二百十八話 豊太郎くん音楽ばっか聞いてないでこっち向いてよ
司side
その日、豊太郎の様子が変だった。学校に行く前なんだけど彼にしては珍しくイヤホンを耳にかけて音楽プレーヤーをポケットに入れていたんだ。僕とさなえがおはようって言っても上の空、途中から彩音ちゃんや美海ちゃんも加わるけど上の空、話聞かない。いや話はせめて聞いてよ!て言いたくなった。
とうとう教室に入るまでイヤホンをつけっぱでいてしまった。
「ねえ、こいつどうする?なんか気に入れない」
さなえが言う。
「流石にこれはねえ」
彩音ちゃんもちょっと引き気味。
ちょっと僕も怒ってきた。僕は豊太郎のイヤホンと音楽プレーヤー本体に手をだして取り上げる。
「なにすんだよ」
豊太郎が怒って言う。
「あのさ、学校には勉強に関係ないもの持ってきちゃ駄目って知らなかった?」
普段は持ってこないから知ってるんだろうけど皮肉たっぷりに言ってやった。
「あ…………」
忘れてたのか、よほどその中身が大事みたいだね。僕はイヤホンを自分の耳に挿す。中からは恋だとか花だとか言ってる女の子の声が聞こえる。よく分かんないな、こんなのが今時流行ってんの?
「なんの歌?」
彩音ちゃんが言う。僕は自分の耳からイヤホンを外して彩音ちゃんとさなえにつける。恋人が同じ音楽を聞くみたいな姿だけどささいなことだね。
なんの歌か分からず首をぐるぐる回すさなえ。
「ごめん、やっぱ分かんない」
彩音ちゃんがイヤホンを外す。
「返せよ、俺のだぞ」
豊太郎が手を伸ばす。
僕は音楽プレーヤーを豊太郎から遠ざける。
「それは駄目だね。今日は荷物検査があるんだもしこれが君の手にあったら君は大変なことになるだろうね」
「げ、まじかよ………」
豊太郎が嫌そうな顔をした。
「でもこのままじゃ司くんのが怒られない?」
彩音ちゃんが言う。
「大丈夫大丈夫」
僕は教師が使うオフィス用の机に向かう。そして引き出しを開いて中に音楽プレーヤーを収納する。荷物検査は基本的に生徒のロッカーやバッグが確認されるから教師用の引き出しは見られないんだよね。
「その手があったか!やるじゃねえか司!」
豊太郎が両手をパンと叩いて僕をほめる。僕は無言でウインクして返す。
「はい、みんな席座ってー」
担任の先生がちょうどやってきて急いで席に戻るみんな。
「起立、礼」
『おはようございます!』
「着席」
「今日のホームルームは連絡事項は特にないわ、みんな怪我とか喧嘩しないようにねー。はい解散」
このクラスのホームルームに終わりの挨拶などない、起立礼しておはようございますをすればもう終わりだ。
先生が教室を出てクラスが休み時間モードに入る。荷物検査なんてものはなかった。
「司っ!てめえ騙しやがったな!荷物検査とかねえじゃねえか!」
騙されたと気づいた豊太郎が僕に怒る。
「あれー、そんなこと言ったっけー」
僕は馬鹿にするように言う。ていうかこっちも学校来る間無視されたからちょっと怒ってるんだよねー。
「馬鹿にしてんのか!」
豊太郎が席を立って歩いてくる。
「おいおい喧嘩か?」
「あの二人が喧嘩とか珍しいな」
豊太郎の態度にクラスメイトがどよめきだす。
豊太郎の拳が僕に向かって飛ぶ。受けるのも痛いので左手で受け止める、左手も左手で痛いけどね。
「喧嘩なら受けるよ?というのは冗談であれ、結局何が入ってたのさ」
「それは………」
キーンコーンカーンコーン
1時間目のチャイムが鳴った。音楽プレーヤーの話はまた後だね。
1時間目が終わった休み時間、僕は彩音ちゃんやさなえと一緒に豊太郎の席のところに集まった。さっきの喧嘩一歩手前の騒ぎのせいで他のクラスメイトも興味津々だ。
件の豊太郎が口を開く。
「俺が聞いていたのは相原唯だ」
「相原唯?」
「相原唯って誰だ?」
どうやら知らない人もいるみたいだ。
「知らないの?相原唯よ相原唯、こーいのーチューリップー咲いて、かがやーくーの相原唯よ知らない?」
「お、おう」
ある女子が男子にすごい力説してる、すごいファンもいたもんだ。多分豊太郎の音楽プレーヤーに入ってたのと同じやつかな。
「あいつアイドルなんて興味あったのかよ」
まあ今までそんな素振りなかったからね。
「唯ちゃん推しとか二宮くん可愛いー」
待って、一部外野がおかしい。アイドル好きだとモテるの?それとも豊太郎だから?
「でも相原唯って確か………」
彩音ちゃんが僕の顔を見る。
「確か最近お母さんがなくなった人だよね」
相原唯のお母さんは数日前に亡くなってる、ネットニュースでは結構話題になってるんだ。テレビだとあんま見ないけど。
「なんだよそれ、そんな話聞いてねえぞ」
僕の言葉に豊太郎ががっつく。
「聞いてないて何か相原唯本人に会ったみたいな言い方だね」
無言になる豊太郎。え、ちょっと、適当に言っただけなのに図星?図星なの?
「もしかして本当に相原唯に会ってきたとか?」
おそるおそる僕は聞いてみると豊太郎はコクリとうなずいた。
「豊太郎くんてアイドルに会ったんだ」
「スゲー!二宮スゲー!」
「うらやましー!」
外野がいい加減うるさい、そろそろ大事な話に入りそうなんだ、黙ってくれるかな。
「どこで?何話したの?」
僕は聞く。
「早朝ランニングしてたら大見え橋のとこで会った。最近人気がなくて悩んでたって言ってたけど本当は母ちゃんがいなくなったショックで橋から落ちようしてたんだな」
豊太郎がゆううつそうに言う。
「お母さんが死んだのがよっぽどショックだったのね、よよよ………」
外野が一部うるさい、もうただうるさい。
「でもなんで、なんでそれを言ってくれなかったんだ………」
そう言うと豊太郎は席から勢いよく立ち上がって教室を出る。
今にも走り出しそうな彼を急いで止める。
「邪魔すんなよ!俺はあいつに会いに行かなきゃならないんだ!」
焦る豊太郎。あいつって唯ちゃんのことかな。
「気持ちは分かるけどさ、唯ちゃんもう橋のとこにはいないから、多分学校だよ」
「あ…………」
こいつ、分かってなかったのか。
「ま、君も学校だろう?ほら席に戻って」
「あ、ああ…………」
僕は豊太郎を席に戻してあげる。
「大丈夫かよ二宮」
「放課後一緒に唯ちゃん探そうぜ」
豊太郎を励ますクラスメイト達。
「二宮くんも唯ちゃんのお母さんの死を悲しんでるのね、うっうっ………」
ホントあの眼鏡の人なに?さっきからうるさいんだけど。
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