七話 黒羽彩音への誤解
夜のビル街のある屋上。佳代子の班員達がオフィスに戻ったあと早紀絵は一人彩音と対峙していた。
「まさか本当に一人で来るなんてね、実はみんなで来るんじゃないかて疑ってたけどちょっと意外」
早紀絵が至って普通の表情で言う。そこにはとても父親や多数の人間を殺した人間のようには見えない。
「大勢で行ったら前に会った時みたいに逃げられると思ってな」
早紀絵がごく当たり前の会話をするかのように答える。
「で、今日は何用?こんな無駄話をしにわざわざこんなところに来たわけじゃないよね?」
彩音が可憐にウインクをしながら言う。
「どうせ口で聞いてもあたしには関係ないってつっぱねるだろお前。だから……」
一呼吸おき早紀絵の顔が真剣なものになる。
「魔法演奏!」
呪文と共にブレスレットのボタンを押し早紀絵の服が赤いゴスロリ服に変わる。
「お前を止める、これ以上悪事を重ねる前にな!」
早紀絵の叫びに彩音も目を伏せ息を吐く。
「そう、ゲームってわけね。遊びじゃなくて本気の、分かったよ、わたしもそれに答えさせてもらうよ。ただし、簡単に倒せると思わないことだね」
彩音が魔導システムのデバイスを取り出しボタンを押す。
「魔法演奏」
ボソリと呟くと彩音の服がへそ出しルックにショートパンツ、ノースリーブコートに変わる。
「はっ」
彩音は足を開き両手で持った鎌を後ろに構え早紀絵めがけ跳躍する。
「くっ」
早紀絵は寸前でバックステップ、回避する。
「ぶっとべえっ!」
そして武器の杖から炎を発射する。
「あっつっ、あっつっ、熱いっつ!」
彩音が炎の温度に耐えられず悲鳴を上げる。
「やっぱ無理、飛び道具相手に中距離用の鎌で戦うとか無理だよ!」
「ハン、恨むならあたしとの相性が悪かったのを恨むんだな」
彩音の抗議を一蹴する早紀絵。
「うわ、ひどい。と、見せかけてバーン!」
指から生成した魔力の塊を飛ばす彩音。一瞬怯んだところに鎌で袈裟斬りを仕掛ける。
「きゃあっ」
衝撃で吹っ飛び後退する早紀絵。
「うわ、なに今の可愛い悲鳴。ちょっと早紀絵ちゃんキャラじゃないからやめてよ」
早紀絵の思わぬ悲鳴の声に驚く彩音。
「てめぇ何しやがる!不意打ちとか卑怯だろ!」
「恨むならわたしに不意打ちされたのを恨むんだね、てへっ」
「く……」
先ほど意趣返しをされものも言えなくなる早紀絵。
「なあ彩音、お前どうしてあんなことしてるんだ、親父さん殺ちまったのは仕方ないとしてもあんな大勢の人を殺して何になるんだよ。そんなことしても辛くなるだけだろ?」
早紀絵が彩音に聞く。
「ごめん、なんて?」
彩音が頭に大量の疑問符を浮かべながら聞き返す。
「え、親父さん殺してその後色んな人殺して回ってたんじゃないのか?」
早紀絵が彩音の反応にショックを受けながらももう一度聞く。
「はあ、言っとくけどわたしは父親殺しも切り裂きジャックごっことかもやってないからね、普通に家にいて学校行ってるから」
彩音が疲れたように言う。
「じゃあこの間のあれはなんだよ」
早紀絵が李梨花と美海と共に彩音が男達を傷つけていた日のことを言う。殺人をしようとしていたあの光景がよもや嘘とでも言うのだろうか。
「あれは……!」
彩音はしばらく言いよどむと何かに反応しその場を飛び立つ。
「彩音?おい、どこ行くんだよ!」
早紀絵が追いかける。
「ちょうどいいや、早紀絵もわたしについていけばさっきの話が分かるよ」
思わせぶりな彩音。
「なんだそりゃ」
人気のない路地で男が女に話しかけていた。
「なあ、そこの姉ちゃんおれとデートしようぜー」
女は怒ったように言う
「お断りします!」
「あーあ、残念だなぁ」
男は呟くと口元を歪めてニヤリと不気味に笑う。ポケットから台座に石が埋め込まれたアクセサリーを取り出すと石部分を押しながら言う。
「魔法演奏」
男を黒い光が包むと服装が変わり裸の上半身に狼をかたどった肩アーマーのコートになる。右手にはナイフを長くしたような剣が握られていた。
「キャー!」
女は悲鳴を上げ逃げる。 だが女はある程度進んだところで足をつまづき転んでしまう。
「鬼ごっこは終わりだよ、イッヒヒヒ」
男が舌を出しながら剣を持ち上げる。
「あっ、あぁ……」
女は恐怖に言葉に出ないでいる。そこへ……
「ぐへっ」
何者かが体当たりをし男を吹っ飛ばす。
「逃げて!」
「は、はい!」
男に体当たりをし女を逃がした人間、天城司は男に向き直る。
「誰か知らないけど変なコスプレで夜中徘徊とかどんな変態です?」
「お前こそ俺様の邪魔するたあどういう了見だ?」
男は吹っ飛ばされた時に落とした剣を拾い司に向けて振り下ろす。咄嗟に飛び退く司。先ほどまで司がいた地面のコンクリートに剣が刺さる。
「刺さったぁ!?この剣本物だ、いや、こいつもただのコスプレじゃない、魔法使いと同じか!」
剣の切れ味を見て男に対する認識を改める司。
「分かっただろ、俺が普通じゃないって。分かったなら早く逃げな」
魔法使いと同様に魔力反応を感知して現れた司は女、は分からないが夜中に剣、司はまさかとは思ったが少なくとも目の前の男を逃がすのは危険と判断した。司の身体が光に包まれると全身白装飾に白い羽根、光のリングを頭に浮かべ天使の姿を表す。
「なんだそりゃ、天使のコスプレかよ?」
「上半身裸にコートの人に言われたくないし。とにかく君をほっとくわけには行かないんだよね」
「へー、じゃあ俺の邪魔するってわけか。なら死ね」
再び剣を振り上げる半裸コスプレ男。司はその剣の面部分を弾き打撃を加える。右の正拳突きでひるませ、左からのアッパーで顎を捉える。衝撃で後退する男。
「てんめえ…。こうなったら仕方ねえ、野郎共!」
「呼んだか」
「大丈夫かい?」
男の号令でさらに二人の男が現る。二人とも先ほどからいる男と同じような格好だ。
「増えた!一人じゃなかったのか……」
相手の数が増えた司は冷や汗をかく。相手の実力が未知数な中さらに敵が増えるのは危険過ぎると感じた。
「やれ!」
「オーケー!」
「まかせな!」
リーダー格の男の命令で二人の男が交互に切りかかる。それを司は後ろに後退し避ける。しかし、ギリギリで避けることになってしまう。
かわしきれず頬の表面が裂ける。
「おらおら、どうした!」
リーダー格の男が挑発する。
とはいえ守りに徹してはダメージを負う一方になってしまう。しかし交互に攻めることで隙のない男達相手には反撃することすらままならない。
「あっ……」
そうこうする内に壁際に背中がついてしまう。
「どうやら行き止まりみたいだせ、天使さんよお」
「いや横あるし」
司は余裕あり気に返すが内心焦っていた。横に道がないこともないが下手に動けば相手の剣撃をもろに受けてしまうためだ。
万事休すか、司がそう諦めかけた時………
「ゲームならわたしも混ぜてよ!」
後ろから夜の町に場違いな声がひびく。それは年若い少女の声でいかにも今から遊ぼうとでも言いそうな空気をまとっていた。
「この声、この感覚……」
目の前の男達に気を取られていた司だが背後からした声にすぐさま気づく。それは司がよく知る人物の一人だった。
「上だ!」
男の一人が叫ぶ、そこには一人の少女がいた。それは満月を背に鎌を構えていてまるで夜な夜な生者を狩る死神のようにも見えた。
「ハァーッ!」
気合いと共に少女が落下し司と男達の間に鎌を振るう。
「やべえ、こっちに来るぞ!」
「に、逃げろ!」
前にいた男二人は避けようとするが上空からの攻撃のが速く胴体に傷がついてしまう。
「やっはー、司くん。元気してた?」
ショートパンツにへそ出しルック、ノースリーブコートの少女、黒羽彩音は司の元に駆け寄る。
「は、ははは、あははははは!元気してましたよ、彩音さん。ちょっと怪我しましたけど」
彩音の登場に緊張の糸が切れたように笑う司。
「げ、死神!」
リーダー格の男が彩音を指して言う。
「はあ、いくら見た目が黒いからてその呼び名には慣れないね」
彩音で何度もその名で呼ばれているかのように言う。
「おい、あたしも忘れんなよ」
彩音の後を追いかけていた早紀絵も司の傍に寄る。
「あ、早紀絵さんいたんですか?」
そこでようやく司も早紀絵の存在に気づく。
「あたしの扱いなんか酷くね?」
「お前、あん時の!」
「なんでこの間彩音に襲われたやつらがこんな所で変な格好してやがる!?」
早紀絵と男達が互いの正体に気づく。司は面識はないが彼の目の前にいる男達は数日前彩音に襲われたところを早紀絵達に助けられた男だったのだ。
早紀絵が状況を察する。
「じゃあ、この間のあれって……」
「あいつらにとどめ刺そうとしたら逃げられてちょうどタイミング悪く早紀絵ちゃん達に見つかっちゃったってわけ」
「でも親父さんを殺した方は……」
「その話は後!」