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第三話 異国の警察

 さてそれからしばらくして、彼女は街の中に入り込んでいた。西洋ファンタジー系の街の商店街を、この大陸では異質の存在である蜘蛛の獣人が歩いている。

 だが何故か彼女の姿に驚く者はいない。それどころか彼女の存在に気づいている者すらいない。むしろ登喜子の方こそが、周りの人の動きを注意深く読んで、実に慎重に動いている。

 すると彼女の蜘蛛の足に、一人の子供がぶつかりそうになって、彼女は慌てて、その子との接触を避けるために動く。


(うわぁ・・・・・・今の危なかったわね。この空間誤認は、少しでも何かに当たったら、すぐに解けちゃうからね)


 実は今、登喜子の姿は、他の者には一切目に見えていない。どうやら彼女には、こういった術士的な力があるようである。

 少しでも障害物にぶつからないよう、実に慎重に動く登喜子。太陽の位置からして、時間は真昼より少し前のようだ。

 商店街を歩く者達の姿は少ないが、それでも厄介である。途中で果物屋に陳列されていた品物を、一時空腹の魅力に取り憑かれて、一瞬手を出しかけるものの、すぐに我に返って手を引っ込める登喜子。


(・・・・・・昔少将が言ってたわ。アマテラスに従属してない国のゼウス人は、獣人を見ると即座に殺そうとする野蛮な原始人ばかりだって。本当に全ての人が、そうかは知らないけど、でも獣人の私が町を歩くのは避けたほうがいいわよね。だからといって、何も調べなければ、ここがどこかも判らないし・・・・・・ともかく早めに、今私がいる国の存在を調べないと・・・・・・)






 さてその頃に、ほんの数十分ほど前に、登喜子がいた町外れの林にて。そこには骸となった5人の若者と、それらを取り囲む十数人の警察官の姿があった。

 そこから大分離れた位置に、数十人の街の住人達が、不安げにその様子を見ていた。何しろ突然街に、銃声が聞こえたと思ったら、殺人事件が発生したのだから、それなりの騒ぎが起こるのは当然であろう。


 服装はこちらの世界の警察官と違って、黒いジャージのような服装に、軽装の鎧を取り付けたような制服だ。腰には拳銃ではなくロングソードが差されている。

 鑑識と思われる者達が、その死体の検分をしている中、そこへ鳥車に運ばれて、一人の恰幅の良い警察官の姿が現れる。


「ああ、フマ・ジメー署長! 見ての通り、何だかとんでもないことになって・・・・・・」


 一人の警官が、何だか疲れたような様子で、その男=ジメー署長にそう声をかける。


「全くじゃよ・・・・・・折角こっちが、娼館で楽しくやってるところに、急に呼びだしおって・・・・・・。うえっ・・・・・・何と汚いものじゃ。こんな生ゴミ、さっさと捨ててしまえ! ぺっ!」

「いえ、さすがにこれは一応、人の死体ですし、規則としてそういったことは・・・・・・」


 グロテスクな有様の死体を見て、ジメーは何とも不愉快な顔をし、更にはその死体に唾を吹きかける。

 こんな昼間から、しかも職務中に娼館に通っていたことを堂々口にするのも凄いが、このように遺体をゴミ扱いする辺りも、ある意味では大物と言える上司であった。


「そんで誰だこいつら? その辺のゴロツキなら、一々相手する必要もないが」

「いえ身元の方はまだ・・・・・・何しろ、顔がこんなふうに潰れてしまっているので。どうやら何者に銃で撃たれたようで、この通り頭を撃たれてほぼ即死かと・・・・・・」

「死因なんぞどうでもいいわい! それでこいつらを最初に見つけたのは?」


 ジメー署長が何とも苛立った様子で、そう声を上げる。これに部下は、実に疲れた様子で答える。


「ええと、第一発見者は、確かたまたま通りかかった男子高校生です。家の近くで銃声が聞こえて、そちらを見に行ったら、既にこの有様だったと・・・・・・」

「よし、それじゃあ今回はそいつを犯人ということにするか。お前ら、またいつものように適当に証拠作っておけ! さあてこれでめんどくさい仕事は終わりだ! 儂はさっさと娼館に戻るぞ!」


 名探偵もビックリの、実に大胆なやり方の事件解決法。そしてそれに、異を唱える者はいなかった。


「はいはい分かりましたよ・・・・・・でもそういうこと、あんまり大きな声で言わないでくださいよ。町民に聞かれたら、色々面倒なことになりますし」

「うるさいわ!」


 これでもう自分の役目を終わったと、ジメーはさっさと鳥車に乗り込み、その場から去っていく。

 どうもこれはいつものことのようで、他の警官達も誰も止めようとも声を上げようともせず、慣れた様子で各々の仕事を続ける。


「やれやれまたかよ・・・・・・でもどうすんだ? 犯人はさっさと決められても、銃が使われたという話が記事に載ると、結構な騒ぎになるぞ? だってここは密売武器は、一切流れてないって、堂々宣言したばかりなのに・・・・・・」

「さあ、それはどうするんだろうな? 案外、銃が使われたって話も、なかったことになるんじゃないのか?」


 警察がそんな風に無気力に会話している。それからしばらくして、一人の罪のない少年が、警察に強制連行されることとなった。







 登喜子は街の中を迷走していた。具体的な行き先があるわけでもなく、かといってあまり大きな動きは取れない。今彼女が使っている姿を隠す技は、一定以上の衝突や、一定の速度で動くと、簡単に解けてしまうものだけに。

 結局のところ、彼女は人気の少ない場所を歩き回りながら、あちらこちらと果てなく時間を潰していた。


(おっ、やっと・・・・・・手がかりっぽいものが)


 数時間ほど迷い続け、とある住宅地付近の裏路地を歩いていたときに、彼女は石の地面に、誰かが捨てたらしい新聞を発見した。

 大分汚れている、いったいいつの頃かも判らない新聞。それを拾い上げた登喜子は、その異国の文字をスラスラと読んでいった。


(ええと・・・・・・文面からして、どうもここはロウ王国みたいね。やっぱりここはゼウス大陸だったわね。しかも大陸の東端じゃん。ここからアマテラス行きの港のある国まで、かなりの距離があるわね・・・・・・。まあ異世界に飛ばされたなんて最悪の事態よりはマシだけど)


 この国のどこかの政治家が汚職をしたとか、有名な劇団がどこを歩いているとか、そういったどうでもいい情報を全て読み飛ばし、かなりの速読で、必要な情報を読み解く登喜子。

 やはりここは、登喜子のいた国ではなく、それどころか大陸すら違う、遥か異国であったようだ。


 その後も、新聞の内容を最後まで読み通してみる。最もこの国の事情など興味がない登喜子には、大部分が興味のない情報であった。

 だが一つ、最初の頁に、とても大きく書かれた文面だけは、彼女の中で大きく印象に残っていた。


(“新ロア教団”が、機械兵器を使って、また街を襲撃か・・・・・・。あのインチキ宗教、まだこれだけ動ける力があったのね。そういやここって、昔は熱狂的なロア教の信仰国だったっけ?)


 一応自分がどこにいるのかは判った。問題はここからどうやって、遙か西にある自国に帰るかである。

 最も単純なのは、ここから地道に陸路で、アマテラス大陸行きの港がある国まで旅をすることだが。登喜子がそんなことを考えている時だった。


「こんなこともできないわけ! 何度言えば分かるのよ、このクソガキが!」


 登喜子の耳に飛び込んでくる、ヒステリックで不快感を与える大声。それが聞こえてくるのは、付近の住宅街であった。


(何だ? どこかの家で喧嘩か? しかし今確か、ガキとか・・・・・・)


 ただ事でない雰囲気を感じた登喜子は、慌ててその声が聞こえてきた所に走り出した。



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