二百二十八話 アイドルとマネージャーの和解
「ケホッ、ケホッ。ちょっと、流石にこれはやりすぎよ!もうちょっと加減しなさいよ!」
煙の中から咳き込む唯ちゃんが出てきた。ところどころ焦げてるけどまだまだ元気みたい。
「ふん、甘ったれにはそれくらいがちょうどいい」
あくまでクールな篠井。
「なにしろ水着でグラビアにでも出ればまだ良かったものをそれすら拒否する甘ったれだからな」
その言葉が唯ちゃんを限界まで怒らすには十分だった。
「水着だけはやらないって言ったでしょーがー!」
唯ちゃんは二台のスピーカーから音波ビームを飛ばして篠井にぶつけた。
「ホント腹立つ、どうせわたしが女だから水着でもやれば人気が取れるとか思ってるんでしょ!わたしは!歌を歌う人なの!水着なんて着てあからさまに男共を誘惑する人達とは違うの!」
顔を真っ赤にしながら唯ちゃんが叫ぶ。目には涙がたまってて彼女の苦しみやうっぷんを表しているみたいだった。
それを聞いて篠井がうつむいた。
「すまん。俺、お前がそんなに水着が嫌なんて知らなかった。それなのにあんな強引にやらせようとしてすまなかった………」
「嫌だ、嫌だよ、水着なんてやりたくないよ………」
唯ちゃんが涙を流してそれを拭いながら言った。
「ちゃんと、ちゃんと歌もやるから、テレビや雑誌にも出るから、わたし頑張るから……………」
唯ちゃんが泣きじゃくりながら伝える言葉は今まで芸能活動をちゃんとしてこなかった懺悔に見えた。ていうかあの様子だとアイドルちゃんとしてなかったんだね、ファンがいないことはないけど。
「唯、今さら遅いかもしれないがもしお前がよければ………」
篠井がためらいがちに言うと唯ちゃんが顔を上げた。
「篠井、さん…………」
「もう一度お前を鍛え直してもいいか?」
「はい!」
唯ちゃんが笑顔になる。
「ふう、お前には世話をかけたな。ライブも台無しにしてしまってすまなかったよ」
篠井が謝る。
「わたしの方こそわがまま言って芸能活動をいい加減にして…………ごめんなさい!」
唯ちゃんも謝る。
あー、なんかいい雰囲気だなー。
『て、よくなーい!』
この一部始終を見てた僕達は一斉に叫んだ。
「な、なにみんな、いたの?」
驚く唯ちゃん。
「さっきからいたよっ!気付けよ馬鹿が!」
「これはかなりの問題」
「いや君たち、なにをそんなに怒ってるんだい?」
篠井も惚けてるし。
ますます怒った。昨日からずっと心配してて組織だって護衛出して今だって急いで来たっていうのにこに態度……………。
「ちょっと二人とも降りて」
僕の言葉に唯ちゃんと篠井はわけが分からなそうに顔を合わせたけどすぐにビルの屋上に降りた。
僕達もビルの屋上に降りる。
「あのさ、なんで僕達が君らの夫婦喧嘩に巻き込まれなきゃなんないわけ?意味分かんないし、心配したし体力も使って疲れたんだけど」
僕は説教とかそういうのは苦手なので嫌味を全開にして二人に抗議した。
「いやあの、わたし達夫婦じゃないんだけど…………」
「あくまでアイドルとマネージャーというか…………メインとサポートというか」
二人が反論してくる。
「似たようなものでしょ、二人三脚でやるし」
「はあ、まさか俺はこんなしょーもないアイドルにお熱だったとはな。とんだピエロだぜ」
豊太郎が頭を抱える。
「それはホントごめんなさい!でも歌はちゃんとやるから、新しいCDも出すしテレビにも出るからこれからも応援して!お願い!ね?」
唯ちゃんはパン!と勢いよく手を合わせてウインクするけどその様はなんというか、痛々しかった。篠井さんとの喧嘩見るまではこういう動作も可愛く見えたんだけど。
「まあ、考えとくよ」
一応イエスと言う豊太郎、多分しばらくCDは聞かないだろうな。
「ところで昨日の夜わたしが会ったのは君で会ってるの?」
彩音ちゃんが聞く。
「昨日?」
「うん、昨日魔法使い狩りしてたら邪魔してきた人がいてその人が唯ちゃんと同じような格好してたんだよね。それでさっき聞いたんだけどはぐらかされちゃって」
「ふーん」
「ねえ、魔法使い狩りってなに?」
さなえが言う。そうだ、僕も初めて聞いたぞそれ。
「それは後、でどうなの唯ちゃん」
「ごめんなさい、言うと心配かけちゃいそうでつい………」
「いや、既に心配かけまくってるんだけど」
「う………」
彩音ちゃんの容赦ない言葉に何も言えなくなる唯ちゃん。
「こういう周りを巻き込んだ迷惑はもうかけないって誓ってくれるかな」
僕は二人に言う。
「誓います誓います!」
「誓うから許してくれ!警察にだけは………」
必死に言う唯ちゃんと篠井。
「どうする、みんな?」
僕はみんなに呼びかける。
「わたしはそんな気にしてないし別にいいけど」
「反省してるから許す」
「俺は元より気にしてない」
「オレもー」
「豊太郎?」
豊太郎だけが一人そっぽを向いてる。
「俺さあ、本気唯のこと心配してたのによぉ、なんつうか拍子抜けっつうか信じられないっていうか………」
唯ちゃんにお熱だっただけに豊太郎は簡単に許すなんてことはならないみたい。
「やっぱり許してくれないの?」
不安げな唯ちゃん。
「許すっていうか、そうじゃないんだよなぁ…………」
正確には幻滅したって感じかな。
「じゃあ、これで許してくれるかな」
唯ちゃんはそう言うと豊太郎に顔を近づけてそのほっぺたに口づけをしたんだ。
「え………」
その光景に僕達は言葉を失った。まさかそういうことするなんて、水着は嫌だけどキスはいいんだ。
「これで、許してくれるかな?」
「お、おう………」
突然の口づけに豊太郎は思わず今までの非礼を許してしまう。ていうかほっぺたとはいえ女の子の口づけもらうとか豊太郎ずるい!
「司くんも」
チュッ
僕のほっぺにも唯ちゃんの唇が乗る。え、嘘、いいの?突然の出来事に僕は何も言えなくなった。なんだろうこの感動、言葉にならないときめきが湧いてくるんだけど。
「二人にも」
「へ?」
そして今度はさなえと彩音ちゃんにも口づけをしていく、今度はマウストゥマウスで。
女子と女子の口づけ、その光景は僕にはあまりに刺激が大きくて思わず口を抑えた。
「これで今回のことは許してくれるかしら?」
その言葉に僕はガクガク頷いた。何か彼女達のやったことが全部吹っ飛びそうな気分だよ。
「彩音と間接キス彩音と間接キス…………」
さなえがなんかエクトプラズマでも出しそうなくらい口をパクパクさせてる。
「え、なに?わたしとの間接キス嫌だった?」
「気持ち悪い」
そして顔を反らすさなえ。
「そんな言い方ないでしょー、ひどいよさなえちゃーん」
「だって本当のことだし」
「なにをー」
なぜか取っ組み合いになるさなえと彩音ちゃん。この二人のことはほっとこう、喧嘩するほど仲がいいって言うし。
「じゃあわたし達はこれで」
「どうもお騒がせしました」
空を飛んで帰ろうする二人。
「待て行くな!ちょっと待って!一応上に報告とかしなくちゃなんないから待って!」
僕は急いで二人を止めて佳代子さん達が来るまで待たせた。この後二人は佳代子さんにたっぷりしごられましたとさ。正直言うとこういう事件はもうこりごりかな。
★★★★★★★★★★
その光景を遠くから見ていた二つの影があった。
「二人の魔法使いが口論しながらの戦闘のすえ和解してしまうとかどんな状況だまったく。わけがわからん、というか上にどう報告すればいいんだよ!疲れた、帰る!」
その一人、相原唯に魔導ユニットを渡した鬼道京之助は唯と篠井のだらしのない顛末に腹を立てながらその場を後にした。
もう一人、篠井に魔導ユニットを売ったテンザは
「やれやれ、もう少し派手に暴れてくれると思いましたがこれっぽちで終わるとは。がっかりです」
こちらは期待外れという面持ちで立ち去った。
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