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第8節—対ドミネーター、二脚機甲戦術機ブルーグラディウス—

 その物体はまだドミネーターの知覚範囲外だ。怪物は空の未確認飛行物体を意に介せず。チャージが終わり、“ここで必ず殺しておかなければならない”と認識した相手に対し、その赤光の槍は放たれた。


 だが。凄まじい加速を持って放たれたその槍が雛樹へ届くことはなかった。


 十数メートルも行かぬうちに、空から撃ち下ろされた何かに当てられ中程から折られ、消し飛んでしまったからだ。


 空から落ちてきたそれは、赤光を破壊して地面に突き立っている。


 パッと見た感じ、白い刃に、幾つかの青い金属パーツ、そして青い光を放つ半透明の物質で構成された刃物だ。

 だが、でかい。確実に人が持つものではない大きさの摩訶不思議ブレードだ。

 地面に突き立った際、巻き上げた土塊や砂が雛樹に被さった。


 己の一撃が破壊され、ようやく怪物も事態の変調に気づく。

 雛樹を背にして滑降してきたそれは、まさに救世主のような様相を呈す。

 

 それはまるで機械仕掛けの巨人だった。青と白を基調とした装甲。肩部、腕、脚部などに展開された、青光の物質で構成されているのは、追加装甲か。

 その全身はどこか女性らしさを漂わせる、すらっとした線で構成されていた。


 全く目にしたことのない、二脚機甲の青い戦術機。


 動力部が稼働する音だろうか。重く響く機関音と共に、その機体は地面から少し離れたところで滞空している。

 排熱機関か、推進ブースターだろうか。背面や腰、脚部に備えられたそこから、絶えず青く輝く微細な粒子を放出している。


 この世のものとは、到底思うことができなかった。


 新たな敵性の発生に、怪物ドミネーターはすぐさま攻撃目標を新たにした。赤光の矢を展開しつつ、その青い巨人に肉薄する。

 それに対しその機体は、火花を散らせながら、右腕に搭載されていた折りたたみ式の巨大なブレードを豪快に展開。

 推進機関から青く輝く推進剤を鋭く噴出させながら——……瞬間、その巨体を加速させ迎え撃つ。

 

 襲い来る矢を前面に展開した青い半透明のシールドで受け、弾き、お互いの近接攻撃が届く間合いまで来たところでシールドが消失。


 鞭のようにしなる怪物の触腕を腕に展開されたブレードで切り、もう片方の手に装備したランチャーの引き金を引く。


 射出された大口径の榴弾が怪物の胴に抉りこみ、爆ぜる。大きく仰け反りながら、だが潰されていない眼が巨人を捉え、残った触腕を振るう。


 腕、脚部などに展開されていた、巨人の追加装甲であろうそれにかすめ、破壊された。

 だが、それを意に介せず攻撃態勢を整え、青い巨人のブレードは残った瞳へ向けられ、直進する。


 が、その物理攻撃は、寸前のところで止められた。怪物側も、赤光する壁を展開し、ブレードの切っ先とぶつけ、防いだのだ。


 致命の一撃を防がれ、隙だらけになった青い巨人に反撃するかのように、赤い壁から放たれる矢。

 それは次々に、機体の装甲を削っていくが……。


《ムラクモ再起動。目標を貫きなさい》


 赤光の槍を破壊し、地面に突き立っていたブレードが動きを見せる。ひとりでに地面から抜け、浮遊したそれは、一度上昇してからその刃の切っ先を怪物へ向け……。


 一閃。


 赤光の防御壁もろとも、怪物の眼を貫き、破壊する。そこから、まるで液体がどくどくと流れ出すように、赤い粒子が放出され。

 怪物が地面に落ち、大きく揺らめく。


《これで終わりです。どうか、安らかに》


 振り上げた、右腕部の重厚なブレードを振り下ろし。その怪物の胴体から頭を真っ二つに切り裂いた。


 ごぼり、ごぼりと断面から溢れ出す粒子が、地面に広がり消滅してゆく。

 それに伴い、雛樹を壁に縫い付けていた矢も消滅し、ズルズルと地面にへたり込むことになった。


 ……傷口に収まっていた矢が消滅することで、傷口から鮮血が溢れ出す。その失血に耐えられなくなり、雛樹の顔から血の気が引いてゆく。霞む視界に、こちらに振り向く青い巨人を捉えながら、意識は途絶えていった。



——……。


「オペレーター、東雲准尉。こちら結月。タイプΓの破壊を確認しました」

《こちらからも、“グレアノイド反応”の消失を確認。結月少尉、および搭乗機体“ブルーグラディウス”。即時帰艦してください》

「……」


 その青い巨人に搭乗し、コクピット内に一人座する結月静流少尉。その格好は、戦艦アルバレスト内で着ていた重厚な軍服でなく、体に吸い付くように設計された、スーツを身にまとっている。

 スーツといってもいかんせん露出が多く、体の線がはっきり浮き出ている。

 軍服を着ていた時にも隠しきれていなかったその豊かすぎる胸と、それとは対照的な細身の体のコントラストが美しく、腰の括れから臀部のラインは彼女の女性らしさを浮き彫りにしている。

 

 何を思ったのか、すぐには帰艦しようとはせず、モニター中央に捉えている一般男性と思われる人物を確認し、拡大していた。

 

(あの……雰囲気。どこか“彼”に似ているような……)


 首から下げている、認識票にも気づき。自分の中で疼く勘に突き動かされるようにコクピットの座席から立ち上がる。


《結月少尉!? 神経接続の切断が確認されました、どこへ!》

「要救助者一名を発見しました。すぐに連れて行きますので、医師を待機させておいてください」

《ダメだよシズル!! 本土の一線級部隊がこっちに向かってきてる!! 発見されればこちらの存在が明るみに出るんだよ!!》

「承知しています……。ですが、彼を放置しては行けません…!」


 オペレーターの制止を振り切り、結月静流は機体をその場で膝立ちの姿勢にする。そして背後のハッチを解放すると、軍服の上着だけを羽織った。

 ハッチが開かれると同時にせり出してきた緊急昇降用のハンドルを右手に握り——……次々に繰り出されていくワイヤーが、ベアリングと擦れる音を真上に聞きながら本土へ降りていく。


「っと……」


 着地の小さな衝撃に言葉を発す。もはや、何年ぶりの本土の土か。方舟の硬い人工的な地面とは違う柔らかさと温かみを足元に感じる。

 しかし、懐かしんではいられない。はやる気持ちを抑えることもせず、羽織ったジャケットの前を右手で抑え、閉じながら負傷者の元へと走った。


「ひどい怪我……。特に右肩の出血が激しいですね。あまり動かしたくはありませんが……」


 血まみれだが、その顔に見れる微かな面影。かつて、悲しげな笑みを浮かべて自分を見送ってくれた男の顔と重なった。

 ごくりと——……生唾を飲む。しゃがみ込み、左手を伸ばして乱雑に降りた前髪を優しくかき上げてやった。


「おにい……ヒナ、キ……?」


 一度言わんとした言葉を飲み込み、再び言い直した名前。軽く眼は閉じられているが。この人が、探していた目的の人物だという確信が生まれる。

 そして決定付ける要素がもう一つ。首から下がった認識票ドッグタグ

 鼓動が跳ね上がる。今まで感じた事のない、体温の上昇と動悸。恐る恐る手を伸ばし、内容を確認した。


「CTF201……ヒナキ、シドー……」


祠堂雛樹。かつて、CTF201という本土部隊で任に就いていた母アルビナのもと、部隊と寝食を共にしていた時に世話になった、男の人。


 いつか、迎えに来ると。“覚えたての日本語”で約束した少年兵。


 そして、兵士としての自分が最も憧れを抱いた彼。


「やっと……迎えに来ることができました……」


 こうしてはいられない。すぐさま艦へ運び、治療を受けさせなければならない。このままでは失血死も遠くない。


 ……——だが、この状況で、そううまく事が運ぶはずがない。


 待機させていた機体付近に、爆煙が上がる。その白い肌を叩く熱風に、結月静流は戦慄した。


「見つかった……!!」


 こちらへ向かってきていた、政府軍の一線級部隊。雛樹と共に居た政府軍兵士が、ガンマ級ドミネーターに対抗するため要請したものだ。


 本来殲滅すべきだった目標がおらず、そこに敵側、方舟の物と思わしき兵器がいたため、砲撃を開始されたのだ。制圧するつもりでいるのだろう。


 結月静流はすぐさま、羽織っていたジャケットを雛樹に被せた。そして、多少強引に背負いあげ、走る。

 次々に向かってくる砲撃。まだ精度が甘い。発見されてはいるが距離があるためか。はたまた威嚇のための砲撃だからか。


 なんにせよ助かった。いくら鍛えているとはいえ自分より重い、意識不明の成人男性を背負い運ぶのには時間が掛かる。

 

 手の届くところに降りていた、昇降用のワイヤーハンドルを握り、ハッチのある場所まで上がり、突き出た足場を使って体勢を安定させ、コクピット内に入った。


 コクピット内に設営されたタンデムシートの背を倒し、雛樹を寝かせ体を固定させる。そして引き出してきた電極やらカメラ、様々な器具を取り付けた後、自分もシートに座った。直後、爆音と地響きの他に、スピーカーから聞こえる声。


《結月少尉。その機体は政府軍に発見されています。直帰はできないから覚悟してね》

「申し訳ありません、東雲准尉。要救助対象は運び込めましたので、いますぐインビジブルシールドを展開し、砲撃地点から離脱します。合流地点を指定してください。あと、要救助者の容態をそちらへモニターしますので、それに合わせて医師を待機させておいてください」

《はいよー。そこからさらに北東30キロ地点、高度約8000メートルにて艦を待機させるから。……っと、要救助者の容態確認》


 東雲准尉は、現在機体のオペレート任務に就いているため、上官である結月静流と対等な位置に立ち連絡を取り合っている。

 モニターに表示された雛樹の容態を確認した東雲准尉は沈んだ声色で、先ほどの会話内容を変更してきた。


《まずいなぁ。思ったより容態は深刻だぞ。30キロも離れたら間に合わないかもしれない。少し無理を言って……そう、15キロ地点、高度約4000メートルで待機させる》

「なぜ内陸へ? 本土外へ逃れれば良いのでは……」

《タイプガンマの“グレアノイド反応”が消滅してから、“海溝側”のグレアノイド反応が活性化してるんだ。遠回りに政府軍の索敵範囲から逃れるつもりなら気をつけて。待機地点の座標をそっちに送っておくから》

「感謝します、准尉。では、しばらくESMを起動します」

《君のことだから心配はしてないけど、重ねて言うよ。本当に気をつけてね》

「はい、ではまた後ほど」


……——。


「——……!!」


 砲撃の衝撃がコクピット内に伝わる。近い。もう当てられるぞ、そういう意味をこちらに示してきているのか。

 この機体を動かす準備はすでに整っている。なぜすぐに離陸しないのか……。いや、すぐには離陸できない理由があった。


 簡単に言えば、“自分専用に合わせていた”このコクピット環境を、負傷者である“雛樹が問題なく乗れるよう”調整しているのだ。

 これをしないと、常識の範疇を超えた機動が可能なこの機体に、雛樹は“殺される”ことになる。


 最低限飛びたてるようになるまで、あと数十秒。


 膝をついていた青い巨人は、滑らかに動く各駆動部分を駆使し立ち上がった。それと同時に、排熱機構から淡く蒼色に輝く粒子が大きく放出。

 その機体、周囲数メートルにある瓦礫が浮遊するが……、それと反比例するように大きく地面が沈んだ。

 本来存在する“重力”が、青い巨人が発生させる強力な“反重力”エネルギーとぶつかり合い、地中を強く押し込めたため発生した。


つらいでしょうが、少しの間耐えてくださッ……!!?」


 後方の雛樹に向かって焦り混じりにそう言った静流は、自身を襲った強い衝撃を受け、コクピットの壁に頭を打ち付けた。


「直撃した……ッ!」


 打ち付けたことによる鈍痛と、額に裂傷。流れる血液を感じ、片目を閉じた。

 命の危機に鼓動が跳ね上がる。喉は緊張で乾き、水分を求めて断続的に息を吐き出す。

 けたたましいアラームと共に、HUD……ヘッド・アップ・ディスプレイに表示された、機体の損傷箇所が赤く染まった。


「くっ……ぁう……。左腰部ひだりようぶと、サブバーニアが……。ヒナキを乗せている以上、“粒子性兵器りゅうしせいへいき”を使うわけには……いきませんし。仕方ないですか」


 そう、彼をコクピットに乗せているために、本来防御可能であった通常弾頭による砲撃すら防げないでいる。


 この機体は彼を乗せることで、本来のスペックをほぼ発揮できない状態にあるのだ。


 この機体を“空へ浮かばせるための機関”。反重力炉はんじゅうりょくろと呼ばれるそれの状態が表示される右側のモニターへ、開いた目の瞳だけを動かし確認する。


「稼働良好。最低限の飛行に必要な重力波の放出を確認……。うう、姫乃がいないと調整にも苦労しますね……」


 すべての探知機、通信回線を使用不可能にする緊急用ジャミングシステムを起動しているため、母艦とすら連絡が取れずにいる。

 こうしたわけは、政府軍に通信回線を傍受され、母艦アルバレストの存在を悟られないためだったのだが。いかんせん、離陸を遅れさせる要因となっているようだ。


「反重力炉出力、最低限離陸可能域まで到達。まだ不十分ですが……戦域を離脱しましょう」


……——。



「少佐!! 未確認、二脚物体に動きが見られました!!」

「照準外すな、背後の推進機関を狙え。逃がすわけにはいかんぞ」


本土東方司令部、政府軍基地から出撃した第1課、戦闘師団。


 複数の戦車と対空自走砲、装甲車が荒れた地面を物ともせず、高く大きく土煙を上げ。攻撃ヘリに輸送ヘリが蒼穹に隊列を組んで、波のように青い機体との距離を詰めていた。

 一見、大げさな物量に見えるがこれがガンマ級一体を撃退するために最低限必要な武力なのだ。

 それを引き連れ、司令塔である政府軍少佐は逐一指示を飛ばす。


「なんだ、あの機体は……浮いているのか……?」


 数百メートル先で駆動する青い巨人は、この大部隊と向き合った。これでは背の推進機関を狙えない。


「機体前面にも推進機関があるのか……? なんだあれは。……仕方ない、20mmで狙え。先ほどの弾頭着弾箇所から見て、装甲が薄いと見える。機体を大破させるわけにはいかん、人が乗っている可能性がある。殺してしまっては尋問できんからな。必ず最低限の破損で押さえ込め」

了解サー!」


 自走対空砲が口径40mm装備から20mm装備へ換装、そして輸送ヘリの20mmバルカンが大気を裂く勢いの発砲音を鳴らし、火を噴いた。

 空から地上から放たれる無数の火線が、正面を向ける青い二脚機甲兵器へ収束してゆく、が。

 標的はその質量に見合わない滑らかで素早い動きを見せた。


 機体前面に配置している推進機関すいしんきかんとみられる場所から、青くするどい火がまたたいたかと思った瞬間。

 地上から1メートルほど浮いたそれは、正面を向きながらも右斜め後方へ回避行動をとったのだ。


 射線から逃れたその機体はしつこく追ってくる弾丸を、滑るように後退しながらひらりひらりと(かわ)して見せている。

 その20mm弾頭を撃ち出す銃口を向けた兵士たちは口々に言う。『まるで幽霊ゴーストでも相手取っているようだ』、と。


「あの機動性能はなんだ? 馬鹿げている……!!」


 後退する速度が速すぎる。このままでは逃してしまう……が、赤外線を使った追尾ミサイルを使用しようとしてもダメだった。


 あの青い機体を中心として半径数メートルに、妨害電波による強い磁場が発生している。そのため、標的補足ロックオンすらできないでいた。あの機動性だ。装甲車に搭載されたTOW(トウ)——……対戦車有線ミサイルを使おうとも考えたが。


 そんなもの、天地がひっくり返っても当たるはずがない。


 20mmバルカン砲、その複数の射線からやすやすと外れることのできる機動性だ。

 有線式の低速ミサイルなど、いともたやすく回避してみせるだろう。


 そうこうしているうちにあの機体は一度、その巨躯を隠せる瓦礫へ身を隠すと……。それを防弾壁にし、背を向けメインブースターを点火。

 青い粒子の尾を引きながら、凄まじい速度で追撃の射程外へと離脱していった。


 今や崩壊した日本本土の政府が誇る、軍の一線級部隊の兵士たちは一人残らず取り残された。

 彼らの一人、攻撃ヘリのパイロットが、みるみるうちに小さくなっていく二脚機甲兵器にきゃくきこうへいきの機影を眺めて呟く。

 

『あんなものが、この世に存在していいのか……』と。


 人は所詮、同じ穴のむじなだということも知らず。ただ、そう呟いたのだ。


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