昔噺:アリスの子守唄
「――良い子ね、私の可愛い妹」
薄暗い部屋。僅かな証明の光が照らす空間の片隅で。
微笑む姉が、そう囁いた。
慈愛に満ちた表情で、少女を見下ろす姉。
優しい姉。
大好きな姉。
まるで歌うように言葉を口ずさみ、踊るようにカチャカチャと鋼鉄製の手術用剪刃などを手に取る姉。
――お姉ちゃん、何をしているの?
そう尋ねたかったけど、言葉は口に出来なかった。どうしてだろう、なんて疑問は抱かない。
だって、私の口は塞がれていたからだ。
口だけではない。
手も動かせないし、足も動かせない。手足だけではない。頭の先から爪先まで、全身をきつい何かで拘束されているのだ。
固く、きつく、しっかりと、うつ伏せに固定されている。
動かせる部分は何処もなかった。
ただ、開いている眼だけが姉の姿を追っていた。
カチャカチャカチャカチャ。
楽しそうに、まるで子供用玩具で戯れるように姉は手術用の小刀を手に取った。
「アリア。今から貴女に魔法を進呈するよ。世界初の試みの――記念すべき最初の被験体だよ。良かったね、私の可愛い妹」
――どういうことなの、お姉ちゃん?
――私になにをするの、お姉ちゃん?
声にならない質問に、姉は答えることなく鼻歌を歌う。
――Alle Menschen werden Brüder Wo dein sanfter Flügel weilt――
それは姉の大好きな詩だった。
それは姉が信奉する詩だった。
――貴方の柔らかい翼が留まる所で、全ての人は兄弟となる。
普段通りの姉の姿で、普段通りの鼻歌を歌って、普段と違った何かを手にし、歩み寄ってくる姉の姿。
きらりと、姉の手にするクロームの刃が鈍く光る。
「だから怖がらないで、アリア。怖がらないで、受け入れて。私の可愛い妹。貴女は祝福された。そのことを歓喜んで?」
そう言って微笑む姉の姿に、私はどうしようもない恐怖を覚えた。
にこりと、姉が笑う。
クロームの刃を手に、嬉々と笑うのだ。
――いやだ。止めて。怖いよ、お姉ちゃん!
大叫んで。
訴叫んで。
絶叫んで。
だけどその大声が、その訴えが、その叫びが、姉に届くことはなかった。
少女の訴えへの返事の代わりに。
鋼鉄の刃が、少女の身体を切り裂いて――。




