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第一話 出所日は異国の森で

「なっ、何だお前は!? 蜘蛛の化け物!?」

「んあっ?」


 布団に潜り込んで、さっさと眠り込んだ登喜子。目覚めたときには出所の日であったはずだが、何故か彼女が思っていたのとは異なる事態となっていた。


 目覚めたとき、布団に入っていたはずの彼女は、何故か地面に座り込んでいた。蜘蛛型の下半身が地面にくっついており、八本の足が折り曲げられて地に着いている。蜘蛛が人間のように正座すると、このようになるのかという状態だ。

 登喜子の上半身は、立ち上がった状態になっており、まるで今まで立ったまま眠っていたような状態だ。


 そして目を開いたときに彼女の視界に映ったのは、いつもの見慣れた看守でも囚人でもなかった。

 それは白いTシャツの上にジャンバーを着た、見慣れぬ男である。しかも彼は拳銃を持っており、こちらに銃口を向けているのだ。


「何・・・・・・あんた誰よ?」

「お前こそ何だ化け物! いきなり現れやがって・・・・・・」


 その謎の中年男は、随分と狼狽した様子。拳銃を構えて気丈に声を上げるが、明らかに怯えきっているようだ。


「この森の主か!? それともジメーの追っ手か!? こっちに何かしようってのなら・・・・・・」

「はいはい判ったわよ。何もしないわ・・・・・・」


 恐怖で興奮しきった男と違い、登喜子の方は銃口を向けられているにもかかわらず全く動じる様子がない。その場で両手を挙げ、その男の姿をよく観察してみる。


(この男の服装、もしかして洋服かしら? それに私の姿を見て、化け物なんて・・・・・・もしかしてこいつは・・・・・・)


 登喜子の故国がある大陸全般での、一般的な服装は、布を身体にかけて着る和服である。この男の着る洋服は、彼女の故郷ではほとんど見ない形式だ。


 それに先程からこの男は、登喜子の姿を見て、化け物と随分と失礼なことを言っている。

 登喜子の故国が存在する大陸は、純粋な人間種=祖人の他に、多種多様な獣人が暮らす多種族大陸だ。登喜子のような蜘蛛人間も、その獣人種の一つである。

 そして目の前の男は、動物的な特徴のない祖人である。大陸での人口割合は、祖人が全人口の一割五分しかおらず、獣人の方が圧倒的に数が多い。

 それ故に、今の彼女の姿を、異質と見られることなど、まずないはずだった。


「ねえ、あなたここは・・・・・・」


 パン! ドシュ!


 事態を把握しようと、両手を挙げたまま、男に問いかけようと登喜子。だがその声が刺激になったのか、男は無抵抗の登喜子に、問答無用で発砲した。

 男の持つ銃は、ハッタリではなく本物の銃であった。高速で回転する、銅で覆われた尖った鉛の塊が、登喜子の頭を目掛けて飛ぶ。

 引き金を引いて、銃声が放たれた直後に、肉と血が飛び散る音が、その場で響き渡った。


「ちょっと・・・・・・何なのよいったい・・・・・・」


 そして次に放たれたのは、困惑した登喜子の声であった。何とたった今発砲されたのに、登喜子は全くの無傷であった。

 では先程の血飛沫が何だったのかというと、それは登喜子の目の前で倒れている、拳銃を持った謎の男であった。


 喉元から血が大量に吹きこぼれて、仰向けに倒れる男。喉の穴から少量の空気が漏れ出ており、恐らくすぐに死ぬだろう。

 どういうわけか、登喜子に向けて放たれた銃弾は、弾道とは逆方向の彼自身の首を貫いたのである。


 何故かそのようなことが起きたのかというと、現場を肉眼でも見ても、誰も気づかなかっただろう。

 かの銃弾は、登喜子の頭部に当たる、わずか数㎝の位置で、急にピンポン球のように跳ね返ったのだ。

 何か硬い物に当たったわけでもなく、何もない空間で急に跳弾して、この男を撃ち抜いたのである。


(何なのよこいつ・・・・・・ちゃんと手を上げたのに、問答無用で撃ってきて・・・・・・うっかり殺しちゃったじゃない)


 この珍現象に登喜子は驚かない。というかどうもこの現象は、登喜子自身が引き起こしたことのようである。

 登喜子の八脚の足が立ち上がり、カサカサとまさに虫のような動作で歩行し、十メートル程先にいた男の側による。

 登喜子が見下ろすその男は、既に事切れていた。目の前の死体に特に動揺せずに、彼女は今さっき自身に向けて発砲した拳銃を、男の手から取り上げる。黒塗りの中型自動拳銃。それを見て、登喜子は眉を潜める。


(この銃の型、とっても見覚えがあるわね・・・・・・。といかそもそもここは刑務所でもないわ)


 登喜子は男の亡骸から目を離し、自身の周囲を見渡してみる。今まで銃を向ける男の存在にばかり注目して、周りをよく注視していなかったが、今はっきり見てみると、これまたおかしなことになっていた。


 登喜子が今いるのは、あの住み慣れた刑務所の収監室ではなかった。ここは密閉されていない、実に広々した場所、つまり外の世界である。登喜子は幾つも木が生えそろう森の中にいたのだ。

 木陰で一帯が薄暗く、足下に小さな草花がまばらに生えている。空を見上げると、先程の銃声に驚いたのか、何羽かの鳥が、慌てて飛び立っているのが見えた。


(どういうこと!? もしかして寝てる間に、もう出所されたの!? いやそんなわけないわよね・・・・・・こっちに何も伝えず、こんな所に放り込むなんて、まずないし・・・・・・)


 銃口を向けられても平静だった登喜子が、ここにきてようやく少し慌てた様子を見せる。

 昨日まで静かな刑務所で安全に過ごしていたのに、目覚めたら見知らぬ所で見知らぬ者に殺されかけるという、実に意味不明な状況である。

 最も慌てたのは一瞬で、すぐに彼女は落ち着きを取り戻したのだが。


(そういや身なりも変わってるわね。これって逮捕される少し前に買った服じゃない)


 よく見ると登喜子の服装も替わっている。あの簡素な囚人服ではなく、高価そうな綺麗な布地の、淡紅藤の着物の上に、赤い羽織がかけられている。

 羽織の下の部分が、紐で結ばれており、褌が巻かれた秘部を、赤い布で覆い隠している。これは以前登喜子が、店で試着して以降は、まだ一回も着ていない服である。

 逮捕後、しまっておいたこの服がどうなったのかなど知らないし、当然登喜子はこの服を昨日のうちに着替えた覚えもない。


(何なのこれ? 私誘拐された? いやでもそれなら何でこんな所に置かれるわけ? それにこいつは多分アマテラス人じゃない)


 待ちに待った出所の日に、何故かこんな意味不明な事態。当然登喜子は困惑しきっていた。一般的な感性の者なら、困惑どころか半狂乱になっていたかもしれない。


(まあ何も判らないなら、これから調べるしかないわね。とりあえず、ここから離れるか・・・・・・)


 そう素早く結論を出し、男の死体があるこの場所から、さっさと離れていく。勿論どこに行けばいいのか判らないので、適当な方角に適当に進むだけである。


(ところでこれって、もしかして脱獄したことになるのかしら? 刑務所に帰ったら、この場合どうなるの? 出所かと思ったら、更に刑期追加とか勘弁なんだけど・・・・・・)


 自由に約束された日に、知らぬ間に脱獄犯にされては敵わない。誤解に深まらないように、なるべく早く刑務所に戻ることを決意し、彼女はこの森の奥へと進んでいった。



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