語り部
日常の前後を戦争がはさんでいた
勝つことを信じ、耐えることを刻みこまれ
それでもささやかな日常を送っていた
人は笑いあい、助け合い
冷たい闇の淵にありながら
懸命にその日を生きていた
ひとつの閃光が人を、街を覆い消した
人は人でなくなり、焼かれた身体をひきずり
なぜ、と天を睨む眼もなかった
語り部は心と身体に焼き付いた光景
あの日から72年後に生きる少年少女に
伝えていた
死にぞこない
語り部の背後から言葉の刃がとんできた
あの日、爆風で吹き飛んだガラスが
脳裏を過った
背中に刺さった言葉は取ろうにも取れず
なぜ、と睨む眼をどこに向ければよいか
わからなかった
声は重なり合っていたのだ
耳を澄ませば自分の声に似ていた
なぜお前は生きているのだ?
後世に伝えるためだ
戦争は二度とあってはならないと
頭ではすぐに返答できる
心の奥ではためらいがあった
なぜ私は生きているのか
こんなに辛い思いを抱えたまま
決して癒えることのない痛みを抱えたまま
言葉の刃に怒りをおぼえ、ためらいは
薄くなり、消えていった
語り部は声をあげた
私が生きて語らずしてあの日に
散った尊い命を誰が知るというのだ
ここに健気に生きた人たちがいた
無惨に焼かれた幾万の人たちがいた
語り部は言葉の刃を引き抜くと
自分が生かされていることを
少年少女にこれからを生きてほしいことを
ゆっくり語りはじめた