二話 魔法使い、魔法使いでなくなる
「以上が今回の報告となります」
佳代子の声が部屋の中に響く。司、李梨花、美海、佳代子の四人は前回の魔獣との戦闘の結果を上層部の人間に報告すべきこの部屋に来ていた。組織の副総帥の部屋である。司達が座るソファーの向かいにはこの部屋の主である副総帥がいた。
「ほう、では美海は魔法使いのペンダントを使いこなせなかったと?そして代わりにその力で魔獣を撃破したのが李梨花くんだったということか」
口に加えていたタバコを離し煙を吐きながら副総帥が言う。
「ええ、つまりはそういうことです」
佳代子の返事。
「なら魔法使いの力は君に預けておこう。李梨花くん、あのペンダントは君が持っていたまえ」
「え、いいんですか?!」
思わぬ副総帥からの言葉に驚く李梨花。
「ああ、その方が都合がいい」
「待って下さい!」
副総帥の言葉に美海が待ったをかける。
「あれは私の力なんです、私の、私のために与えられた力なんです!それを他の人間に渡すと言うんですか?!」
語気を荒らげる美海。美海の魔法使いという他の人間とは違う存在であることへのプライドはかなりのものだ。その象徴である魔法使いのペンダントを他の人間に渡すということは美海の優位性を失わせるということである。とてもそんなことは美海には容認出来ない。
「残念だがこの世の中は実力主義だ。力のない者あっても扱えない者には価値がない」
副総帥の言葉に慈悲はない。
「そんな……」
美海の目には涙が溜まっている。
「あの、流石にそのような言い方は……」
李梨花が遠慮がちに言う。
「ふん、別にこれくらい当然だろう」
副総帥は相手にしない。
「もういいです」
部屋から出ていく美海。
「ちょっとあんた…。すいません、ここで失礼します」
李梨花も美海を追いかけ部屋を出る。
「いいんですか川太郎?娘さんなんでしょ」
司が副総帥に言う。副総帥の名は海浦川太郎、美海の父親で数十年前まで魔法使いとして自ら魔獣退治をしていた。美海はまだ若いが実戦に慣らすため今回初陣をさせたのだ。だが結果は惨敗、とても期待したいい結果にはならなかった。
「娘だからと言って甘やかすわけにはいかないからね、仕方ないさ」
川太郎は残念そうにぼやく。
「ふーん、父親て大変そうですね」
司は興味なさそうにつぶやく。
「ところで今日のお土産なんですが……」
司は話題を変え持参していたビニール袋を持ち出す。
「いつもすまないねえ」
「いいですよお礼なんてー」
「お、今日は大根か。これはいい味噌汁が作れそうだ」
「今はちょうど冬ですしね」
司はこの部屋に入る度によく自宅の菜園で育てた野菜を川太郎に土産として持参している。
「そういえば前から気になってたんですが魔法使いの力て呼び方長くありませんかね?もっと楽な呼び方ありません?」
司がこの機会に気になっていることを聞いてみる。
「と言われてもねえ、他にどう呼べばいいんだね?」
「じゃあ、魔法使いの力を人間が使えるようにしてるので魔導システムてのはどうです?」
「それはいい、特徴を簡潔に表している。早速組織各所に通知しよう」
そこで二人のやり取りを見て佳代子が口を挟む。
「あ、私も前から気になってたんですけど副総帥と司て年の差離れてるのにだいぶ仲が良いですよね。ひょっとして司の親御さんが副総帥と仲が良かったとか?」
司が答える。
「それがどうも違うらしいんですよ」
「もしかして本人達が元からの知り合い」
「しかも30年来の
」
そこで佳代子は意義を唱える。
「ちょっとおかしくない?だってあなた中学生じゃない。30年来の知り合いて言ったら生まれる前からの知り合いてことになっちゃうじゃない」
「いや知り合いなのは僕じゃなくて……やっぱ僕なんだけどなんていうか…」
「何よ?」
言い淀む司。川太郎が助け舟を出す。
「私が答えよう。司くんは元々天使だったんだよ。しかしある事件の時から人間と融合した結果中学生の外見になったんだよ」
「人間と天使の融合体……、でもどうしてそんなことに?」
佳代子が更なる疑問をぶつける。
「五年前、とある住宅街一帯が大火にあったというニュースがある、夜に起きたため住民のほとんどは死亡している。有名な災害だから君も覚えているかもしれないね」
「五年前ていうと西奧市のあの?」
「そう、それだ。その時瀕死の重症を負った司少年はある天使と融合することで一命を取り留めたというわけさ」
「何でその天使はわざわざそんな手の込んだことを、融合しないでも助けられたんじゃないですか?」
そこで司自身が答える。
「それが出来たらこんな状況になってませんよ。というか流石に死にかけてる人の傷を癒すとか僕でも無理ですよ」
「にしてもわざわざ自分と融合してまで人間を助けるとか天使てすごいのね、自己犠牲も何のそのていうか」
しかしその後の司の返答は佳代子の予期していたものではなかった。
「え、そういうの御免なんですけど。自我とか個性とか消えるし」
「じゃあなんで?」
「さあ、忘れました。まあその時の後遺症で五年から前からの記憶が他にも色々抜けてるんですけどね」
「記憶が、ない?」
「人間との融合は結構無茶だったみたいです、それを考慮しても自分が何故人間と融合したのが謎ですが」
肩を竦める司。
一方その頃。
「ちょっと、ねえ、ねえってば!」
副総帥室を出た李梨花はだだっ広い廊下で美海を追いかける。
「あたしから魔法使いの力を奪った魔法使いじゃなくなったあたしに何の用ですか?」
皮肉たっぷりに美海が応える。
「別に馬鹿にしに来たとか慰めに来たとか……そんなんじゃないのよ?」
李梨花は返答に詰まる。
「じゃあなんです?」
「そういえば、あなたっていつから魔法使いなの?小さい頃から特訓とかしてたの?」
魔法使いの家系ならばその家の人間は幼少期から魔法使いになるための激しい修行をして来たのではと李梨花は考えたのだ。
「……………………ついさっきです」
「え?」
美海の声はか細く李梨花には聞こえなかったのか思わず聞き返す。
「だーかーらー、ついさっき魔獣にやられた時に初めて魔法使いになったんです!」
「マジで!?本気と書いてマジで?!なんで?なんでそうなったのよ」
あまりに驚愕する美海。
「姉のせいです。」
「お姉さんの?」
「はい、本当は元からある程度訓練を受けていた姉が魔法使いのペンダントを使い怪物退治をする予定だったのですが急遽わたしが使うことになったんです」
「それはまた何で?亡くなったとか?」
家督や家が持つ会社等というのは基本的に一番上の兄弟が継ぐものである。それを変更するのは余程の理由が必要だ。
「親に勘当されたんです。魔法使いとしての訓練は普通に受けてたんですけど怪物退治だけはやりたくないというか親の言うことを聞きたくないらしくてそれで父と喧嘩、勘当同然で家出、今では消息不明です」
美海は嫌なものを思い出すように喋る。
「あー、それで訓練も兼ねてあなたが今日怪物退治しに来たてこと?」
納得したように呟く李梨花。
「そういうことです、結果は散々でしたが。あれ、わたしなんでこんなこと喋ったんだろう」
「ごめん、何か変なこと聞いちゃって」
気まずそうに李梨花が謝る。
「いいですよ別に謝らなくても。それに、何か人に話したら楽になったんで」
はにかむように言う美海。その後李梨花がパンッと手を叩き言う。
「あ、そうだ。これから特訓しましょうよ、美海が魔法使いとしてちゃんと戦えるように、ね?」
「え、特訓て魔法使いのあなたがわたしを特訓させたら魔法使いのペンダントわたしに取られるかもしれないけどいいんですか?」
美海の言葉に李梨花がニヒルに笑い返す。
「ハンッ、あたしをあんまり舐めんじゃないわよ。あんたに追いつかれるほどヤワじゃないし追いつかれそうになったらさらに引き離してやるわ」
李梨花の不遜な態度にクスリと笑う美海。
「李梨花さんて面白い人なんですね」
「別に面白くはないわよ、普通よ普通」
「そうですかー?大分面白いですよ李梨花さんは」
目を、いやらしくして李梨花をつつく美海。
「そんなにー?あ、特訓の話だけど司も誘いましょ。あいつ天使だからサンドバッグにはちょうどいいわよ」