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第十九話 決起

 それは決して人に聞かれてはいけない会話。昼での別荘の出来事から大分経ち、外はすっかり暗く、薄雲に半分包まれた月が真上にいる時間。

 その部屋には今、一人の女騎士、以前真澄と話したイーナがいた。そして彼女が事の次第を、目の前の人物に報告すると、その人物は深く嘆息した。


「あの女に気づかれたか・・・・・・そして奴には逃げられたまま。しかしまだ証拠を掴まれたわけでもないのに、いきなり銃を向けるとはな」

「まあ・・・・・・しょうがないんじゃないですか? あいつら私らと違って、何の訓練も受けていない、どこで雇ったのかも判らない、ならず者ですし」

「ちい・・・・・・だがこっちも少し、悠長に準備をしすぎたかも知れん。全くロア教の奴らさえ、余計なことをしなければ・・・・・・」


 小次郎会とロア教、両方の組織に苛立ち、今にも癇癪を起こしそうになりながらも、どうにか抑え込んでいる。


「私らのことが、あの馬鹿国王に知れるのも時間の問題だ。急な話だが、今日のうちに決起だ! すぐに各所に出立の準備を命じろ! ・・・・・・それと例の元運び屋の蜘蛛女のことはどうなっている? こっちに呼ぶように伝えたはずだが?」

「あの女なら、今でも連れの二人を捜し回ってますよ。こっちに任せろと言いましたが、頼みはするが、できる限り自力で見つけると言い張ってて・・・・・・。自分の子供でもないくせに、随分と過保護ですこと・・・・・・」


 そう説明するイーナの口調は、昼間に登喜子に接した、媚びるような態度と対照的で、心底登喜子を侮蔑しきっていた。


「お前はしばらく、奴の様子を見ていろ。そして探し人が見つかるか、少し落ち着いてきたようだったら。もう一度声をかけて、懐柔を試みろ。あの女の能力は、これからの我らに、大きく役立つかも知れん。あの世間知らずの姫君ならば、適当な方便でも、誘い込むのはたやすいだろう。何しろ十年前の時だって、あの様だったようだしな・・・・・・」

「はっ! お任せください!」


 イーナが退室すると、その人物は部屋の大窓の前に立ち、カーテンを開けて夜空を、一人焦った様子で見上げていた。


(見てろよあの馬鹿国王め・・・・・・貴様の天下も明日までだ。貴様と違い私は、この短期間で一国を落とせる軍事力を、誰にも気づかれることなく揃えて見せる手腕がある。真にこの国を支える資格があるのはこの私だと、嫌と言うほど思い知らせてやる!)


 予定が早まって、明日のうちに全てを片付けさせなきゃいけない。少し予定が狂った反乱作戦に、やや不安を抱きながらも、彼は決心する。

 実はこの部屋は、昼前に真澄が訪れた領主館の部屋であり、その人物は領主ゲコ・クージョであった。


 何と今この国をひっくり返そうとしている、反乱軍の黒幕は彼だったのである! 名前からして、最初から丸わかりという突っ込みは、野暮にして欲しい・・・・・・






 この日の深夜のこと。大領主のゲコ・クージョが統治する領内各地で、反乱の狼煙が上がる。

 昼に登喜子が制圧したあの別荘も、結局反乱軍の手の内に戻った。あそこで武器庫を見張っていたのは、大部分がどこかから連れ出されてきた、使い捨ての兵士達。

 街に待機していた数千の騎士・警官の装いをした者達が、反乱軍の主力部隊であった。


 あの別荘に隠されていた、機械兵器が起動して走り出す。鈍いエンジン音を鳴らしながら、分厚い装甲に身を固めた、戦車という名の巨大な金属の怪物。

 それが林の木々を薙ぎ倒し、強引にそこに林道を作って、街道に侵入していった。


「ふう、すっかり遅くなっちまって・・・・・・うわぁっ!?」


 巨大な軽鴨のようなモンスターが牽いている乗り物。馬車ならぬ鳥車というべきものが、この深夜の街道を走っていた。

 この牛馬ほどの大きさの鳥型生物は、充分ファンタジーなものであった。だが今はそんなこと気にしている場合ではないぐらい、とんでもないものとすれ違った。

 月夜に照らされた、薄暗い向こう側の街道から、かなり強い直線上の明かり=ライトが見えたと思ったら、それを発している主が、その異世界から渡ってきた機械の乗り物=戦車や装甲車だったのだ。


 鳥車の御者は、大慌てで道の端に逸れて、その機械の一団に道を譲る。すれ違う、巨大な大砲を背負った巨大移動物体の姿。さらにその後ろに蟻の群れのように続く、銃を持った大勢の反乱軍兵士達。

 あの別荘にあった小火器は、登喜子が全て持ち去ったが、どうやら代わりの物もあったらしい。


 異世界ではTVや映画などでよく見るようなこの兵器達も、この世界の者達からすれば、正体不明のとんでもない怪物達である。

 鳥車の御者も乗客達も、すぐ隣を走るこの怪物の集団に、この世の終わりが来たのかと思うぐらいに、恐怖に震えて凝視していた。

 これらの物騒な集団が走るのは、その街道だけではない。ゲコの領内にあった、複数の武器の隠し場所から、火器を装備した兵士や、戦車・装甲車・自走榴弾砲が、隊を組んで、それぞれの道を辿って、王都への道を進んでいるのである。

 この一斉出撃の準備と、これだけの武器を揃えるのに、どれほどの資金と手回しをしてきたのであろう?






 やがてそれらは、王室が直接統治する国王領と、ゲコの領内を区分けする、領土の境界へと到着する。

 境界の街道には、砦のように堅固な、石造りの建物の関所がある。今もその鉄の門の前には、武装した騎士が往来する者を見張っているのだが。


「なっ、何だお前は!? ここを通りたければ通行証を・・・・・・うわぁあああっ」


 さすがの屈強の門番騎士も、この機械の軍団には太刀打ちできない。警告も無視して突撃するそれを、止めるどころか逆に逃げだした。

 先頭を走る戦車が、関所の鉄門に突撃して、それをまるで竹細工のように軽々と突き破り、関所内を通り抜ける。

 かくして反乱軍は、いとも簡単に関所の防護を通り抜け、王政府の直轄領への侵入を果たしたのだ。


 領内の村人達が、このエンジン音と戦車のライトに気づき、家から街道の方を覗くと、見たこともない怪物の姿に怯えて、各地で大混乱が起きる。逃げ出す者もいれば、怯えながらも外に飛び出して、彼らに声を上げる者もいる

 。反乱軍はそんな烏合の衆など無視して、まっすぐ王都へと向かっていった。今まさに、王都の人々と、この国の王達に、未曾有の危機が迫っていた。







「あああ~~~ううう~~~。どうしたよあの子達・・・・・・何でどこにもいないの? もしかして私に愛想尽かして、行っちゃった・・・・・・?」


 クージョの街の門前で、登喜子が泣き声でとぼとぼと歩いてきている。いったいどの辺りを走り回ったのか、ずいぶん疲れ切った様子で、これでもかというほどいじけた雰囲気。

 放たれる言葉も、充分ありうる話だけに笑えない。迷子を追いかけているつもりが、まるで登喜子自身が迷子になったような姿である。


 人々が寝静まる深夜の街。街の中央通りは、月明かりと街灯のおかげで、思った程暗くはない。幾つもの商店や住宅には、この時間は誰もいない。

 普段ならどこにでもいそうな、夜の仕事帰りもおらず、酒屋も何故か閉まっている。この場所なら、夜でもそれなりに人の往来がありそうなものだが。

 そんな不自然に静かな街など気にせず、登喜子はどこかも判らず歩いていると。


「おい・・・・・・あのやかましい騎士と警察がいなくなってるぞ。ようやく退いてくれたか? ・・・・・・うわ!?」


 そんな中唐突に聞こえるのは、とある住宅の窓から、外の様子を窺っていた、見知らぬ家人。彼は街を物騒に賑わせていた騎士達が、いつの間にかいなくなってるのを見て安堵した。

 そして直後に、この通りを歩く異質な蜘蛛人族の姿を見て、慌てて窓を閉め切った。


(騎士と警官が? そういや一人もいないわね。さっきの話を聞く限り、夜は外に出ないというわけではないみたいだけど・・・・・・)


 ここで街の異変に気がつく登喜子。確かに夜間とは言え、人がいなさすぎる・・・・・・と思ったらいた。


「登喜子様! こちらにいらっしゃいましたか!」


 向こう側の道から、こちらに駆け寄って走ってくるのは、昼にもあったあの女騎士のイーナであった。彼女と、その部下と思われる騎士達が数人、こちらに手を振って走ってくる。


「いやいや心配しましたよ・・・・・・。お連れの方を探すと言って、どこかへ行ったきり、全く姿をお目見えにならないので・・・・・・。この街の恩人の身に、何かあったのではと気が気でありませんでしたよ!」

「ああうん・・・・・・そういえばそっちも探してくれてたのね。それで見つかったの?」

「いえ、残念ですがそれはまだ・・・・・・」

「そう・・・・・・」


 結局騎士達も当てにならず、肩を落とす登喜子。イーナはすぐに登喜子に、切り替えた別の話を申し出てくる。


「仲間が心配なのは分かりますが、あまり根を詰めて、あなたが倒られても駄目ですよ。駐屯所の方にお休みできる場所を用意しましたので、今は休養をお取りください。それにその後で、登喜子様にとても重要な話がありますので」

「別にいらないわよ、そっちのお世話なんて。ていか重要な話って何? 後で言わずに、ここで話しなさいよ」


 騎士からの厚意の言葉に、全く受け取る気のない登喜子。もう一つの話の方も、興味なさげに、ここでの説明を要求してきた。


「わっ、分かりました・・・・・・。登喜子様がお怒りになっている、ロア教の人身売買の話なのですが・・・・・・とてつもない事実が発覚しまして。実はその件には、この国の王室と貴族院が関与していることが・・・・・・」

「違う! 騙されるな登喜子!」


 この時に投げかけられる三番目の声。誰もいないと思った通りに、何故か登喜子がいると、次から次へと人が来る。

 そしてその人物達は、今まさに登喜子が探し求めていたものであった。


「ヒューゴにネルじゃん! どこいってたの、あんたら!」


 何故か登喜子の方が、子供のようにうれし涙を上げて、二人に飛び込んできていた。その現れた者は、彼女の視点だと急に行方不明になった、ヒューゴとネルであったのだ。


「姐さんこそ、今までどこいってたんだい! 必死に気配を探ったのに、この町のどこにも姐さんを探知できなかったですぜ!」

「探知? いえ、私はさっきまでこの街から離れてたわ。あんたらの別の場所に迷い込んだんじゃないかと、近くの村を幾つも回って・・・・・・。何だか蜘蛛の化け物が出たって、変に騒がれて、いったい何度弾を撃ち込んだことか・・・・・・。ああでも良かったわ。私が探すのが下手なだけで、あんたらちゃんとこの街にいたのね」

「ええ、まあ・・・・・・この通り無事です」


 その弾を撃ち込んだ者達は生きているのか?という疑問をぶつけたかったが、ヒューゴは答えを聞くのが怖くて止めておいた。

 あって数日も経たない二人のことを、ここまで心配して、焦って人に発砲するほどに、探し回ってくれた登喜子。これにネルはとてつもなく感激し、ヒューゴは苦笑いをしていた。自分を案じてくるのはいいが、それで銃を出すのは止めてほしいと・・・・・・

 だがすぐ隣で、呆然と様子を見ているイイナ達に気づき、ヒューゴはすぐに当の問題を思い出す。


「そうだ、大変なんだ登喜子! 王都が・・・・・・この国が危ないんだ! 俺のことは今はいいから、すぐに王都まで行ってくれ! このままだと、今日のうちにこの国は・・・・・・」

「何? どうしたわけ?」


 急にかなり焦った様子で、懇願するヒューゴに、当然彼女は困惑する。ヒューゴは手早く急ぎ口調で、この街の真実を語る。


「反乱軍の首領は、この街の領主なんだよ! この街にいた、騎士と警官の服装をした奴らも、そこにいる騎士も、全部奴の手先だ!」

「「!!」」


 この話をして、指摘されたイーナ達は、瞬時に険しい顔を見せた。


「領主が反乱軍? ついさっき、反乱軍の人身売買は、王室の仕業って聞いたけど・・・・・・」

「そんなの嘘に決まってるだろ! あいつら登喜子を騙して、上手いこと利用しようとしてんだよ!」

「ああ、そうだったんだ。じゃあ・・・・・・」


 ダン!


 軽い口調でそう言った、その後の行動はとてつもなく早かった。

 イーナが何か抗議しようする直前に、登喜子は瞬時に、拳銃を次元収納から取り出し、すぐ傍にいたイーナを撃ち抜いた。

 何か言おうと口を開いたまま、頭に血飛沫を上げて倒れるイーナ。勿論のこと即死である。


「うわぁあああっ!」


 ダン! ダン! ダン!


 残された警官は、逃げる者が二名と、懐から拳銃を取り出す者が一名。拳銃を持った者を、最初に早撃ちで殺し、更に逃げる者を狙い撃つ。

 一人は上手いこと命中して倒れて、中央通りでもがき苦しんだが。もう一人は外して、やがて拳銃の射程外まで逃げられてしまった。

 それを登喜子が、空間転移で追撃する。少し離れた位置で銃声が響き、そしてすぐに転移でこの場に登喜子が戻ってきた。


「狩り終わったわ。いやぁ、善いことした後は、気持ちがいいわ~~」


 そしてそんな快活な声を上げる登喜子は、ヒューゴだけでなく、ネルまで脱帽して固まっていた。

 腹から血を流しながら、生き地獄を味わっている騎士のことは、さっくり無視。恐らくそのうち、出血多量で死ぬだろう。


「ええと・・・・・・何でいきなり撃ったんですか?」

「えっ? だってこいつらが敵だって、ヒューゴが教えたんじゃん?」

「いや・・・・・・だからって、まだ証拠も何も見せてないのに・・・・・・」


 疲れた顔で額を抱えるヒューゴ。この登喜子という女は、言われるがままに人の言葉を信じて、そして何の躊躇いもなく人を殺したのである。

 このあまりに幼稚な判断基準に、即座に人を撃つ手の早さ。もしあのまま間に合わず、登喜子がイーナの口車に乗ったらと思うと、かなり薄ら寒いものを感じざるをえない。


(この人は・・・・・・俺の想像以上にやばすぎる! 何でこんな奴が放置されてるんだよ!?)


 ヒューゴはこの時、とてつもなく重く、そして理不尽な使命を、天から押しつけられたような気がした。



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