四話 黒と紅の魔法使い
夜の道を三人の少女が走る。
「あの、わたし達どこに進んでるんでしょうか?」
「さあ?でもさっきからするこの感覚が教えてくれるんじゃないかしら」
美海の問いに李梨花が答える。
「体がジンジンなる感じですか?わたしもさっきから感じてるんですよね」
「美海も?何か共通点でもあるのかしら」
李梨花は沙紀絵の方にも聞いてみる。
「あんたはどうなの、感じる?」
「いや、あたしは別に……、お前らだけじゃねえの」
若干遅れて沙紀絵が答える。
「………?まあいいけど」
「ここよ!」
李梨花が直感的に叫ぶ。
見るとそこは先ほど李梨花達が男と乱闘した行き止まりの広場で先ほどの男達が転がっている。さらに一人の男が尻をついて上を見上げている。その先には黒い服の少女が死神のような長い鎌を下げている。少女はノースリーブで肩や裾に装飾が施されたコート、シャツやショートパンツにも装飾のようなものがある。
「ひうっ」
美海は瞬間に察し声を上げる、血が見えてるわけではないが倒れてる方の男達は黒い服の少女に傷つけられたと。
「彩音っ、てめえ何してやがる!?」
沙紀絵が叫ぶ。
「沙紀絵ちゃん?あー、この辺りは君の縄張りだったね」
彩音と呼ばれた少女が鎌を男に向けたまま言う。
「お前の今やってるそれ、どう見てもまともじゃねえよなぁ?何のつもりだ」
沙紀絵の声は怒りを押し殺したものになっている。
「何ってー、ゲームだよゲーム。この世界は退屈だからー、こうやって遊んでるんだよ」
反対に彩音は間延びした声でお気楽な態度でいる。
「遊びって、それ人殺しだよな。それを遊びとか……冗談だろ?」
沙紀絵の声には徐々に恐怖が混じってくる。
「本気だよ、見てみる?」
言いながら鎌を振り上げ男に切りかかる。
「やめろ………、やめろー!」
叫ぶ沙紀絵。
しかし響いたのは人体を割く音ではなく銃声だった。彩音の鎌は届かなかった。李梨花が魔獣用の特殊銃で鎌の刃部分を撃ったのだ。
「ふう、間一髪。というわけで司、助っ人よろしく」
『ちょっと李梨花さん!?話全然見えないんですけど、ちょっと!もしもし?!』
片手に銃、もう片方の手に携帯を構えながら李梨花が言う。目の前の魔法使いらしき少女に対抗すべく司へ連絡したのだ。通話先から何やら抗議の声が聞こえるが無視して通話を切る。
「ねえ、あなた。魔法使いなら余分な魔力はしまっておくべきじゃない?それとも目立ちたいのかしら?」
「李梨花さん、じゃあこの人は……」
彩音へ向けた李梨花の言葉に美海が反応する。
「そう、魔法使い、そしてここに来る前に感じてた感覚もこいつの出す魔力に反応してる」
李梨花の言葉に彩音が感心する。
「ヘー、共振かー。じゃあきみたちも魔法使いなんだ?」
「正確には魔法使いの力を使ったことのある人間だけどね。どこの誰かは知らないが殺しを見過ごすほどあたし達は甘くないわよ」
言い終わると李梨花はブレザーの内ポケットに手を入れ魔導ペンダントのボタンに指を掛ける。
カチカチッ
「……………」
ボタンを押す音がするが何も起きない。李梨花は再びボタンを押すがやはり何も起きない。そしてしばし考えた後心底から嫌そうな顔をする。一息つくと呟く。
「魔法演奏」
光と共に李梨花の姿が変わる。その間一秒にも満たない。
「ああ……、やっぱり慣れないわね。深夜に変な呪文唱えてヒラヒラ衣装になるとかただの不審者よ……」
全てを諦めた顔となる李梨花。
「ふ、不審者?!どうしよう、あたし怪しい人なの?お巡りさんに捕まっちゃうの?!」
李梨花の言う不審者の格好をした彩音が酷く狼狽する。
「はっ、殺人未遂の犯人が今更何言ってんのよ。おとなしくあたしに拘束されなさい」
言い終わると専用銃を構え彩音を撃つ李梨花。それを彩音は硬質素材のブレスレットで防御する。
「クスッ、そんな攻撃であたしを倒せると思った?ざんね……」
バキュンバキュンと銃声が連続する。
彩音が李梨花をからかうが最後まで言えなかった。李梨花が先ほどとは別の箇所を撃ったのだ。
「そこのあんた、今の内に救急車呼んで!美海はそこに被害者の保護を!あの魔法使いはあたしが引きつける!」
美海だけでなく沙紀絵にも指示を飛ばす李梨花。
「わ、分かった」
救急車を呼ぶ沙紀絵。
「任せて下さい!」
美海も気合いを入れ李梨花が彩音を動かすまで待機する。
李梨花は横にそびえる倉庫の屋根に跳躍、彩音を挑発する。
「さあお嬢さん、新しいゲームの始まりよ。あたしと存分に殺し合いなさい」
それを見た彩音はニヤリと舌なめずりする。
「へえ、面白いじゃん君」
跳躍、李梨花に接近する。そして李梨花は後方へ跳躍、専用銃で彩音を撃つ。ダメージを与えるのではなく相手を引きつけるために弾幕のように足元を狙う。
「うっとおしい!」
ブレスレットではなく鎌で弾丸を弾く彩音。
彩音に襲われた男達が救急車に運ばれるのを見送る早紀絵と美海。
「これでひとまず安心ですね」
安心する美海と対照的に早紀絵の顔は暗い。
「お前、別に一人でも大丈夫か?」
唐突に早紀絵が聞く。
「子供扱いしないで下さい、これでも中学生ですよ」
「ならいい、思いっきりやれる」
美海の威勢のいい返事に早紀絵は何かを決意する。
おもむろに早紀絵は腕時計を取り出す。腕時計のようだが違う、本体部分は紅く染まっており翠色の宝石が散りばめられている。そしてボタンのようなものも付属している。
「その時計!」
美海が腕時計の正体に気付くと間もなく早紀絵は叫ぶ。
「魔法演奏!」
光とともに早紀絵の服が紅と白のゴスロリ衣装に変わる。
「どっちだ、どっちに行きやがった」
早紀絵は目を瞑ると何かを感じたようにマント共に飛翔する。
「あの人も、魔法使いだったんですね……」
残された美海が呟く。
美海が呆然としてるとキキーッと自転車が止まる音がした。
「あれ、美海ちゃんだけ?李梨花さんは?」
李梨花に呼ばれて急いで自転車を走らせて来た司が尋ねる。
「別の場所で例の魔法使いと戦ってますよ。それよりもう少し早く来て下さいよ」
悪態をつく美海。
「これでも急いで来たんだけどな……。で、どっちに行ったの?」
「あっちの方角です」
「ありがとう!」
美海の指さした方向に自転車を走らせる司。
「他の三人は変身してたのにあの人だけ自転車なんですね」
美海はものすごい脱力した気分になった。
とある倉庫の中に入る彩音。
「ねえ、鬼ごっこはもう終わりなの?」
先にいたのは李梨花だ。
「ええ、ここからがゲームの始まりよ」
李梨花の言葉と共に彩音が鎌を構える。
「そ、じゃあ遊ぼうか」
李梨花の元へ駆ける彩音。その過程で飛んでくる李梨花からの銃撃をブレスレットで防ぐ。
「その手は一度防いだはずだけど?」
さきほどと同じ手で拍子抜けする彩音。そのまま鎌による斬撃を加えようとして止まる。
「いない?かくれんぼかなー、どーこにかくれたのーかなー、鬼さん、手のなるほうへ♪」
彩音が陽気な気分でいると後ろから銃撃が飛ぶ。連続でくらい思わず上半身が倒れる。
「いったーい。もう、不意打ちとかひどくなーい?」
「目の前の敵から目を離したあんたが悪いのよ」
「うわ、なんか頭にきた」
李梨花の挑発に機嫌を悪くした彩音。銃撃をくらうのも気にせず突っ込む。
「こいつ、止まんない!」
相手の気迫に思わずあせる李梨花。
「えーい」
気の抜けた気合いと共に李梨花へ斬りかかる彩音。
「ぐっ、いっ………、たくない?」
斬撃を受けてもなぜか痛みが一時的なものだった。
「もう、いっちょー」
彩音の追撃。しかし次はまんまと受けるわけにはいかない、李梨花は彩音に至近距離で銃撃を食らわせる。
「ひゃあっ」
衝撃で退く彩音。
「この服てもしかしてかなり頑丈に出来てるのかしら。それとも相手が弱いだけ?ねえ、みな……みはいないんだった。にしても相手が昼間戦った魔獣より弱いとはいえ無理は禁物ね」
斬撃を受けても傷どころか痛みも一瞬で消えた魔法使いの衣装を気にするがすぐに気持ちを切り替える李梨花。
「い、いたい、いたいよ……」
李梨花から受けた銃撃の痛みで悲鳴を上げる彩音。
「はあ?なんであんた痛がってんのよ。こっちは痛みなんかないわよ」
自分とは反対にダメージを受けた際の痛みが出ている彩音に困惑する李梨花。
「あなた、どこまで、あたしを馬鹿にして……」
彩音の声から余裕がなくなる。
「彩音!」
「早紀絵ちゃん……」
そこへ魔法使いの衣装を纏った早紀絵が到着する。
「早紀絵って、ヤクザの娘の?いやいや、髪も服も変わり過ぎでしょ。うそうそ、うそでしょ」
早紀絵の装いを見た李梨花はさきほど見た時との違いに困惑する。
「おい、そこの青いの。衣装がちょっと普通より洒落ただけだからって調子に乗んじゃねえぞ」
「ごめんなさいごめんなさい、あまりに格好が変わってたからつい……」
李梨花の態度に怒りを露わにする早紀絵と平謝りする李梨花。
「彩音、もうなんであんなことやってたか知らないけどもう帰ろう!お母さんとお父さんも待ってるぞ」
説得を試みる早紀絵。
「お父さんはいないよ、お母さんは知らないけど」
「いない?どういう意味だよ」
「殺したから」
「殺した………?」
彩音の言葉に思わず言葉を詰まらせる早紀絵。
「うん、殺した。お腹を刃物でザクッてね」
とても肉親を殺したとは思えない淡々とした声で彩音が言う。
「どうして、そんなことを」
「早紀絵ちゃんには関係ない」
早紀絵が理由を聞くと彩音の表情がこれまでにないほど暗いものになる。
「関係ないって、友達だろあたしら」
「だってこれあたしの家の問題だもん、早紀絵ちゃんには関係ない」
「けど……」
早紀絵の言葉を頑なに拒否する彩音。
「ちょっと早紀絵さんに彩音さーん、こんなところで喧嘩とかみっともないですよー。ささおうちに帰りましょう」
自転車と共に場の空気をぶち壊す間延びした声が響く。
「遅い!いつまで時間かけてるのよ司、来るならもっと早く来なさい!」
呼び出してから大分遅れて来た司に腹を立てる李梨花。
「いやー、これでも急いで来たんですけどねー。どうもすいませんねー」
マイペースなまま謝る司。
「ところでさっき言ってた黒い魔法使いて彩音さんですよね。ちょっと我々に同行してくれませんかね」
「え、なんで?」
「へー、とぼけるつもりですか。李梨花さん、早紀絵さんちょっと僕に協力してくれます?」
「あんたに命令されるのはしゃくだけどまあいいわ」
難なく了承する李梨花。
「どうするつもりだ」
一方早紀絵は質問を投げる。
「細かい話は署で聞きましょうということですよ」
「よく分からないけど分かった」
司達の会話を聞いた彩音は恐怖を感じた。この三人は自分に敵意を向けている。司は同行と言っているが正確にはお前を捕まえるぞと言っている、今捕まれば自由がなくなる、もしかしたら檻に閉じ込められて惨めな目に合うのではないか。そう感じると彩音はその場から逃げ出した。
「待て!」
「待ちなさい!」
彩音を追おうとする早紀絵と李梨花だがすぐに見失ってしまう。