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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女たちは最後にそう言った

作者: 夜雨

第1章《寂しい》

 1 まろやかな希望、繊細なる絶望


 夢とか魔法とか日常とか。わたしはそういうものでできている。


 夢、って言っても眠る時に見るそれではなくて、欲望を綺麗に言い換えたそれだ。願いとも言い換えてもいいかもしれない。

 誰かの祈りが力になるなんて、魔法少女らしいよね。


 魔法少女。魔法を使える不思議な女の子。そうは言っても、もう高校生なワケだけど。


 普遍的なものはとても安心する。たとえば日常。朝起きて、顔を洗って着替えてご飯を食べて歯を磨いて学校に行くような。ルーティンワーク。変わらない習慣。


 朝ご飯を食べながらつけたテレビでは、飽きもせずコメンテーターがわたしたちの危険性をがなりたてる。化け物よりも、それらを殺すわたしたちの方が危険だって。いつ人を殺すかわかったもんじゃないって。


 失礼だよね。わたし、これでもちゃんと幼稚園、小学校、中学校って卒業してたんだよ?なら、日本の道徳教育くらい受けているに決まっているのに。化け物と人間を同列に見るなんて、変なの。


 行ってきます、と声を出す。がらんとした室内にこだまして、返ってくるのはエコーだけ。それでも毎朝言うのは、そういうものだって教わったから。


 最寄駅のホームには人間がいっぱいいた。杖をつくおばあちゃんから、忙しなく視線を動かすサラリーマン、気怠けに携帯を触る女子高生、俯いてじっと待つ小学生、ベビーカーの中で泣き喚く赤ん坊まで。多種多様な人間が駅のホームという限られた場所で蠢いている。


 騒つく空気の中、等間隔に立つ人間たちの後ろにわたしも並んで電車を待つ。頭上の電光掲示板によればもうすぐ来るみたい。

 やがて人間みたいな人工アナウンスが繰り返し繰り返し、言う。

 電車が参ります、電車が参ります、黄色い線までおさがりください、電車が参ります……。


 なんでこんなに何回も言うんだろうって、思ったことがある。でもそれは前を見れば一目瞭然で、つまり一回じゃ聞いてない人間がいるからだ。大事なことは何回も言わなきゃいけなくて、それは聞いてない方の過失だとしても、『言わなかった』方に責任がある。聞いてないは言ってないと同意義の世界だから。


 黄色い線。一番前の人間がいるところから一歩前に踏み出すとあるそれは、上を歩くと足つぼマッサージみたいで、面白い。でも歩いている時に電車が来ると駅員に迷惑だから、たまにしか歩けない。


 耳鳴りより低い音がした。無臭の空気を運ぶ風を纏って、直線が弧を描いて電車がやって来る。混んでないと良かったけれど、窓を見た限りそれは無理そうだ。

 モーゼの割った海のように、レッドカーペットの記者のように、人間の道をつくるわたしたち。自然と身体が動くのはこの空気に飼いならされてるから。協調性とか、公共の福祉とか、空気は吸わずに読むものだとか、そういうありがちな空気。


 自由ってものはとんでもなく薄っぺらい。しゃぶしゃぶ肉より、コピー用紙より、プレパラートよりも。舌の上で舐めたらすぐに溶けちゃうくらいに薄っぺらくて、弱っちい。でも角が当たると、舌から血が出るくらいには鋭い。

 血の味がする口内に触れないよう、酸素と窒素を吐いて吸った。


 すると化け物が、電車をバキバキと踏み潰してあたりを睥睨した。


 あーあ。化け物の足元の瓦礫は所々赤黒い色をしていて、さっきまで無臭だった空気は鉄錆を含んだ。どれくらいの人間がしんだんだろうね、これ。


 ホームがぐらぐら揺れて、呆然と化け物を眺めていた一番前の人間が化け物の方へ転がる。化け物は嬉しそうに彼を食む。骨が折れ皮から飛び出て血を撒き散らす音を五十音に当てはめる遊びはまた今度やるとして、こんな時は魔法少女の出番だよね。

 阿鼻叫喚のホームで笑う。


 人間が他の人間を押しのけ傷つけ我先にと逃げて行く中、わたしはぼうっと突っ立っていた。魔法を使うには人目が多すぎて、そのまま逃げるには魔法少女としてできなくて、結局暇。欠伸が漏れたわたしを、邪魔と思ったか突き飛ばした人間のお陰で、わたしは化け物の前で倒れる。

 いったいなあ。でもまあ、ちょうどいい。そんなことを化け物に背骨を折られながら思う。背骨が折れると頑張っていた肋骨もあっさり折れて、やわらかい内臓が泣いた。脳味噌はチョコレートみたいにとろとろ溶けて化け物がうまそうに舐めている。


 わたしを味わう化け物の頭をよしよしと撫でる。人間に似た形をしている彼の頭はそれだけでぱちんと弾けた。頭を失った化け物はわたしの残骸を握り締めたまま前のめりに倒れる。どう、と結構大きな音がして、同時にその音に見合うほどに地面が震えた。


 化け物は倒せば都合よく消えないし、壊れたものも死んだものも直らないし、魔法少女はそんな魔法は使えない。

 今日死んだ人間は何人かな。今日壊れた施設は何円かな。政府の予算は足りるのかな。くすくす笑う。だから、世の中には魔法少女を批判する人間が多いんだよね。魔法少女は助けるだけだから。


 救っては、くれないから。



 希望はミルクの多いプリンに似てる。口当たりが滑らかで、喉越しはまろやかで、舌の上で滑るととろけていく。

 絶望は綺麗で複雑な飴細工に似てる。少し力入れるだけで崩れて、キラキラした繊細さで、芸術品みたいに飾られる。


 絶望ってのは、大事にしなきゃいけない。希望はあむあむ食べちゃえばいいんだけど。

 絶望はひどく繊細だ。すぐに折れるから気遣いが必要で、なのに触れたら怪我をする。箱入りの女の子よりも大事に扱わなくちゃいけない。


 だから、絶望を扱うなら専門の職人がいた方がいいとわたしは考えていたりする。人間ひとりひとりがじぶんで管理するなんてできっこない。たまに他の人間に背負わせる人間もいるけど、なんて非効率なんだろう。じぶん以外に任せてもいいのなら、そっくりそのまま専門の職人か何かに渡してしまった方がいい。

 絶望だけを抽出する注射なんてものが作られたら、その人間にはまるまる世界をあげちゃってもいいと思う。


 化け物を近づいて、かれの脳髄を啜った。おかしいよね、何でこんな生き物みたいな中身をしてるんだろうね、化け物なのに。ご馳走をたっぷり食べ終えて、わたしは唇を舐めた。人間たちの希望みたいに、あまくて蕩けたごはんだった。

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