第二話 異国の街
(ここは・・・・・・やっぱりゼウス大陸のどこかみたいね)
森の中を適当に進んでいたが、幸運にも彼女は人里を発見することができた。小高い丘の上から、とある街の姿を一望できる。
だがその街は、登喜子の出身大陸とは、全く異なる様子であった。レンガ式の建物や道が並び立つそこは、こちらの世界の単語で口にするならば、古来西洋風の町である。
こちらの見える位置にいる人々の姿も全て洋装であり、そして全て祖人である。登喜子が見下ろしている付近には、町内の舗道から、町外への出入り口があり、そこをたった今動物が牽く車が出て、街を出てきたところである。
こちらの世界の概念ならば馬だと思うだろうが、ここでは違っていて、何とそれは巨大な水鳥である。まあ今は忙しいので、その説明は後にしよう。
(鳥車がまだ現役の輸送手段になってるのね。機械技術が進出していないあたり、ここはゼウス大陸のかなり辺境の方かしらね。まあ場所さえ判ったし、この辺にして、さっさと戻りましょう・・・・・・。しかしこの魔法って、すごい疲れるんだけどね・・・・・・)
登喜子が両掌を合わせて、何かを念じ始める。すると彼女の身体が、淡く赤く輝きだした。その光は徐々に強くなり、やがて・・・・・・
(えっ!?)
唐突にその光は消えた。何か不思議現象の前触れかと思いきや、何も起こらないことに、登喜子が一瞬動揺する。
「何で転移できないのよ? 大陸間転移なら、今まで何度もしてきたのに・・・・・・」
誰もいない場所で、思わず不満を独り言で口にしてしまう登喜子。どうも自分がしようとした何かが上手く行かなかったようである。
(どういうことよ・・・・・・まさか異世界にでも飛ばされた!? いやまさかそんな・・・・・・)
やや焦りだした最中に、登喜子の視界にあるものが映った。それは街の外側から、こちら側の森林の方へと進み出る数人の人の姿であった。
(私の姿に気づいた? ・・・・・・そういうわけでもないみたいね)
街から離れて、人気のない林に入り込んだのは、五人ばかり。十代後半ぐらいの若い男女である。彼らは四人で一人の若者を取り囲み、随分と見下した目で話しかけてくる。
「あの・・・・・・僕になんの用で・・・・・・」
「ああ悪いないきなりこんなところに呼びだして。悪いが頼みがあるんだ。俺らに金恵んでくれよ。とりあえず今日は二十万ぐらい」
囲っている若者のリーダー格らしき者が、右掌を突きだして、ほぼ恐喝同然の不貞不貞しい態度でそう口にする。これはとても頼みと言えるものではない。
「ちょっと何言ってるんだよ! そんなお金あるわけないじゃん!」
「今持ってないなら、今からお前の犬小屋いってさっさと取ってこいよ。“支援金”ていうの、いっぱい貰ってるんだろ?」
「何だよそれ! そんなのあるわけないだろ!」
「惚けんなよ! 新聞とかで散々出てるぜ! お前らクソ難民のために、異国の偽善者共から金が届いてるって! 随分とした額の金が出てるそうじゃないか! それ全部俺らにくれよ。善意で貰った金なんだから、お前も俺らに金を払えばいいだろうが!」
「そんな無茶な・・・・・・貰ったお金でも、明日の暮らしだって・・・・・・ごふっ!?」
その若者の言葉は最後まで続かなかった。リーダー格の若者が、彼の腹を思いっきり蹴飛ばしたからだ。彼はむせ返りその場で転げ落ちる。そんな彼を暴虐者達が、ケラケラと嘲笑う。
いや、一人だけ笑っていない者がいた。顔を両手で覆って、泣いているような仕草をしている者がいる。
「非道い・・・・・・非道いわ! 私達はあなたのことを信じてたのよ! あなたみたいな家もない、生きる価値もない、ゴミのような方々にも、ほんの僅かでも、人としての良心があると・・・・・・。もし良心というものがあるなら、自分がどれだけ汚らわしい存在かを認めて、喜んで私達に全てを捧げられるはずでしょ!? それなのにそれすらできずに、善良な民である私達に、そんな声をあげるなんて・・・・・。うわぁああああん! 私こんなに心を傷つけられたの初めてよ!」
「ああ・・・・・・かわいそうなマリア。でも仕方がないことさ、世の中どこにでも、自分の無価値さを受け入れられない悪人はいるものさ。今後こんな屑が世の中にのさばらないためにも、僕達のような、幸福を得られる権利がある、善良な民がしっかりしつけてあげないと」
「そうよこいつ絶対に許せないわ。世のため人のために、私達がしっかり成敗しないと」
泣き崩れるような仕草の女と、それを慰めるような動作の男。最もそれは振りだけで、よく見ると彼らの口元はにやけている。
そしてその場で行われる、倒れた者に何度も蹴りつける集団暴行。どうも彼らの目的は、金よりもむしろ、この暴行がしたいからのように見える。
さて丘の上から、その一部始終を見ていた登喜子。あの被害者の若者の内情は判らないが、かなり非道い差別行動をされているのは明白であった。
(うわあ・・・・・・非道いわね。本当なら、私には関係のないことだけど。でも・・・・・・駄目よ! 私はきっちり反省して、これからは誠実な大人として生きていくことに決めたんだから! 誠実な大人として、ここでやるべきは勿論・・・・・・)
「判ったらさっさと金を持ってこいよ! 出せなかったら、てめえと他の避難民の犬小屋に、火を付け・・・・・・」
ダン!
血と泥でボロボロの彼を見下ろす、リーダー格の男の声は、その銃声が放たれた瞬間、永遠に閉ざされた。
突如リーダー格の頭が、スイカ割りが決まったかのように破裂したのだ。彼の後頭部に小さな穴が開き、そしてその裏側の彼の顔の右半分が、盛大に砕け散る。大量の血・脳汁・潰れた眼球が、花火のように盛大に飛び散った。
この瞬間、その場の空気が止まった。この場にいる誰もが、何が起こったのか、全く理解できなかったのだ。
永遠に顔の半分がなくなった加害者リーダー格の身体が、倒れた被害者の、すぐ側にバッタリと倒れ込む。
その被害者は、全身に加害者リーダーの、身体から出たゴミを浴びて、全身をびっしょり赤く濡らしながら、口をあんぐり開けて唖然としきっていた。それは他の加害者達も同じで、目を丸くして、しばしその場で硬直した。
「ちょっ・・・・・・何・・・」
ダン! ダン! ダン! ダン!
唖然としながらも、ようやく先程マリアと呼ばれた女性が、何か声を上げようとしたが、その言葉の続きは出ない。
他の者達も同じ。次々と発せられる銃声と共に、その場にいる全員が沈黙した。彼らの身に起こった現象は、先程のリーダー格と全く同じ。彼ら自身の肉体の一部で、その町外れの林の地面を汚しながら、バタバタと倒れていった。
そしてその亡骸の真ん中で、更に彼らの一部で身体を汚した被害者の若者は・・・・・・
「ぎゃぁあああああーーーーー!」
さて登喜子はと言うと、最初にいた丘から降りて、暴行事件が起きている場所付近の、林の木陰に隠れていた。
そして彼女の手には、プカプカと煙を吐いている拳銃が握られていた。そして彼女は、絶叫を上げて逃げる被害者の後ろ姿を見て、実に心地良さそうにいった。
「あらあら、あんな大声上げて走り出して・・・・・・そんなに嬉しかったのかしら? う~~ん、やっぱり善いことした後は気持ちいいわね~~~!」