百七十九話 西方組からの提案
沙紀絵の祖母にして花村の組長はとある日本料亭に呼ばれていた。向かいにいるのは西方組の組長だ。
「この度は突然のお呼びだしに応じていただきありがとうございます」
西方組の組長が花村組の組長に挨拶代わりの礼を述べる。
「御託はいりません、用件を言ってください」
花村組の組長は毅然として返す。
「ふむ、連れないな。ならこうしよう、花村組を我々にくれないか、と言ったらどうする?」
「ほっほっほ、またまた冗談を」
花村組の組長は西方組の組長の言葉を笑って流す。
「それが冗談ではないんですよ。知ってるかは分かりませんが我が孫、晴斗が先ほどあなたのお孫さんにお会いしましてね、ちょいとちょっかい出させてもらったんですよ。ええ、この意味がお分かりですか?」
この言葉で花村組の組長は相手の言わんとしてることを察した。次の言葉は孫が先ほど病院で言った通り力で脅しながら花村組を西方組の傘下に入るよう申し入れくるものだった。
だが花村組の組長は脅しには乗らない。
「お言葉ですが西方組の、お忘れですか?」
花村組の組長が含みを持たせた言い方をする。
「何をです?」
「どこで調べたか知りませんが我が花村組には共に戦ってくれる魔法使いの仲間達がいるんです、簡単にやられたりはしませんよ」
そう言って花村組の組長は食事をしていた箸を置く。
「ごちそうさま。今日の夕飯は美味でありました、どうか我々の背後にいる者達を怒らせぬよう、お願いしますよ」
そう言って花村組の組長は料亭を後にした。
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深夜の病院、入院している患者達も寝静まり病院のスタッフもほとんどいない。そこへ一つの人影が現れ暗い通路をコッ、コッと靴音を立てながら歩く。それはいつの間にかそこにおり侵入に気づく人間は誰もいない。
人影は一つの病室を見つけドアをスライドし中に入る。ベッドを物色し寝ている人間の顔を確認する。人影は首を傾げた。入口の名簿を見る限り目的の人間は確かにその部屋にいるはず、なのにこの部屋には見当たらない。どういうことか。
人影が考えていると背後から殺気を感じた。振り返ると目の前から鎌が飛んできた。それを仰け反り躱す。人影は横の空いてる窓を確認しそこから外へ飛び出す。
人影は2階以上の高さのある場所から飛び降りても怪我もなく着地しそのまま走りだす。しかしすぐさま追っ手に追いつかれてしまう。
「悪いけど、鬼ごっこはもう終わりってことで」
追っ手、黒羽彩音が人影に宣言する。
「やれやれ、こっちの企みはお見通しってわけ」
人影、西方晴斗が逃げるのをやめる。
「ここで二択クイズ!」
「は?」
彩音が人差し指を立てる。
「大人しく魔導システムを渡して死ぬか、渡さず無様に死ぬか、選んでちょーだい」
「え、えっと………」
唐突に迫られ晴斗は迷ってしまう。
「三つ数えるよ」
彩音の指が三つに増える。
「さん」
どっちだ?どっちが正解だ…………。晴斗は思案する。
「にぃ」
あ、一秒経った。早く、早くしないと…………。
「いち」
ん、何か変だな…………。
「って、どっにしろ死ぬんじゃないかぁぁぁ!」
晴斗は意味のない二択に怒りを露わにし銃を取り出し引き金を撃つ。彩音は体を横にずらしその攻撃を躱す。
「ゼロ!」
彩音がそう宣言すると同時に指を前にかざす。
「な………」
晴斗が下を見ると地面に魔法陣が発生していた。危険を察しすぐさまそこから離れようとするがその時には既に魔法使いから黒い瘴気のようなものが発生し晴斗を包み込む。
「力が…………抜ける」
瘴気は晴斗の生命エネルギーを吸い黒い粒子へと変換され彩音の元へ行く。
「お前、何をした………」
晴斗が彩音を睨む。
「人喰いの占い館って知ってる?」
質問には直接答えず逆に質問してくる彩音。
「話だけなら」
占いと称して集められた多数の人間達が占い館の奥で死体となって見つかった。ワイドショーや新聞にも出ていたので晴斗も知っているがそれと何の関係があるのか。
彩音が言葉を続ける。
「あれは元々君が魔導システムをくれた組織のリーダーがやったことなんだよね。殺すのが目的じゃなくて魂を吸収して自分の力にするのが目的だったみたいだけど」
「それがなに?」
なんて恐ろしいことを、と晴斗は思ったがこれは今晴斗の身に起きてることとは関係がなく晴斗は苛立き始める。
「分からない?自分の体、というか魔力?確認してみなよ」
彩音に言われハッとする。言われてみれば先ほどまで体にみなぎっていた力が徐々に少なくなってることに晴斗は気づく。
晴斗はようやく彩音のやろうとしてることに気づき瞳を震わせる。そして魔力で強化された視力が彩音の姿を捉える。夜に同化するかのような袖のない黒く長いコート、生者を冥府に誘うかのような長い鎌、その姿はまるで…………。
「しにっ………が…………み」
死神、晴斗が震える声でその名を呼ぶ。死神、魔法使いや天使と違い都市伝説ほど有名ではないがその名は裏社会に轟いている。主に夜の時間帯、魔法使いの力を得た人間達の前に現れその命を狩ると言われる魔法使いキラー。彼らはその振る舞いと姿からその魔法使いキラーをこう呼んだ。笑う死神、と。
「ご明察。というわけで君、そのままゲームオーバーになっちゃいなよ」
バン!と拳銃を撃つような動作とウインクをする彩音。
もちろん噂が広まる以上実際に死神に殺された人間がいるわけではない。だがそう相手の勝手にされるわけには行かない。
「ゲームオーバーには…………ならない!」
晴斗は彩音に吸われた少ない魔力で銃から弾丸を放つ。
「あぶなっ」
彩音はすぐさまシールドを発生させ弾丸を防ぐ。その間に晴斗はその場を立ち去る。
「あ、ちょっと!」
彩音は晴斗を追うが予想以上に相手が速く見失ってしまう。手負いの獣はなんとやらだ、彩音は追撃を仕掛けるのはやめることにした。
「あーあ、逃げられちゃった」
半目で晴斗のいなくなった虚空を睨む彩音。その瞳には親友に危害を加えた人間を逃がしたことへの苛立ちではなくある種の狂気が混じっていた。




