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三幕『青薔薇の淑女は斯くして語る』Ⅰ


 ゴゥンゴゥンゴゥン――

今日もまた、大機関の音が都市の至るところから響き渡る。都市の半分は蒸気に覆われ、頭上には相変わらずの灰色の空が広がっていた。

 ただし、空模様が変わらないからと言って、人々の日常もまた同じ――とは限らない。

 例えば、そう。こんな風に。


「――……来ていない? マリア・パーキンソンが?」


「は、はい。アカデミア在籍の学徒は、全員認証用の機関エンジンカードを持っています。それによりますと、彼女はもう二週間近くアカデミアに来ていないようですね」


 そう言って困ったように微笑む綺麗な受付嬢の様子に嘘はなく、トバリは鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くし、言葉なくその場で頬を掻いた。

 今トバリがいるのは、王立機関研究学院――アカデミアの一般受付である。アカデミアの構内は基本一般人の入場は許可されておらず、関係者以外の人間がアカデミアに用がある場合は、この受付を通すことが通例となっていた。

 そしてトバリは今まさに受付で聞かされた話を、改めて頭で整理する。


(……なにがどうなってんだよ)


 先日請け負ったマリア・パーキンソンからの『友人のクオリ・リーデルシュタインの行方を調べてほしい』と依頼の結果報告をしようとした際、連絡先を聞いていないことに気づいたトバリとヴィンセントは、ならばと彼女が在学しているアカデミアに行って直接繋ぎをつければ良い、と考えたのである。

 しかし、蓋を開けてみればこのざまだった。

 依頼人たる少女、マリア・パーキンソンは、どういうわけか二週間もアカデミアに姿を見せていないと言う。

 住所を尋ねてもみたが、部外者であり、また家族でもないトバリにそんな情報を公開してくれるはずもなく――途方に暮れる始末となった。


「まさかヴィンスのやつ……これを見越して来なかったんじゃねーだろうな……」


「ありそうだねー」


 此処にはいない雇い主の顔を思い出して悪態を零すトバリの横で、頭一つ分以上低い場所で帽子を被った少女が――リズィが同意するように頷いた。


「伯爵。先を見越してること多そう」


「長生きしてると経験則から色々予想できるんだろ。いやまあ、今はそんなことよりもだ」


 リズィの科白に同意を返しながら、トバリはどうしたものかと周囲に視線を巡らせた。

 多くは白衣に身を包む者。

 革帯ベルトに無数の工具を刺している技師のような者。

 腕や足に機関エンジン式の機械義手(マシーンハンド)機械義足(マシーンレッグ)をつけている者。

 中には機関式義眼(エンジン・モノクル)を嵌めている者もいる。

それら全員、皆一様に煤や埃に塗れながらも、まるで市場のような活気に満ちた若者たちが学院内をひっきりなしに歩き回っていた。しかも人間以外に、清掃クリーニング用の機関式人形(エンジンワーカー)や、恐らく学徒たちが自作したのであろう、形状は歪ながらも蒸気を吐き出し、とことこと動く小動物型機械人形(アニマロイド)など――どこを見ても人間か蒸気機関が散逸している様は、まるで最先端の機関機械(エンジン・マシーン)見本市オンパレードだ。


「お、あれ面白そ」


 興味が惹かれたらしいリズィが、近くを歩いていた機関人形を捕まえて遊び始める始末。連れてくるんじゃなかったなぁと一抹の後悔を抱きながら、トバリはちらりと行き交う学生たちを見る。

 流石は英国最大の学術機関というだけのことはあって、行き交う人々からは何処かしら知的な雰囲気が滲み出ている――という感慨は、トバリにはない。むしろ研究に明け暮れ、智の探究という行為に対して何処までも貪欲な亡者にすら見えた。

どうやら、アカデミアに憧れる者なれば誰もが抱くような感情は、粗野な自分にはないのだろうなぁと苦笑を零し、どうしたものかと懐から一枚の篆刻写真を取り出して眺めてみる。

先刻雇い主から渡された、クオリ・リーデルシュタインの写真だ。今はトバリが預かっていた。

 ロンドン病院の実験棟。そこで出会った時にはもう、写真のような綺麗な姿はしていなかった。

 いたのは、彼女という存在に扮した鋼鉄の怪物だ。このロンドンで実しやかに囁かれる都市伝説の怪物。

 一体どのような経緯で、彼女がそんな末路へ至ったのだろうか。新理論と呼ばれる研究に原因があるのか。それとも全く別の要因があったのか。

最も、トバリには想像もつかないことだ。

 判っていることがあるとすれば一つ。彼女を――彼女であったモノを終わらせたのは、自分であるということである。

 今わの際に彼女が浮かべた表情と断末魔は、果たして《人花アルラウネ》のものだったのか、クオリ・リーデルシュタインのものだったのか。想像はできても、真実は判らずじまいだ。

 最も、そのどちらにしても。あるいはそれ以外の何かであったとしても、トバリのすることは変わりない。

 レヴェナントである以上、ただ狩るだけだ。そうしなければ、殺されるのはこちら側なのだから。

 ヴィンセントには、何やら他の思惑もあるようだが……まあ、それは気にする必要はないだろう。

彼には彼の都合があって、自分には自分の都合があるのだ。


「しっかしまあ……何処の誰だか知らないが、何が面白くてあんなもの作ってんだか」


 理解に苦しむねぇ、とぼやいて写真を懐にしまおうとし――


「ん? なにそれ」


 ひょいと、機関人形と戯れていたはずのリズィが、いつの間にか戻ってきて横からつま先立ちになりながら写真を覗き込んでくる。


「依頼人が寄越した捜索人の写真だよ」


「ふーん。見して」


「見てどうするんだよ。もう死んでるぞ、こいつ」


「ケチ」


「なんでんだよ」


 なんて風に言い合っていると、写真が手から滑り落ちた。ひらりと宙を舞って落ちた写真を、通り掛かった男子学徒の一人が拾う。

「大丈夫ですか?」拾った学徒が写真をトバリへと差し出す。トバリは「ありがとさん」と微苦笑しながらそれを受け取った。すると、


「あれ……この子って」


「ん? 知り合いかい?」


「あー、知り合いっていうか……なぁ?」


 その男子学徒は驚いたように目を丸くして、隣にいた友人らしき男子と顔を突き合わせた。彼の言いたいことが判ったのか、もう一人の男子も困ったように眉を顰め、言った。



「――パーキンソン(、、、、、、)ね。新理論の演説、やたらしまくってた子だろ。そういえば、最近見ない――」



 男子がすべてを言い終えるよりも早く、トバリはその学徒に詰め寄った。


「今……なんて言った?」


「――さ、最近見ないなーって」


「そうじゃねぇ。名前だ、名前。今、この娘のことなんて言った?」


「へ?」

 トバリの問いに、男子二人は呆気に取られたように目を丸くして、


「えっと……パーキンソン。マリア(、、、)パーキンソン(、、、、、、)でしょう? この子……」


「間違いなく?」念押しするように尋ねると、彼らは揃って首を縦に振った。


「有名人ですよ。アカデミアの新理論推奨派旗頭、って感じで」


「……良い話が聞けた。ありがとよ、オニーチャンたち」


 そう短く礼言って踵を返し、トバリはリズィを引き連れて再び受付へと足を運ぶ――そして先程と同じ綺麗な受付嬢の前に立って、にっこりと笑いながらこう尋ねた。


「――さっきぶりだな、綺麗なオネーサン。もう一人調べて欲しい人がいるんだけど、いいかい?」


 その時受付嬢が何処か怯えたように見えたのは、きっと気のせいだろう。




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