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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

砂時計

作者: 雨ノヒ

多量出血のシーンがあるので一応残酷な描写ありとしましたが、それ程リアルではないので大丈夫だと思います(私の描写技術的にも)。それでも無理という方はブラウザバックをお願いします。


「さーつーきー!」

「うわっちょっ実琴っ」

ソファーでテレビを見ていると突如首に背後から腕を回された。犯人は妻である実琴。首に当たる彼女の髪の毛が少し擽ったい。

時計を見れば朝の七時、キッチンからは美味しそうな香りが漂っており、朝食の完成を伝えに来たのだと知る。

俺は少し振り返り彼女の頭を撫でる。

「今日のメニューは?」

「実琴様特製、焼き魚の和風定食なのだよ!」

彼女は花が咲いたような満面の笑みでそう言った。旦那贔屓かもしれないが、抱きしめたくなるくらい可愛い。


俺たちの出会いは高校時代の部活だった。俺はバスケ部の三年エースで実琴は一年マネージャーと年が二つ離れていた。当時から俺は、優しくて今と変わらない花の咲いたような顔で笑う彼女が好きだった。ライバルに次期エース候補の二年佐藤啓介という男もいたがのちに聞いた話だと彼女に告白して振られたらしい。俺は俺で受験生だったこともあり、引退後の勉強に明け暮れる日々により気持ちを伝えることなく卒業。しかし、大学卒業後に就職した先の職場で奇跡の再会を果たした。彼女は俺の二年後輩として同じ会社に就職してきた。その運命とも言える再会に俺の燻っていた恋心は再び動き出した。一度諦めた愛だからこそ、尚更彼女を手に入れたかった。

職場で二年生先輩だった俺は美琴の指導係にもなり、そこから熱烈なアプローチを通じて関係を恋人へと発展させた。彼女と他愛ない話を重ねるうちに高校の頃から既に両思いだったとわかり、神様は本当にいるんじゃないかとさえ思った。付き合うほど好きという気持ちが積み重なり、俺には彼女しかいないと思った。そして三年の交際をした後に俺たちは結婚した。


これが俺たち夫婦の生い立ちだ。今も共働きで同じ会社だが俺の部署が変わってしまったために中々休みが合うことがない。だがそれでも幸せな日々を送っている。


そして今日は久々の二人一緒の休日。


「実琴ー今日どこか行きたいところあるか?」

「日用品はこの前の休みに揃えちゃったから大丈夫かなー」

「違う違う、久々に一緒に遊びに行かないかってこと」

「うーん、今日は沙月とゴロゴロしてたいかなー。午後から散歩じゃ駄目?」


ちょっと上目遣いで言われたその言葉にノーを出せるはずがなかった。少し街にでも行きたいと思っていたのだが、よく考えれば近頃彼女は残業続きだったのを思い出す。


「おっけー、じゃあそうしようか」

「うん!」


食後、食器を洗うのは俺の担当でそれを片付けてリビングへと戻ってみれば彼女はソファーでスヤスヤと眠っていた。そっと頬っぺをつついてみるが、眉間に皺が寄るだけで起きる気配はない。かなり疲れているのだろう。寝室からタオルケットを持ち出して、掛けてやる。

実琴が寝ている間に洗濯機を回し、部屋で仕事の資料を整理する。

十一時になり俺のやる事も無くなった頃、実琴がふらふらと俺の部屋にやって来た。


「ん〜、沙月ごめんねー、結構寝ちゃった」

「いや、大丈夫だよ。今日はまったりデーなんだからさ」

「ん、ありがとー。今からお昼作るからさ、その後お散歩行こう!」

「うん、わかった!」


美琴の作った昼食のチキンオムライスを食べて外へと繰り出す。

近くの公園を周ったり、近くに新しく出来た甘味どころで休んだりとあてもなくぶらぶらしていると遠くに骨董品店を見つけた。俺はそれが妙に気になった。


「実琴、あの骨董品屋覗いてみない?」

「あれ?沙月そんな趣味あったっけ?」

「いや、何となく気になって······」


そう言いながら実琴の手を引いて店へと向かう。

店の外装は年月を感じさせるような木造建築、看板もやや古びている。


「沙月、本当に入るの?前はこんなところなかった気がするよ······?」

「ちらっと見るだけ、ね?」


実琴は不安そうにしているが、俺の中に戻るという選択肢はなかった。

引き戸を開くと思ったほど中は汚くはなかった。床にはコンクリートが敷かれているし、品を置いてある棚にも埃は積もっていない。店主は居ないのかと店を見回すと奥の方からガサガサという音が聞こえた。そちらへ行くと男がエプロンをして骨董品の手入れをしてきた。


「お、お客さん?珍しいなーこんな店に来るなんて物好きですね!」


年は二十代前半といったところか。店主にしては若い気がする。それにこの骨董品店には些か似合わない快活さを持ち合わせている。


「えっと、貴方はバイトさん······なの?」

「いんや、正真正銘俺がここの店主です!」


実琴も気になったのか、恐る恐る尋ねたが、どうやらここは彼の店らしい。


「ここは元々爺ちゃんの店だったんですけど二年前に倒れちゃいまして、今は俺が経営しています!あっ意外とこの店の商品、一部の方々にはウケが良くて生活には困ってませんよ!」


確かに店にある品々はマニアが好みそう(いや、マニアではないのでわからないが)な物が多くある。鑑定に出せばいくつかはいい値段が付くだろう。

熊の置物にマトリョーシカ、振り子時計に木魚などなど色々な物が取り揃えられている。


「変わったものが多いですね」

「聞いた話じゃ江戸時代からやってる店っぽいんで、結構古いものが揃ってるんですよ!お客さんも何か気になったものがあったら言ってくださいね!」

「いや、俺はこういう物にはあまり興味ないんで」

「あー、そうですか······まあなかなか面白いものがあるんで見ていってください!」


そう言われると店をそのまま出て行くこともできず、骨董品の棚を見ていく。実琴はどうやら気になったものがあるらしく、店の奥へと行ってしまった。


「お客さんお客さん、これ、お客さんにおすすめですよ!」


そう言って男が持ってきたのは砂時計だった。木でできた枠の中に円錐を二つくっ付けたようなガラスがあり、中には黄色い星の形をした砂が入っている。


「普通の砂時計ですよね?」

「いんや、お客さん、これは未来を見る砂時計ですよ」


突然胡散臭い言葉が聞こえた気がする。


「未来を見る砂時計?」

「あっ信じてないですね!じゃあ初回無料で一回この砂時計を逆さにしてみてくださいよ!」


そう言いながら手に砂時計を押し付けられた。よくわからないがやらせてくれるならやってみようと思う。まあ、何も起こらないだろうが。

俺が手にした砂時計を傾けた瞬間、男がニヤリと笑った。だが気付いた時には遅く、俺の視界は暗転した。



次に目を開けた時、俺は街中で立ち尽くしていた。周りは通行人が行き交い、そして俺の体を通り抜けていく。足を一歩踏み出してみると歩くことは可能だった。


どうなってるんだ······?


人々の喧騒に数多くの足音。


突如、けたたましくクラクションが鳴る。

重い衝突音に振り返ってみれば横転するトラックが視界に映る。事故だろうか?

しかしトラックの下から滲み出てくる赤い液体にそんなことは言っていられなくなった。


『実琴ーーっ!!』


実琴?おい、嘘だろう?

声の聞こえた方をみればもう一人の俺が人混みを掻き分けて中央に躍り出る。

俺が支えているのは確かに実琴で······。


赤。血。実琴。血。赤。駆け寄る俺。集まる野次馬。俺の絶叫。動かない実琴。赤。血。赤。


そして再び暗転。




「······ん、···さん。お客さん!」

「えっ、ここは······実琴は!?」

「落ち着いてください、奥さんなら彼方にいますよ」


振り返ればそこには骨董品を眺める実琴。慌てて駆け寄ろうとすると男に手を掴まれる。


「離せっ!」

「そんなに顔を青くして何を見たんです?」

「実琴がっ実琴がっ!」

「へぇ、そんなに酷いものを見たんですか。想像以上ですよ」


男の瞳が妖しく光る。先程の快活さは実を潜め、冷たい空気が流れる。


「お前······何者だ?」

「ただの骨董品屋の店主ですよ。いいですか、お客さん?貴方が見たのは未来に起きる出来事だ」

「そんなっ実琴は助からないのか!?」

「ありますよ。食い止める方法はただ一つ。その出来事が起こる日時、場所を特定し、その時その時間には必ず安全な場所にいること」

「······その砂時計を買えってことか?」

「ええ、つまりそういうことです」

「いくらだ」

「お代はお金ではありません。砂時計をよく見てください」


そう言われて訝しみつつ中を覗くと、先程まで黄色く星をかたどっていた砂が今は白いサラサラした砂に変わっている。


「次に貴方がこの砂時計を回した時、貴方の記憶の一部が吸収され、星型に戻ります。それを再び回すと貴方はまた別の未来を見ることができます。吸収された記憶は貴方の目的が達成された時、お代として回収させていただき、貴方の記憶から消えることになります。因みに、指定した時間や場所には飛ぶことは出来ません。それと、すでに経験したかと思いますが、その世界で移動はできても干渉することはできません」

「······そうか······わかった、この砂時計を買う」

「はい、毎度ありがとうございます」


そう言い残して男は砂時計を持って店の奥へと行った。戻ってきた時には木箱を手にしており、中には砂時計が収められていた。


「あ、あとこの砂時計、未来を意図して見ようと思わない限りは普通の砂時計としてもご使用になれますよ」


そんな言葉を聞き流しながら、実琴方へと向かう。未来を見てから早く触れたくて堪らなかったのだ。


「実琴!」

「······」

「······実琴?」


問いかけても返事がない。顔を覗き込めば石のように硬直しているではないか。顔からサッと血の気が引いた。肩をゆすろうと手を持ち上げた時、それを遮るように男が話し出した。


「ああ、失礼ながら時を止めさせていただいていました。この砂時計のことは貴方と私だけの秘密にしておきたかったので、彼女に聞かれてはまずかったのですよ」


それは暗にこの砂時計のことは他言無用だと俺に言いたいのか。

男はエプロンのポケットから懐中時計を取り出して、横の突起を捻る。するとパチリと瞬きした実琴と視線が交わった。


「あっ沙月!いつの間にそこにいたの!?」

「丁度今来たところだよ。そろそろ行こうか」


そう言いながら彼女の手を優しく握る。

この手を離してなるものか、と固く誓いながら。


「お帰りですか!お客さん、またのご来店をお待ちしております!」


男は先程時間を止めていた時とは別人のように再び明るい声と笑顔でそう言った。




家に帰れば、実琴に仕事を思い出したと言い置いて部屋にこもった。

砂時計を箱から取り出して机に置く。今はサラサラの白い砂だ。

それをそっと手に取り逆さにする。先程のように未来や過去を見るわけではなくただ砂は細い部分を通って下へと落ちる。変わったことと言えば落ちた砂が星型の集合になっていくことだろうか。

落ちきったそれを逆さにする。落下する砂。そして暗転。



「沙月、最近おかしいよ?どうしたの?」


「あぁ、ちょっと仕事が立て込んでて」


「あんまり無理しないでね?」


「わかってる」


「約束だよ?身体に気をつけてね?」


「わかってるって!!!」


「······あっ······ごめんなさい······」


「······部屋······行くから」



暗転。



「······っ何なんだよ」

何なんだこのシーンは!?

ヒントを探そうと入ってそうそうしたこともない喧嘩シーンを見てしまった。ひょっとしてこの作業は体力的にも精神的にも疲れる。

もう見たくないとは思うがそれでもまた見なければならない。意を決してサラサラな砂を星型に戻し、再び逆さにする。


「沙月ー?夕飯何食べたい?」

「んー、カレー食べたい!」


先程とは違い、穏やかな二人の会話。

それを聞き流しながら家の中を捜索する。テレビ、ワイドショーが流れるだけ。携帯、触れないから開けない。新聞、上部に日付がある。

そこをよく覗き込めば今年の十一月十日。一ヶ月後か。

それを確認したところで再び暗転した。



現実世界に戻った俺は机の引き出しから一冊の真っさらな手帳を取り出し、そこに日付を記した。


『十一月十日 夕食はカレー』


これから事故の日を知るのに何日かかるかはわからないがこうやってメモを取り続けて日付だけでも絞っていこうと思った。

そしてまた、俺は未来の世界へと入る。彼女を救うために。





砂時計を買った次の日から、俺はデジタル式の時計を肌身離さず身に付けるようになった。何故なら未来でその日の日付を知ることがなかなか至難の技だったからだ。大体は見つける前に現実世界に戻されてしまう。ただ未来に飛んだ時、必ず俺はもう一人俺の傍に現れるのでそれを利用して、未来を変えて時計さえ覗き込めれば日付も時間もわかるようにした。


「駄目だ全然わからない」


時計を買ってから一ヶ月、手帳を見る限り一日約二十回、かれこれ六百回は未来を見ているが今年の十二月九日から三月十四日までが空白だった。もっと多く見たかったが疲労感が酷く見る気になれなかった。メモを取り続けて少しずつ範囲を狭めてみれば、未来の俺たちは十二月九日は普通に過ごしていたが三月十四日には彼女は死んだことになっていた。そして、三月十四日以降の未来に飛んだ時、彼女の命日を示しそうなものは全て黒く塗りつぶされて見えなくなっている。

今日も十数回見たところで俺の体力に限界が来てふらふらと部屋を出た。

キッチンで夕飯を作っていたらしき彼女がリビングに来て、俺の顔を覗き込んでくる。


「沙月、最近おかしいよ?どうかしたの?」


そんなこと聞かれても正直に話せるわけがない。


「あぁ、ちょっと仕事が立て込んでて」


「あんまり無理しないでね?」


俺を心配してくれているはずなのに不安定だった俺の心は彼女に反発しようとする。


「わかってる」


「約束だよ?身体に気をつけてね?」


彼女を救えるかわからない恐怖の矛先が、当たりどころを失い彼女へと向かう。


「わかってるって!!!」


「······あっ······ごめんなさい······」


前に見た未来のデジャブだ。きっと今俺の右斜め後ろで過去の俺が信じられないといった顔で未来の俺を見つめているのだろう。


「······部屋······行くから」


彼女を部屋に残し、後手に扉を閉めた。


結局次の日の朝、自分のしでかした事に顔を青ざめ、すぐに実琴に謝った。彼女は仕事で疲れてたならしょうがない、と困った顔で笑いながら許してくれた。まあ、彼女も俺の理不尽に怒っていたのか頬をつねられたが。


一月十四日現在、美琴が死ぬ未来は一月十日から二月二十四日までに絞られてはいたが、とうとう俺は実琴が死ぬ日がわからなかった。彼女には街に行くな、トラックに気をつけろとキツく言ってあるが未来がそんな事で変わる訳がない。

毎日恐怖と焦りで俺は憔悴する。


今日は一月二十七日。未だにわからない。


一月三十日、二月四日、二月······。


大きなクラクション、重い衝突音。それに呆然とする俺。ここは夢か現かもう俺にはわからないくらいの回数を行き来してきた。

それでも彼女に駆け寄るもう一人の俺を見て現実だと確信する。俺は未来の自分を追い、赤く染まる彼女を見ないふりをしながら時計を覗き込む。


二月九日、午後四時二十三分。場所は会社近くの交差点。


そして暗転。


現実に戻り俺の腕にある時計を見る。


二月九日午後三時四十二分。残り、約四十分。


彼女に電話を掛けるが繋がらなかった。今日、俺は休みで彼女は仕事。事故の場所から推測しても会社に向かう必要がある、俺は準備もそこそこに定期と携帯だけを握りしめて家を飛び出した。

道中も彼女に電話するが繋がらない。十回以上鳴らしても出ないが、それでも電話を掛け続ける。間に合ってくれ、間に合ってくれ、お願いだ。携帯が壊れるてしまうのではないかというくらい握りしめる。

地下鉄に揺られる時間がいつもよりもずっと長く感じる。

目的の駅に着けば、俺はホームに転がり出て近くの階段を駆け上がる。時計を見れば午後四時十四分。

······あと八分しかない。

事故のあった通りまで全力疾走する、砂時計を使っているときは体に他人がぶつかることはなかったが現実だとこうも人がいるのか、なんて事を頭の隅で考えながら、交差点まで辿り着く。

実琴は?実琴はどこにいる?

鳴らし続ける携帯は未だに応えてくれない。

未来を思い出して彼女の渡るはずの歩道へ来る。

どこだ!どこにいるんだ!?

焦れば焦るだけ思考が纏まらなくなる。

時計を見ればあと二分しか残されてない。


突如、鳴り響いていたコール音がプツリと途切れる。ハッとして電話に願うように問いかける。


「実琴?実琴!!聞こえるか!?」

「沙月?」

「お前今どこにいる!?」

「会社前の交差点で信号待ちだよ?」

「交差点······っ!?


見つけた。見つけたが、どうして、どうしてお前、



そっち側にいる?



実琴は夢で見た時とは反対側の歩道に立っている。

時計を見れば残り一分。


「お前!!次の信号絶対に渡るなよ!!」

「え?どうしたの?沙月?」

「いいから!!」


もはや俺は叫び声だ。


右手から例のトラックが見えた。

そして思い出した。


未来じゃトラックは歩道に突っ込んで行ったのだと。


俺は美琴の方へと駆け出した。

間に合ってくれ間に合ってくれ!!

手をこれでもかと言うほど伸ばす。


盛大に鳴り響くクラクションに重い衝突音。人々の喧騒。全身に駆け抜ける痛み。


腕の中に抱きしめた確かな温もり。


俺は大切なその存在を確かめて意識を落とした。





「それで?飛び込んだ貴方は彼女を抱きしめたまま数メートル転がり、トラックをすれすれで回避と。本当に運がよろしいことで」


俺は今、病院の一室で例の骨董品屋の男と二人で会話していた。

彼女を助け出した後、後頭部をビルの壁にぶつけて意識はブラックアウト。気が付いた時には病院で包帯にぐるぐる巻きにされていて、傍には可愛い顔が涙でボロボロの彼女。全治三週間の全身打撲だとか。念のためぶつけた脳にも検査をしたが異常はなし。警察に聞いた話じゃトラックの運転手は脳震盪を起こしていたらしい。


「それじゃあお代として貴方から大事な記憶の詰まったその砂時計を回収させていただきますよ」

「······ああ、わかってるよ」

「ははっ、そんなに悲しい顔しないでくださいよ」


鞄に入れたままだった砂時計を取り出し男に差し出す。

お代として奪われる記憶。俺はかなりこの砂時計を乱用した。一体何が奪われるのかわかったものではない。彼女との記憶全て、なんてことがないとも言い切れない。しかし、それでも彼女の命が助かったのなら安いものだ。


「せめて、何の記憶かだけでも教えてくれないか?」

「そんなに知りたいですか?」

「ああ、」

「砂時計とは同じ時を刻むものです。過去を吸収している時間は未来を見た時間に相当します。なのでこの砂時計には貴方が見た未来の記憶がたっぷり詰まっているのですよ」

「は?」


つまり、こういう事か?奪われるのは確かに俺の過去の記憶だが、その中でも未来を見た過去の記憶という事なのだろうか。

その記憶は確かに大事な記憶だが、どれも偽りの記憶だ。奪われたとしても痛くも痒くもない。むしろ今より後に見た未来なんて彼女を失ってしまっていた未来だけだ。


「どうしてそんな記憶が欲しい?」

「元々この砂時計の存在は門外不出なんです。でも外に出しちゃったものは仕方ないんで使って見ちゃったものだけでも回収させていただこうかと」

「それだとお代にならないどころかお前の損じゃないのか?」

「いえいえ、初恋の女性を助けられたのだから大徳ですよ」

「······はぁ!?」


男は綺麗に笑ってみせながらこう言う。


「お忘れですか?私は高校時代、貴方の一年後輩で先輩の引退後バスケ部エースになった佐藤啓介ですよ」





「さーつき!」

「うわっちょっ実琴っ」

ソファーでテレビを見ていると突如首に背後から腕を回された。犯人は妻である実琴。首に当たる彼女の髪の毛が少し擽ったい。

時計を見れば昼の二時。

「ねぇ、沙月!散歩に行こう!」

実琴にそう言われて軽く身支度をする。

あれから俺は二週間で退院し、すぐに溜まっていた仕事の山に取りかかった。どんな未来を見たかは忘れてしまったが、骨董品屋と砂時計の事はきちんと覚えている。

外に出れば暖かい日差しが射している。

公園を周ったり、近くに新しく出来た甘味どころで休んだりと気付けば前に散歩したときの道をたどるように歩いていた。

そうすると当然あの店にも再び訪れたくなってくる。あの意地悪な後輩にもまた会いたい。

「実琴、あの骨董品屋によって行こうか」



「骨董品?そんなお店この辺りにはないよ?」




次はあなたの町に骨董品屋が現れるかもしれない。

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