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三幕『その男、面倒の種につき』Ⅰ


「――え、え、ええー?」


 青年は間抜けな声を挙げながら首を傾げた。吾ながら、なんとも情けないものだと思う。だが、そんな声が零れてしまうのも、ある種仕方がないことだと――客観的に思う。

 まるで他人事。今まさに自分が当事者であるにも拘らず、だ。しかし、彼の反応はある意味で正しい。何故ならば、彼の眼前で繰り広げられている事情は、余りに突飛であり、常識外れであり、非現実的であったからだ。

 そのような状況に陥った場合、人間の反応というのは極限られる。余りの現実味のなさに茫然自失となるか、理解が追いつかず錯乱するか――何れにせよ、余りに突拍子もなく、余りに常識外れである状況に陥った場合、人間の取れる行動はそのように限られることだろう。それこそが、極々普通に生きてきた人間の反応であるはずだ。

 なれば――

 なれば、青年のような反応を示した場合、それは彼が極々普通に生きてきた人間ではない、ということの証明となる。

 そう。

 彼にとって、非常識はある種の日常であり、一般的な考えにおいて非現実的な事柄というのは、彼にしてみれば極々有り触れた既知の事態に過ぎない。

 彼は、そういう世界に生きる人間だ。

 彼は、

 だが――そんな彼をしても、目の前の状況は俄かに肯定し難い事態(モノ)だった。

(ああ、くそ。どうしてこんなことになったんだ)

 思わず、胸中でそのような愚痴を零す。そんなことをしたところで、状況は僅かばかりも彼の望むような展開になることはない。むしろそんなことに思考を割く暇があれば、何かしらの行動を起こして変化を齎すことのほうが幾許か上等(マシ)だろう。

(――ああ、判っている。判っているともさ!)

 彼は叱責する。

 彼は奮起する。

 己を鼓舞し、震える両足に拳を叩きつけて立ち上がる。そして右手に愛用の杖を――左手に握り慣れない機関式懐中時計を摑んで物陰から飛び出す。

 途端、視界に映り込むのは異常の群集。非常識の大盤振る舞い(オンパレード)

 全く以って、ふざけている。こんな光景は幼い頃の読み聞かせされた童話だけで充分だと、彼は言葉にならない声を上げて現実ならざるその空間に飛び込む。

 途端、彼を中心に凄まじい稲光が四方八方へと飛散する。

 雷鳴そのものとも言える轟音と共に、摂氏二八〇〇〇度の熱光が周囲を焼き払うのを肌で感じながら、彼はその中央に座していたものを腕に抱えると、一も二もなく元来た道を全速力で走り出した。

 ああ、本当にどうしてこんなことになっているのだろう。

(――くそっ、くそっ、くそっ! 死んだら恨みますよ、統領(ドゥーチェ)!)

 彼は泣きそうなのを必死に堪えて胸中で恨み言を叫んだ。

 そして腕に抱えたものを決して取りこぼさないように己に言い聞かせ――そして、背後に響き渡った人のものとは到底思えない声から逃れようと、全力で足を動かすのだった。




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