夜行電車(分類?)
オレンジ色の光が等速直線運動の記録のように消えては現れる。
夜の小型電車。
私は二人がけシートの窓際に座り、ぐったりと座席に凭れていた。
読みかけの推理小説は手から滑り通路に落ちた。バークリーの毒入りチョコレート事件。
偶然にも、通路を挟んだ隣の席のお婆ちゃんがずっとチョコレートを齧っていて、あまりに美味しそうに食べているものだから、毒入りのチョコの話なんて読む気が失せてしまったのだ。
この電車はなかなか目的地に着かない。
静かで穏やかなときが流れる車内で、意識は朦朧とし、何度も夢と行き来をした。
浅い眠りは執拗に私に夢を視させた。しかし腕時計の針は前回見かけたときから五分経過したばかりで、その繰り返しを続けている体と心は酷く疲弊していた。
ふと、私はこの電車がどちらに進んでいるのか分からなくなった。長いトンネルに入ったばかりでその錯覚はますます強くなった。
このまま眠ってしまおうかと思ったけど、すでにその時間の過ごし方には絶望していたので、思い切って座席から立ち上がった。
運賃表示板が点滅している側の運転席までノソノソと歩き、『運転中は乗務員に話しかけないでください』と書かれている看板も無視して、
「この列車は何時に到着するでしょうか」
と運転席に話かけた。少し間があって、くたびれた顔を覗かせた乗務員が、やはりくたびれた声で答える。
「予定時刻のとおりです。あと一時間ほどですね」
「ありがとう」
個々に退屈な時間を潰している乗客たちをやり過ごして、自分の座席に戻る。
久しぶりの歩行と会話は、わずかに私の強張った神経をほぐした。
座席に手をかけたところで、先ほど歩いていった方向とは逆の運賃表示板が点滅しているのが目に入った。私は運転席までえっちらおっちらと近づき話かける。
「到着まであとどのくらいかかりますかね」
「えーと」
目が窪みあからさまに疲労を主張しているような顔の乗務員が顔を覗かせ、自分の腕時計を指しながら、
「あと一時間半分くらいですね」
と答えた。私は小さく頭を下げ、今度こそ座席に戻る。
そのタイミングで、電車はトンネルを出た。
窓の向こうにはオレンジの等速直線運動が続き、隣向かいのお婆ちゃんはチョコレートを旨そうに齧っている。
『うっ、と呻いて老婆が倒れ、そのチョコには毒が混入されている。犯人は電車のなかにいる。』
馬鹿馬鹿しい想像をして、私は少しだけ笑った……つもりだったが、窓に映った自分の口角はちっとも上がっていなかった。
さて、結局この電車はどちらに進んでいるのだろう――?
長時間座っているせいでパンパンに張ったふくらはぎを摩る。
やっぱり長距離電車になんか乗るものではない。
もう、どちらに進んでいようとどうでもいい。
早く駅に着きさえすれば。