三十五 話 ヤクザさんの娘さんはボディーガードがお嫌い
導入編、美羽羅編、メインストーリーと来て沙紀絵編スタート
花村沙紀絵の家はヤクザだ。ヤクザと言っても違法薬物や銃器の取引はしておらず町の小さな商店を営む程度だが商店同士が徒党を組んでおり規模としてはかなりのものとなる。しかしウィザードマテリアルの下部組織であるため売買はせずとも銃器はそれなりに所持している。
ヤクザ花村組の中枢にして沙紀絵の実家は薬屋である。処方箋の受付や市販薬の販売もしてるが主は昔ながらの漢方薬を扱っている。昔からあり建て替えなどはしてないため木造平屋の広い家屋となっている。
花村組はある程度資金があるため頭領の孫娘である花村沙紀絵、彼女にはボディーガードがいた。そのボディーガード、 志村大吾は悩んでいた。
ここ最近沙紀絵が学校の放課後真っ直ぐ帰らず場所も告げずに一人でどこかへ行っているのだ。お嬢様は一人で危ない場所や人と接触しているのだろうか。大吾は日々不安になっていた。
「お嬢様、お家までお送りしましょう」
大吾は今日も学校の終わった沙紀絵を迎えに行った。
「いやいらねえし、自分で帰れるよ。てか毎回学校終わる度来んなよ、迷惑だから」
沙紀絵が反抗的に答える。
「あれ、志村さんじゃなーい。おっはるーん」
沙紀絵の後から三つ編みにした髪を左前に下げた少女が現れる。
「澤村様」
大吾が少女に頭を下げる。少女の名は澤村恵美菜、沙紀絵のクラスメイトだ。
「もう駄目じゃないサッちゃーん、志村さんにそんなこと言っちゃぁ。大事な人なんだから」
恵美菜が沙紀絵に抱きつき髪をすきながら言う。
「ちょ、人前で抱きつくないよ。恥しいだろ」
沙紀絵がもだえる。
「いいじゃんサッちゃん可愛いし」
沙紀絵に抵抗されながらも髪に触るのを止めない恵美菜。沙紀絵は嫌そうしてるが本気で抵抗しないところを見ると恵美菜には気を許しているのだろう。
「おっほん!」
その様子を見かねた大吾が大きく咳払いをし恵美菜の手が止まる。
「あ、すいません志村さん。もしかしてサッちゃん今日用事とかあります?」
「いえ、別にそういうわけではありませんが……。それはともかく澤村様、そのようなことはなるべくやめていただきたい。お嬢様が嫌がってます」
大吾はこう言ってるが実際は違う。御年十九歳である大吾は幼き頃から家の繋がりで沙紀絵を護衛し時には教育係として、時には頼れる兄として接してきた。そして年が経つにつれ彼は沙紀絵に対し恋愛感情を抱くようになったのだ。
昔は沙紀絵に触れたところで問題はなかったが今は違う。手を掴み引っ張る程度ならいいが下手に抱きつこうものなら殴られてしまう。それなのに自分以外の人間が沙紀絵に気安く触ろうものなら同性だろうと異性だろうと気に食わないという具合いである。
「ごめんサッちゃん。嫌、だったかな……」
恵美菜は沙紀絵から離れすまなそうにする。
「なに言ってんだよ、そういうのいいから、遠慮とかいいから。あ、いや、だからって別にしょっちゅうくっついてろとかそういうのじゃなくてだな……………。と、とにかく変な遠慮とかすんなよ、別にお前のこと嫌いじゃないから」
沙紀絵が顔を赤らめながら必死に恵美菜の誤解を解く。
「サッちゃん………、ありがとう、大好き!」
感極まり思わず沙紀絵に抱きつく恵美菜。
大吾はまたもや沙紀絵に抱きつく恵美菜に対し怒りを募らせ拳を握り締める。
「お、おい、だから人前でそういうのやめろって!」
「いやだー、離さないー」
恵美菜は文句を言われながらもなお沙紀絵を強く抱きしめる。
「志村、お前一週間あたしに接触禁止な。家の外で半径五メートル以内に近づくな、近づいたら殺す」
沙紀絵が恵美菜に抱きつかれながら首だけ大吾に向け言う。
「そんなお嬢様!御無体な!」
愛しのお嬢様に近づけないなんてそんな馬鹿な、そんなことあっていいのか。大吾は身体に雷が直撃したかのような大きなショックを受ける。
「ねえねえサッちゃん、今日はどこかでスイーツでも食べに行かない?」
恵美菜が言う。
「いいぜ、友達呼んでいいか?」
「いいよ、みんなでいこっ」
スイーツショップへ向かう沙紀絵と恵美菜を尻目に大吾は先ほどのショックから立ち直れず何も言えなかった。
「はあ………」
二人がいなくなった後大吾は一人ため息をつく。自分にとって大事な存在どある沙紀絵を護衛し守るはずが逆に傷つけ嫌われてしまった。
(俺はどうすればいいんだろう、お嬢様に嫌われてしまってはもう俺にお嬢様の傍にいる資格などない………)
大吾の落ち込み具合は尋常ではない。
「何かお困りでも?」
「あなたは?」
大吾が見るとクリーム色のカーディガンに薄いベージュのスカートを着た長い髪を後でヘアクリップで留めた女性がいた。
「ねえあなた、自分の力に自信はありませんな?無いのならいいものをさし上げますよ」
女性が微笑む。
「いい、もの……?」
「これを」
女性はスッと手の平サイズの宝石が散りばめられた機械を取り出す。
「これを使えばお嬢様は俺を見てくれる……」
大吾はその機械に手を伸ばしていく。
* * * * * * * * * * * * * * * *
学校を出た沙紀絵は彩音を誘い恵美菜と共に近所のスイーツショップに来ていた。
テーブルに広がったケーキをガツガツと食べ進めていく沙紀絵。既に空の皿が五皿ほど重ねられている。
「相変わらずよく食べるね沙紀絵ちゃん」
彩音が沙紀絵の食いっぷりに感心する。沙紀絵はケーキだけで通常を超える量を食している。
「でもたくさん食べる女の子て可愛いよねぇ」
恵美菜が顔の横で手を重ねながら沙紀絵を見つめる。
「沙紀絵ちゃんは上げないからね」
「え、なんのこと?えっと……、大丈夫だよあたし沙紀絵ちゃんを独り占めするなんてことしないから」
突然妙なことを言い出す彩音にびっくりする恵美菜。
「あ、いや、そうじゃなくて………、沙紀絵ちゃんて可愛いですよね 」
彩音は自分でも一瞬何を言ってるのか分からなくなってしまい言い訳めいたことを言ってしまう。沙紀絵に学校でよくしてもらってる相手に対して彼女を独占しようとしているなどと思うなどどうかしている。
「うん、ギューってしたくなっちゃうよね」
小さくガッツポーズを取る恵美菜。
「やっぱ殺す、間違えた。ええ、わたしもギューっと行きたいです」
彩音は恵美菜の言葉に等々不穏な返しをしてしまうがなんとか持ち直す。しかし誤魔化せているのか不安である。
「彩音ちゃんもそう思うよね!」
(今この子殺すて言わなかった……………?)
誤魔化せてなかった。
「と、ところで前から思ってたんだけど彩音ちゃんは沙紀絵ちゃんとはどういう知り合いなの?」
恵美菜が聞く。
「幼なじみです、家の人が先祖代々から交流があってそれで」
「へー、すごいね。大昔から仲がいいんだ、なんだかおとぎばなしみたいだね」
恵美菜がウフッと微笑む。
「そんな大層なものじゃ………」
「いにしえの時より結ばれし二人、時を経て二人はついに運命の出会いを果たし、そして………」
彩音が謙遜しようとするがお構い無しに喋り続ける。両手を合わせ頭を上に向けウットリしたように妄想の世界に浸る。
「いやいやいやいや、わたし達そんなディープな関係じゃないから!あわよくば…………おか思ってるけどまだ違うから!それにあと二人幼なじみいるし!別にわたし達二人だけが幼なじみとかじゃないから!」
身振り手振りを交え必死に誤解を解く彩音。
「なんだ、二人だけじゃなかったんだ。てあと二人御先祖様から仲いい人いるの?」
彩音に向き直る恵美菜。
「と言ってもその人達姉妹だから家としては一個ですけど」
「す、すごいね……」
あまりの驚きに二の句が告げなくなる恵美菜。
「あ、お前らもそれ食っていいから。遠慮とかすんなよ」
と、そこでカチャカチャとケーキを食べていた沙紀絵がテーブルにあるケーキを二人に薦める。
「え、いいの?」
と彩音。
「いいっていいって」
「じゃ遠慮なく」
「わーい、やったー!」
「わっ」
思わず両手を上げて喜ぶ恵美菜に驚く彩音。
沙紀絵に薦められケーキを食べ始める彩音と恵美菜。そんな中彩音は妙な感覚に襲われる、魔力の気配だ。
「あー、二人共、わたしちょっと用事出来ちゃった。二人だけで食べててくれる?」
席を立つ彩音。
「待てよ彩音、あたしも」
急いで今食べてるケーキを食べ終えようと急いで口の中に入れてく沙紀絵。
「いいからいいから、たまには学校のクラスメイトとゆっくりしてなよ。あ、これわたしの分の代金」
財布からお札と硬貨をテーブルに置く彩音。
去り際恵美菜に近づき耳元で囁く。
「あ、沙紀絵ちゃんに変なことしたらあなたのこと……………、食べちゃうから」
さっきの殺すというのはやはり聞き間違えじゃなかったと思いながら背筋にゾクッとしたものを感じた。
「じゃ、わたし行くから」
ケーキ屋を後にする彩音。




