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あま恋!【前編】(※めっちゃBL)

 気になっているヤツがいる。

 一年B組、佐東さとう恵希けいき



 ◇◇◇



「ちょっと、あなた!」

「あ? なんだよ」


 早朝の校門。

 いかにもな悪っぽい上級生に立ち向かっているのは風紀委員の佐東恵希だ。呼び止められた金髪の男は、面倒くさそうに立ち止まる。 


「その髪、染めてますよねっ?」

「違うよ。天然金髪だよ」

「昨日は茶髪だったでしょっ!? 明日までに染め直してきてください」

「カタいこというなよ。ん? お前、なんかいい匂いするな。風紀委員が香水なんかつけていいのかよ」

「香水なんか……ッ!」


 金髪男は屈んで、恵希の首元に鼻を近づけ匂いを嗅ぎ始めた。その目付きが、だんだんと空ろで危ないモノになっていく。


「ナンだこれ……砂糖菓子みたいな甘い香りだ」

「離してください!」

「やめろ」


 恵希の頬がベロリと舐められたところで、珠洲木すずき龍之介りゅうのすけは助けに入った。

 制服の後ろ襟を掴まれて放り出された男は、あんぐりと口を開けて、龍之介を見上げている。


「痛ぇな! ていうかアイツの髪はいいのかよっ!? 俺より明るい金髪だぜ!」

「珠洲木先輩は正真正銘、天然の金髪です。生まれた病院の証明書だってあるんだから」

「ちっ」


 悪態を吐いて去っていく生徒の後ろ姿を、龍之介は苦笑して見送る。

 彼の言ってることは、もっともだと思う。

 風紀委員長の自分が金髪だなんて。髪だけでなく、全体の色素が薄くて、瞳の色も薄茶色だ。恵希が主張してくれたとおり、生まれつきであることに違いはないが、身長は185センチ超で、顔立ちは派手、そんな龍之介のルックスは一見遊び人に見えるらしく……


「ねえねえ、龍之介くん!」


 登校時の風紀チェック中で目を光らせていなければいけないのに、ぼおっとしているうちに何時の間にか、女子の一団に取り囲まれていた。


「駅前に新しいカフェできたんだけど、今日の放課後、私たちと一緒にどう?」

「悪いけど、今日は委員会が」

「そんなのサボっちゃいなよ。龍之介くん、ケーキとか甘いもの好きでしょ」

「美味しいから絶対行ったほうがいいって」


 断わろうとすると、強引に制服の袖をひっぱられる。

 そんな女子らの様子に見かねたのだろう、恵希が頬を膨らませて怒った。


「ちょっと! 珠洲木先輩は今、お仕事中なんです。邪魔しないでください!」

「はあ? 誰」

「なんかコイツ、甘ったるい匂いしない?」

「匂いがエロい」

「変な匂いプンプンさせて、龍之介君に近づくんじゃねえよっ!」


 聞くに堪えない酷い悪態を吐いて、女子たちは去っていった。

 恵希は振り返ると、飴玉のような瞳をウルウルさせて龍之介を見上げる。


「せんぱぁい……オレって、そんなに臭うんでしょうか? 高校に入ってから、ずっとこんな感じで」


 そう尋ねてくる恵希から、バニラのような豊潤な匂いが香り立つ。

 安っぽい香水なんて比べものにならない。

 一体どうしたら、人間からこんな香りが放たれるのか――?

 金髪男じゃないけど、この、甘い匂いを嗅いでいるうちに、なんだかイケナイ気持ちになってくるのだ。しかし、本人には全く自覚がないらしく……


「変な匂いじゃないよ」

「本当ですか? オレすごく心配で、風呂に入ったらカラダをたくさん擦って洗うようにしてます」

「そんな気にすることねえって」

「先輩にそういってもらうと、心が休まります。ありがとうございます」


 肩を叩いて慰めてやると、恵希が微笑む。ふわり、と。いっそう強く香る匂いに、龍之介はめまいがした。

 このままだといけない。いつか、とんでもないことをやらかすんではないか……。そんな恐ろしい予感に怯えているのであった。



◆◆◆



 この学校に、佐『藤』は沢山いるが、佐『東』はそうはいない。隣のクラスの悪友を訪ねると、佐東さとう林梧りんごは「あー、僕の甥っ子ちゃん!」と笑い出した。


「お、甥っ子って……?」


『風紀委員の佐東恵希と同じ苗字だけど、何か関係あるのか』とたずねて返ってきた答えに、龍之介は首を傾げる。


「珠洲木くん、あのですね。少子化の現代では珍しく、僕は八人兄弟でしてね。僕と一番上の兄さんでは十八歳も離れてるんだ」

「すごいな」

「恵希は、一番上の兄さんの息子だよ。だから僕の甥っ子。で、恵希がどうかしたの?」


 色白の女顔でニヤリと微笑み、林梧が顔を覗き込んでくる。龍之介はコホンと咳払いをして言う。


「いや、実は恵希が自分の『匂い』のことで悩んでいるようでな。その匂いっていうのは何っていったらこう、甘くって、例えるなら洋菓子みたいな」

「ははあん!」とたんに林梧はにまぁと笑って、「甥っ子ちゃんもお年頃かぁ。その様子だと、まだアン兄ちゃんから教えてもらってないな」

「どういうことだ?」


 林梧は教室を見回すと、掃除用具ロッカーを開き、龍之介を中に押し込めた。そして、自分も入ってくる。


「っ! 何すんだよ、狭いって!」


 頭をロッカーの天上につっかえながら龍之介が怒鳴ると、林梧は鼻の下に指を当てている。


「しーっ。これから聞かれちゃいけないハナシをするからだよ。今から語るのは佐東家に伝わるトップシークレットなんだ。珠洲木が恵希のことを少しでも気にかけているなら真剣に聞いて。ただの興味本位なら、聞き流して忘れてくれよ」

「聞かないという選択肢は?」

「残念ながら既にないのだよ、珠洲木くん。恵希だけじゃないんだ。佐東家の人間はね、『香る』んだよ」


 妙に迫力のある声に、龍之介はゾクリと鳥肌が立った。


「でも、今、お前からは特別な香りはしないけど?」

「ある一定時期のことさ。思春期になって恋をしたら香り始めるんだ。だから、大人になる儀式みたいなもんでオメデタイことなんだよ」

「ずっと香り続けるわけじゃないんだろ?」

「うん。こっからが重要」


 狭い密室のなかで、互いの身体を密着せざるを得ない。龍之介の耳元で、林梧が妖しく囁いた。


「好きな相手と両想いになって結ばれたら、香りはしなくなるんだ」

「両想いになるって、誰と」

「気づいてないなんて罪深いねぇ。君だよ、珠洲木」

「っ!!?」


 あまりの内容に驚いた龍之介は林梧を突き飛ばし、掃除用具ロッカーから脱出した。休み時間で雑然としていた教室が静まり返る。


「あ、すみませ~ん。この男が強引なもので」

「こいっ!」


 おどける林梧の腕を引っ張り、龍之介は廊下へ連れ出した。

 階段の踊り場に辿りつくと、林梧は龍之介を吊り目でキッと睨む。


「珠洲木はさ、見た目は遊び慣れてるイケメンなのに、中身は純情和風なんだよね。そのギャップが良いって女もいるけどさぁ」

「うるせえな。安っぽい恋はしたくないんだよ」

「おまけにオトメンだし」


 林梧が言いかけて止める。階下が騒がしくなり、数人の男子生徒らがやってきたからだ。

 移動教室だろう、階段を上っていく集団のなかに佐東恵希がいた。恵希は龍之介を発見すると、はにかむように笑って通り過ぎてゆく。甘い香りがフンワリと空間を満たした。


「ほーお。しばらく見ないうちに可愛くなったね、あのコ」


 後輩達が通り過ぎた後、林梧が感慨深そうに甥を褒める。


「お前の場合も、あんな風に香ってたのか?」

「僕の場合はリンゴの香りだったらしいよ。ちなみに、香り消しの『儀式』は無難に済ませましたけどね」

「あっそ」


 悔しそうに相槌を打つ龍之介に、顔を綻ばせていた林梧はその口元を引き締めて言う。


「でも、冗談じゃなくね、『儀式』はできるだけ早く済ませた方がいいんだ。香りを放っているのは、無意識にフェロモンを振りまいている状態で、すごく危険なんだよ。珠洲木も心当たりがあるだろう。あの匂いが周りの人間たちの理性を溶かす。変質者になんて狙われたら大変だ」

 

 たしかに――。龍之介はぐっと唸り黙り込む。

 今朝の金髪男もそうだし、恵希が脈絡もなく襲われた現場を何度も目撃したではないか。心当たりがあり過ぎだ。


「そんな難しい顔しないでよ。良いこと教えてあげる」

「は?」

「恵希の香りは、好きな人間の前だと、いっそう濃く香るんだよ」


 チェシャ猫のように笑うと、林梧は硬直している龍之介を残し、軽い足取りで階段を上がっていった。




(後編につづく…)

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