身勝手な神様で
『...て、...の子の......いいんだね。...どい話だけど...』
頭がぼんやりする。
視界が揺らいでよく見えないけど、結亜の声が聞こえる。
『まぁどうせ......でいい。......あんな...だし...せめて...に......欲しいよ』
上手く聞き取れないけど、結亜が誰かと話してる?
『...ほんと、身勝手』
『手厳しいね...でもそれは真実だ』
「ん...」
身じろぎしながらもう1度何とか重たい瞼を開けてみる。
今度は視界がはっきりして来た。でも見えるのは白なような銀のような、何もない不思議な色。
「あ、起きたね莉亜」
「ゆ、結亜...あれ?私どうなって...」
起き上がる私の背に手を回して手伝ってくれる結亜。私は肩口くらいの長さの黒髪だけど、結亜は長めの黒髪に少し茶色い瞳。可愛い私の双子の妹。二卵生なのでそっくりって訳じゃないけど私に似てる。
「莉亜覚えてる?信号無視の車があたし達にぶつかってきたこと」
「ーーあ、そうだ...赤い車が飛び込んで来て、...ッ」
不意に事故の時のことがフラッシュバックした。一瞬だったけど、体中に痛みが走って吹き飛ばされたのを思い出す。
「あ〜無理に思い出さなくていいよ!ごめん、死んだ時のこととか忘れよ!」
「......え?死ん...だ?」
「うん、その〜...あたし達車に轢かれて死んだみたいだよ」
「.........」
数秒の間思考が止まった。結亜がおーい、と私の目の前で手を振ってるけど反応出来ない。
死んだ?私、死んだの?
そんなわけ...
「でも私達生きてるよ?今だってほら、体も元気だし結亜もいる」
「うーん何かね、今は魂だけらしいよ?よく分かんないけど、あたし達が死んだのは確実。ほら見てよ、ここ現実だと思う?」
結亜が辺りを見回してそう言った。私も釣られて見てみると、周りは何も無かった。目が覚めた時にも思った、白なような銀なような色しかない何も無い空間。
確かに、こんな所現実にあるわけがない。
「ここはどこなの...」
『神の領域とでも言っておこうかな』
突然どこからか声がした。それもとても綺麗で不思議な声。男性とも女性とも思える聞いたこともない声だった。
「誰!?」
「神様らしいよ〜」
「え?結亜なんで...」
『先に目覚めた結亜とは少しお話していたからね。ごきげんいかがかな、莉亜』
どうなっているのか上下左右から声が聞こえる。姿は全く見当たらない。
『君達のいた世界とは別に存在する世界の...神、と称される者だ。突然のことに驚いているだろうが、私の話を聞いて頂けるかな?』
「神様...」
思考が定まらない。死んだことさえまだ信じられないというのに次々と訳の分からないことが舞い込んでくる。
神様なんておとぎ話の産物でしかないと思っていたけど、今ここに神様がいるらしい。隣の結亜はそれを信じているみたいだけど。
本当にこれは現実なのだろうか?
まだどこかで夢を見ているのかも?
そして本当は生きていてあの事故も夢で...。
『君達が死んだのは紛れもない事実だよ。そして私は君達の魂をこちらの世界に呼び寄せた』
まるで私の心を読んだみたいにそう声が返ってきた。
思わず顔が引き攣る私の耳に、今度は更に混乱させるような言葉が入ってきた。
『君達に、私の創った世界を救って欲しいから』
ーー何を言ってるのこの人?
最早人なのかも分からないけど、言われていることは突拍子もなくて理解出来ない。
世界を救う?一体なんのゲームの話をしているのか。
『私の創り出した世界リアンドに、私の預かり知らぬ所から闇が生まれた。それはリアンドに悪影響を及ぼしていて、放っておけば世界は壊れ生命は失われてしまう』
神様の声色がふいに悲しげなものに変わった。
『神と称されてはいるが、私の力はもうほとんど無いのだ。本来であれば異分子を取り除かなければならないが、今ではそれも叶わない。...故に、残った力を使って他の世界に干渉し君達の魂をこちらに呼び寄せた。君達に、その闇を倒してもらう為にね』
「わ、私達にって...神様に出来ない事を私達が出来るわけ...。それにその闇って何?何で私達なの?」
『君達を選んだことに理由はない。たまたま、私の呼び掛けと同時に君達が死に、こちらへそのまま2人の魂を呼び寄せただけだからね』
異世界があること自体信じ難いことなのに、私達は死んですぐに魂だけとなってこの神の領域とやらに来たらしい。たまたま死んでしまって。
魂だけってことも信じられない。だって感触とかあるし。
「...たまたま選んじゃった私達じゃ、その闇とやらは倒せないと思うけど」
訳が分からなくて、何もかもが身勝手で、理不尽で、悔しくて。つい語気が強めになってしまった。
『勿論特別な力を君達には与えるよ。微弱ではあるからその力を自分で育ててもらうことにはなるけれど』
「ほー、レベル上げかぁ」
腕を組んでうーんと結亜が唸った。
「そんな単純じゃないと思うよ結亜」
相変わらず結亜は楽観的で力が抜ける。
『そうだね、闇を倒すには相当の努力が必要になる。私のせいで君達には2度目の人生すら苦しみを味合わせてしまうかもしれないね...すまないと思う』
「...まだよく分からないし、謝られても困るよ。...でももしあなたの頼みを断ったらそのリアンドって世界はなくなるの?」
全てを信じた訳じゃないけど、一応気にはなるので聞いてみる。そのリアンドとやらは一体どんな世界なのか...。
『......全てが、壊れてしまうだろう。生きとし生けるもの全て。ーー闇は、全てを破壊することを目的として行動している。それを、君達の力で止めて欲しい』
「...その闇は、一体何なの?」
『......憎しみに囚われた存在。私の及ばぬ力を持ち、闇で魔物を操り世界を蹂躙しようとしている』
「憎しみ...?」
抽象的な答えに納得はいかなかったけど、神様はそれ以上言うつもりはないみたいだった。その声色はどこか悲しげなもので、それ以上追及することは出来なかった。
「まぁ、なんとかなるんじゃない?」
「結亜は楽観的過ぎだよもう...」
「莉亜が気にしすぎなの」
「......」
でも確かにここまで突拍子のないことが起きている時点で細かいことを気にしていたらこの先やっていけないと思う。それに私はもう死んでるみたいだし。
結亜の精神を見習ってちょっと楽観的に構えてみるのも悪くは無いのかもしれない。
「理解出来ないことばっかりだし未だに信じられないけど、...あなたの依頼受けてみるよ」
『そうか、ありがとう莉亜』
「んで、そのリアンドに着いたらまず何すればいーの?」
結亜が呑気な声でそう神様に問いかける。
でもそれは重要なことだと思う。見知らぬ世界に落とされてまず何をすればいいのか、どんなことが起きるのか予想すら出来ない。
『一応人間の国の王には神託を下しておいたよ。だから不遇の対応をされることはないだろう。神を崇めてくれているからね』
「...神託...」
『一部の者に、"異世界より現れし光の巫女が世の闇を払うだろう"とね。城の召喚士は躍起になって魔法陣を描いているよ』
不意に、私達の目の前に金色の光が現れた。それは幾重にも張り巡らされた線が組み込まれた円。ゲームで見たことのあるもの。
「魔法陣だ!カッコイイ〜!」
隣の結亜が魔法陣を見て目を輝かせていた。
結亜は私よりもゲーム好きだから余計に喜んでる。
「さっき光の巫女とか言ってたけどそれは?」
『リアンドで生きるにあたって、やはり何かしらの地位がある方が良いと思ってね。君を光の巫女に任命することにしたよ』
「え?」
『大丈夫、あちらに行けば自ずと解るよ。ほら、その魔法陣の中へ入って莉亜』
「そんな適当な...!光の巫女って何すれば...っ」
戸惑う私が声を上げると、結亜が急に私の背を押してきて思いがけず魔法陣の中に入ってしまった。
「ちょ、結亜!?」
「新しい第2の人生が始まると思えば良いんだよ!光の巫女とか絶対強いしね!」
「そういう事じゃ...」
どこまでも楽観的な妹に言葉も出ない私を尻目に、魔法陣は更に光を強く発し始めた。
「ねー神様私は?」
『まずは莉亜をリアンドに送るから待っていてくれ。心配せずとも2人共傍にいられるようにするよ』
「だってさ!莉亜、先に行っててね」
にっこりと笑みを浮かべて手を振る結亜。本当に楽観的過ぎる!まずは1人飛ばされる私の心配をして欲しい。
「あーもうこれほんとに夢じゃないの!?光の巫女とか、嫌な予感しかしないよぉぉぉ!!」
「いってらっしゃーーい!」
呑気な結亜の声が聞こえるけど、もう辺りは金色に染め上げられて何も見えない。魔法陣から発せられる光が最高潮になった時、私は強く目を瞑って体に伝わる小さな浮遊感をひしひしと感じていた。
『いってらっしゃい、莉亜。世界を宜しく』
神様の身勝手な言葉が、最後に聞こえた。
「お気づきになられましたか、巫女様」
ふと目を開けると、見たことのない白い天井が見えた。横を見れば見覚えのある女の人。エメラルドの髪が綺麗な女性、サリーアさんだ。
(ーー夢じゃ、なかった...)
少し落胆しながらもう一度天井を見た。
(そうだ、ここに来る前に神の領域とやらで神様と結亜と話したんだっけ。それで私は光の巫女になって、結亜は...)
「ーーー結亜!?」
「み、巫女様!いかがなされました!?」
飛び起きた私にサリーアさんはとても驚いたようで、その目を大きく見開いて私を見た。よく見ればサリーアさんの後ろにヴィセルさんもいて、不思議そうに私を見ていた。
それに少し恥ずかしくなりつつも、大事なことなのでもう一度聞いてみる。
「...あの、結亜はどこに?さっきここに結亜が...っ」
「そ、それは...」
「あたしならここだよ〜ん」
突然、頬をつんつんと突かれた。
後ろを振り向けばにっこり笑う水色の肌の結亜がいた。私の寝ていた枕の上にしゃがんでいた。いつの間に。
「ゆ、結亜!!」
「もーいきなり倒れるからびっくりしたよ〜」
「びっくりしたのはこっちだよ!な、なんで召喚獣なの?」
ヒラリと、まるでたんぽぽの綿毛のような軽さでベッドから降りた結亜は、こちらを振り返って眉根を寄せた。
「それはあたしもびっくりしたよ!でも神様にこんな姿にされちゃったからもう諦めてるけど。あ、でもこの体中々動きやすくていーよ?」
満更でもない様子の結亜に思わず力が抜ける。
急に召喚獣にされたというのにやはり楽観的な結亜にある意味でホッとした。
私としては可愛い結亜を召喚獣にした神様を怒ってやりたい気持ちでいっぱいなのだけど。
「...あの、巫女様?その方はやはり貴女の召喚獣でございますか?」
今まで様子を見ていたサリーアさんが恐る恐るといった感じで尋ねてきた。結亜を見る目が少し怯えているように見えるのは気のせいかな?
「え?いや、結亜は...」
「そーだよ!莉亜を守るつよーい召喚獣の結亜だよ!以後よろしくぅ!」
ビシッと親指を立てて笑顔でそう告げる結亜に、サリーアさんはどう反応すればいいのか分からないのか瞠目したまま。ヴィセルさんは少し驚いていたけど、そっと口元を押さえてにっこり笑う結亜を見つめていた。
「もう...結亜ったら」
結亜がいてくれるのはすごく嬉しいけど、この先どうなるのか今は不安しかない。分からないこともいっぱいあるし、本当に嫌だ。
「こっちは光の巫女の莉亜様だよ!みんな敬うように!」
私はまた体の力が抜けていった。




