の手はどんどん広がり、人々の悲鳴が、この距離からも聞こえてきた。
この町は軍事拠点ではないし、少なくとも登喜子が見た範囲では、軍事的に重要な物を保管しているようにも見えない。完全なる非武装の民に対する、非人道攻撃である。
(ローターで飛ぶ空艇(=航空用機械艇)とは、随分旧型のが出てきたわね。異世界からの骨董品かしら? それでもこの国では、充分化け物と言える代物だけど。でもあれは・・・・・・私は手を付けた覚えがないんだけど?)
突然の脈絡のない襲撃にも、冷静に状況を見極める登喜子。一方のネルは、この爆撃に特に怯える様子はなく、何故か安心した様子で息を吐いた。
「あれは新ロア教団の仕業だな。いやぁ・・・・・・まさかこんなタイミングで出てくるとはな。直前に姐さんに連れ出された俺は、すごいラッキーだったわ」
「新ロア教団? あれがそうか・・・・・・」
それは先程登喜子も新聞で見た、今このロウ王国で問題になっているテロ集団の名だ。どうやらそれが、この町にもお出ましになったようだ。
「ネルはここで隠れてなさい! 間違っても、あの狂信者共に見つからないようにね! 私はちょっと行ってくる!」
「行くって・・・・・・どうする気だい姐さん?」
普通なら、すぐに襲撃者に見つからないように、逃げるのが常識。だが登喜子は今、逆に町の方に乗りこもうと、身を乗り出していた。
「そりゃあ勿論、あのヘリを止めるのよ! あのままにはしておけない!」
「何で姐さんが、そこまでするんだい?」
「さっき言ったでしょ! 私は心を入れ替えて、これからは誠実な大人として生きてくつもりだって! 誠実な大人なら、テロリストの航空艇を撃ち落とすぐらい、当たり前にするべきしょう!」
「いや、普通そこまでしねえよ!」
呆れたネルの突っ込みも無視して、登喜子は木陰から身を乗り出す。そして姿を隠すこともなく、今も火の手が広がり続ける町へと、勢いよく走り出していった。
「なんだあれ!? 竜なのか!?」
「家がぁあああっ!? うわぁああああっ!」
「何をしてる死ぬ気か!?」
「離してくれ! 中にまだ家族が!」
町の中は当然のごとく、阿鼻叫喚の地獄であった。
多くの人々が爆音と炎に驚いて外に飛び出し、そして空に見える、彼らにとっては見たこともない異形の物体に気づいて、更に驚愕の声を上げる。
鳥車が壊されたらしく、逃げだした巨大水鳥が、町の中を、轟音に驚いて暴走している。
こんな時に、火事場泥棒を目論んだ者が、ヘリの誘導弾に狙われて、金品もろとも砕け散った。ヘリのローター音と爆撃音、そして人々の悲鳴が折り重なり、史上例がないほど賑やかになっていた。
「おい!? 何がどうなってる!? 外で凄い音がしてるぞ!」
「ちょっと!? 何かこっちに煙が入ってきてるんだけど!?」
「火事なのか!? おいっ、ここから出せ!」
場所は警察署内の留置場。登喜子が入っていたところと違って、鉄格子で作られた、昔ながらの牢屋が幾つもある部屋。
一つの牢に、何人もの人間が、まるで無理矢理押し込むように入れられており、明らかに人数過多な状況の留置場。
しかもその中には、場違いな幼い子供の姿もいくつかあった。外の光など見えないここでも、明らかな異変を感じ、囚人達が騒ぎ出している。
彼らはまだ気づいていないが、この警察署は既に、ヘリの攻撃を受けて、今盛大に火災中であった。火の手がこの留置場内に回るのも、時間の問題であろう。
「煙がどんどん濃く・・・・・・もう駄目・・・・・・」
彼らがどんなに鉄格子を叩いたり、鍵穴の着いた扉を蹴っても、当然開くはずもない。このまま煙に巻かれて全滅かと、囚人達が諦めかけたときだった。
ガチャン! ガチャン! ガチャン!
「「!!??」」
突如不思議な金属音が、この留置場内に、複数同時に発せられた。何事かと思った矢先に。
ガゴン!
「うわっ!?」
「何だ!? 開いた!」
がむしゃらに牢屋の扉を叩いていた囚人が、突如バランスを崩れて倒れ込んだ。その理由は何と、蹴りと同時に扉があっさり開いた勢いが原因であった。
本来施錠されているはずの牢屋が、突如あっさりと開いたのである。勿論さっきまで鍵がかかっていたし、途中誰かが鍵を開けた様子もない。
「何だよこれ!? 何が起こった!?」
「知るかよ! 皆早く出るぞ!」
いったいどうしてこのようなことが起こったなのかなど、考える余裕は彼らにはない。皆一斉に檻から飛び出して、この警察署内から脱走していった。
留置場の危機に誰一人駆けつけなかった警察達はどうなったのかというと。その中の何人かが、警察署から少し離れた、まだ敵の襲撃を受けていない、とある倉庫になにやら不審な動きをしていた。
「さっさとしろ! 早くしないと奴らに気づかれるぞ! あと1分で終わらなかったら、貴様ら全員牢屋行きだ!」
人々が謎の戦闘ヘリの脅威に曝されている中、彼らを守るも逃がすもせずに、彼らが行なっているのは、その倉庫内にある荷物を、数台の鳥車に詰め込んでいる作業であった。
大量の謎の大きな木箱を、十人近い警察達が、せっせと運び出し、鳥車の中に詰め込んでいく。その作業に加わらずに、何だか生意気な声を上げているのは、私服姿の署長であった。
敵は住宅地や商業・工業地などを中心に狙っており、倉庫等は後回しのようだ。だがそれも時間の問題。警察達も早くここから逃げたい一心で、死にものぐるいで作業をしていた。
「ちょっとあんたら、何してるのよ!」
そこに飛び込んできたのは、警察以外の町民の声。たまたまこの付近にいたのか。混乱の中、ここに迷い込んできたのか不明だが、彼らの行動が民間人に見られてしまったのである。
これを見たその町民の中年女性が、警察達に向かって、憤怒の様子で駆け込んでくる。これに他の警官達が、罪悪感たっぷりの顔で固まっていた。
「あんたは署長!? 町がこんなことになってるのよ! なのにあんたら、こんなところで何をしてるわけ!? まさか、あんたらだけ逃げようってんじゃないでしょうね!?」
「それが何だと言うんだ! こっちの仕事の邪魔をするな!」
女性の非難の言葉を、さも当然のことのように言い返す署長。それに女性が更に激怒して、署長に詰め寄ってくる。
「仕事ですって、これのどこが!? あっちで街が燃えてるのよ! 警察なら、こんな訳の判らないことしてないで、皆を助けにいきなさ・・・・・・」
ザシュ!
流血と共に彼女の言葉は遮られた。ジメー署長が、腰に差したロングソードを抜いて、女性の顔を斬り付けたのである。
「ぎゃあぁああああっーーー!」
斬られた顔を両手で覆い、血を吹き出しながら、地面にのたうち回る女性。そんな彼女を見下ろし、署長が逆ギレして叫ぶ。
「訳が判らないのは貴様の方だ! 何の筋合いがあって、警察が町民なんぞを助けねばならない!? おい、こんな奴を無視して、さっさと運びだし・・・・・・」
ダン!
次に署長が言葉を遮られる番であった。一発の銃声と共に、その肥え太った身体が、頭から血飛沫を上げて倒れ込む。今日これで何人目であろう? このような形で人が死ぬのは。
唖然とする警官達が、銃声が聞こえた方向に振り向くと、そこには先程町中に突入していた登喜子が、あの虐待母に向けたのと全く同じ、心底相手を蔑んだ目で、銃口を向けて立っていた。
「おまっ・・・・・・」
ダンダンダンダン!
警察達には唖然として止まる者もいれば、即座に腰の剣に手を付ける者、何故かズボンのポケットに手を突っ込む者。それぞれの反応を示していたが、彼らには反撃も問答もする時間はなかった。
登喜子は拳銃を、素早く次々と発射していった。その腕前は、全国射撃大会に出れば一等賞を取れるのでは?と誰もが思ってしまうぐらいの、見事なものであった。
次から次へ、常人なら狙いを定める余裕もない程の、僅かな発射間隔で撃ったにも関わらず、それらは全て警察官達の急所に命中。
署長含めて九人いた警官の内の八人が、署長と同様の屍となり、砕けた頭と共に地面に倒れ伏したのである。
「うわぁああああっ!?」
運良く残された最後の一人の警官が、その場から逃げおおせようとする。登喜子は弾切れとなった拳銃を放り投げ、そしてその場から一瞬で消えた。
彼女の身体が僅かに赤く光ったと思えば、そこには煙のように影も形もなく、彼女の姿が消えた。
「ひいっ!?」
消えたと思ったら、直後に逃げ出した警官の目の前に、彼女の姿が現れる。この短距離転移も、彼女の次元魔法の技のようだ。
そしていつの間に拾ったのか、先程射殺した警官の剣が、その手に握りしめられている。目の前に凶器を持った蜘蛛獣人の女に、驚愕したと同時に、勢いよく走った足を急に止めた反動で、彼はその場で転び転び落ちて尻餅をうった。
「まっ、待ってくれ! 俺はあの署長に命令されて仕方なく・・・・・・もし逆らったら、今度は俺が冤罪をかけられて・・・・・・」
ザシュッ!
勿論相手の言い分を聞くつもりなど、これっぽっちもなく、その警官の喉を刃で切り裂く登喜子。その最後の一人の彼も、喉から血と空気を噴き出しながら、ばったりと倒れ、この場にいた警官達は全滅した。
後にいるのは、血抜けの剣を持った登喜子と、傷ついた顔を手で押さえながら、一部始終を見ていた町民の女性であった。
「ひっ、ひひいぃーー!」
そんな馬の鳴き声のような悲鳴を上げ、血が流れるのも構わず、彼女はその場から逃げ去っていった。彼女が恐れたのは、果たして自分を傷つけた警官か、それとも殺人を登喜子か。
「何だよ、礼ぐらい言えばいいのに・・・・・・折角修復結界で治してあげようと思ったのに。おっとこんな事してる場合じゃないわね」
そして登喜子は即座に、今彼女が逃げたのとは逆方向の、ヘリが飛んでいる町の方へと走りだそうとした。
「あっ、でもその前にこれは持っていくか・・・・・・」
ふと彼女が振り向いた先には、先程の警察達が持ち出そうとしていた、大量の謎の積み荷があった。