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八幕『選ばれた対抗神話』Ⅶ



「……信じられないことをしやがる」


 ヴィンセント・サン=ジェルマンの所業に対して、万感の思いを込め、トバリは崩れて自分の上に覆い被さった瓦礫を退けながらそう零した。

 右腕の血染の爪を一閃させ、瓦礫を吹き飛ばす。そうして開けた視界に飛び込むのは、紅く紅く――眩いほどの炎に包まれた大機関区画の姿。

 火炎に半ば呑まれた周囲を見回し、トバリは背後を振り返りながら忌々しげに言う。


「ヴィンス……なんてことしたんだ」


「ふっはは! そう褒めないでくれよ、友よ」


「伯爵、本気で言っているのでしたら、それはまた随分と皮肉が効いていますね……」


 満面の笑みを零すヴィンセントの科白に、クオリがトバリ同様呆れ果てたように零したが、彼はなおも口元を不敵に綻ばせたままだ。

 そんな彼らに向けて、


「なんて……なんてことをしてくれたの。貴方たち」


 憎悪という憎悪、嫌悪という嫌悪、憤怒という憤怒の――あらゆる負の感情すべてが込められたような声が、頭上から降る。

 声の主は、言うまでもない。この場に自分たちを除いて言葉を察する人間がいるとすれば、それはただ一人だけだ。

 視線動かし、見上げれば――。

 其処には、口にした言葉に籠った以上の負の念を瞳に色濃く漂わせた、アリステラ・シャール・リーデルシュタインが大機関の手の上に立っていて。


「まったく……やってくれましたね、サン=ジェルマン伯爵」


「ふはは。もしも私の酔狂で君の目的を阻めたのならば幸いだ」


 視線だけで相手を射殺せそうな眼光を放つアリステラに対し、しかしてヴィンセントは道化の如く嗤って見せた。不敵で、挑発的な微笑であり、失笑であり、嘲笑を浮かべ、ヴィンセント・サン=ジェルマンが少女を見上げる。


「なんやかんやと言おうとも、やはり君にとってこの大機関は、君の目的を果たすための要素だったようだね。さて――何をしようとしていたのかな?」


「貴方に語る必要性はありませんが」


 憤慨するアリステラ。しかし、対するヴィンセントはというと、まるで彼女の声など耳に届いていないかのように滔々と言葉を紡ぐ。


「ならば当ててみよう。ズバリ、大機関の超高度演算機構(システム)基盤(ベース)に、都市全体に張り巡らされた機関路(パイプ)を下敷きにした大掛かりな干渉術式を展開さ(はしら)せ、ロンドン全土を巻き込んでの大実験――というところかな?」


 ねめつけるように、ヴィンセントは言い放つ。すると、アリステラは目を丸くし、その顔に驚愕の色が浮かべた。

 金髪を翻し、僅かに肩を震わせる少女を見上げ、錬金術師は一層笑みを深くする。


「何故、看破できたか? 君はそう思っただろう。理由は至極単純だよ――都市一つ丸ごと使った実験というのはね、別に君が初めてではないからだ」


「つまり、イカレた者同士通ずるものがあった――ってことか」


 ヴィンセントの言葉に、トバリは至極納得したと言わんばかりに頷いた。口元に不遜で挑発的な笑みを浮かべることを忘れずに。

 そんなトバリの様子に、ヴィンセントは苦笑いを零す。間接的を通り越し、殆ど直接的な表現でアリステラだけではなくヴィンセントすら嘲ているのだから、それも仕方がないと言えば仕方がない。

 尤も、この程度の非難などヴィンセントで傷つくような男ではないことを、トバリは知っている。

 こんなのは単なるお喋り(ポーズ)だ。互いに会話しているようで、その実言葉のすべてはただ一人に向かって投げられている。


 張り詰めた糸に刃物を当てるように。

 罅割れた氷に足を踏み入れるように。

 敷き詰めた火薬に火をつけるように。


 一触即発。


 限界寸前。


 そして、アリステラが感情の感じられない、虚ろな眼差しで此方を見下ろし、


「――もう、いいわ」


 そう、言って。

 ゆっくりと右腕を、赤い光の帯(レッドライン)に彩られた右腕を持ち上げた。

 その様子を、トバリは胸躍る気持ちで見上げていた。自然と口に凶悪な笑みを浮かべて、ただその瞬間を待つ。

 そう。

 糸を切れれば――

 足を踏み入れれば――

 火薬に火をつければ――

 後は――



「会話も口上も演説もいらないわ――ただ、私の邪魔をしたことを悔いながら死になさい」



 後はただ――雌雄を決するのみ!

 アリステラが先刻と共に腕を振り下ろした。同瞬、人型の大機関が動き出す。

 |人から作られる機械仕掛けの怪物レヴェナントとは異なる存在――しかし脅威度でいえばレヴェナントに並ぶだろう。故に――名付けるならば《似人偽神(デミウルゴス)》か。

 《似人偽神》がその鋼鉄と蒸気機関を唸らせてトバリたち目掛けて拳を振り下ろした。

 剛腕が唸る。ただの拳打――否。足元から見上げれば、頭頂部を仰ぎ見ることすら叶わぬほど巨大な機関機械が繰り出す拳撃である。たった一撃――いや、掠るだけで容易く人間をひき肉にできるような威力の乗った一撃が迫る中、トバリは回避すると同時に、クオリのほうに向かってヴィンセントの背中を蹴り飛ばし、こう声を張り上げた。


「ヴィンスを頼むぜ、お嬢さん(レディ)!」




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