巴原さんの秘密
5月になって、だんだん学校生活にも慣れて来た。
朝、固く三つ編みを作り、制服に袖を通す。
ニ列縦隊で寮の隣の学校へ向かう。
解剖学やいろいろな授業を受けてまたニ列縦隊で帰る。
テレビは見られない。先輩が優先だから。
お菓子も開封したら取っておくことはできない。医療従事者がお腹を壊すのはダメだから。
そんな暮らしにも慣れて、友達もできて来た。
みんな同じ卵だった。
だけどみんな違う色だった。
5月のある日、ハルヒが「回覧だって。ゴールデンウィークの帰省の時に巴原さんが、男の人とホテルでいてたって。」と写真を見せて来た。
ゴールデンウィーク中に帰省することが、2年生以降は認められている。でも、在学中、恋愛することや、外泊することは認められていない。
明らかに巴原さんとわかる人の写真。
どうしてもダメだった。
部屋長の巴原さん。
男の人と嬉しそうに話す巴原さん。
バラバラになった。
思わず、部屋に帰って、巴原さんに叫んだ。
「どうしてですか?わたし、巴原さんのこと、入寮した時にちょっと怖そうだけどかっこいいって思ったのに!憧れてたのに!なんでですか?」
巴原さんは目を伏せて、言った。
「医療従事者の卵だからって、恋愛しちゃいけないなんて、頭おかしいわよ。私たちは白衣のように純潔でいろ?古すぎるわよ。」
明らかに冷たかった。
大島さんは、笑った。
「あなた、ほんとうに純粋ね。だけど、正義は悪なの。ともちゃんの言うことが間違ってる?ううん。この世に正しいことなんて何もないわ。」
そして、続けた。
「だったら、ともちゃんのことも、わかるでしょう。」
私はこの学校に入るために覚悟を決めたつもりだった。
彼氏も要らなかった。
だから、巴原さんが許せなかった。
勉学に励まなければならないのに、そういうことをしていた、巴原さんが許せなかった。
だから、思わず、巴原さんに言ってしまった。
「私は、部屋長の、あなたが好き。
もう、帰省なんて、しないでください。
こんなことする位なら、もう、実家になんて、帰らないで。」
そして、
「私は覚悟を決めていた。死んでもいいから医療従事者にしてくれって頼んだ。なのに、なのに、巴原さんは、部屋長なのに、その、根性がないんですか?ないんなら学校辞めてしまえばいい。」
私は大人になりきれていなかったんだ。
今ならわかる。
私みたいな痛々しいほどの覚悟をして来た人なんて、いなかったんだ。
巴原さんが、行方不明になったのは、そのすぐ後のことだった。