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第6節—生殺与奪—

 そこら中で、家屋の爆ぜる音、地面がえぐれる音、鉄骨がひしゃげる音、ガラスが割れる音が継続する。

 何かの電子音のような、独特な風切り音を無数に鳴らし、赤い閃光は眼下の土地を削っていた。

 まるで、とんでもない破壊力を持った雨のように。

 

 その音が止み、崩れる家屋の音だけがむなしく残る中。伏せて、当たらないよう祈っていた雛樹は顔を上げる。

 腕が拘束されたままだ。立ちあがるに立ちあがれず、身もだえする。


風音に覆いかぶさっていたため、重いだろうとすぐさま体を退ける必要があった。


「う……」


 ぴしゃり。液体の音。迷彩のカーゴパンツの膝あたりが、まだ温かみの残るその液体を染み込ませ、不快感を覚える。


「痛っ……」

「ッ……!!」


 降り注ぐ光の矢から庇うため、押し倒したはずの風音の左太ももに、赤褐色の光を放つ矢がずぶりと、深く刺さっている。


 肉を抉り、骨まで達してしまっている。かといって、このまま刺しておくわけにはいかない。あの、ドミネーターの体を構成する鉱物ほどとは言わない。しかし、この赤い光を放つ物質にも毒性があるためだ。


「ごめんよ、雛坊……自業自得さ、あたしがあんたの言うことを聞かなかったから……」

「話さなくていいから、歯ァ食いしばるんだ。かなり痛むぞ。血もかなり出るが、なんとか止血するから」


 こういった負傷の対処法も、知識として持っている。だが、対処される方にとっては、脳が焼ききれるほどの激痛を伴う地獄でしかない。しかも、自分は

腕を拘束されている。このままでは処置できない……。

 そうだ、鍵だ。兵士が持っていた鍵。あれを使えば……。


「くっ……おい、大丈夫かお前たち」

「大尉……有馬が……」


大尉という部隊長を含め、三人いた兵士のうち、二人は無事だった。しかし、有馬と呼ばれた、拘束帯の鍵を持っていた兵士は……。


「ダメか……。もう息が、無い」


 背中に多数の矢を受け、大量の鮮血を流しながら横倒しに、絶命していた。

 だが、彼が壁となったおかげで、その先で伏せていた雛樹は矢を受けずに済んだのだ。雛樹は死に逝く彼に何か声をかけようとしたが、喉まで出かかったその言葉を、他の言葉と取り替える。


「一人負傷した! 手伝ってください!!」

「く、一般人女性か。わかった、すぐに処置しよう」


一度これだけ大規模な無差別攻撃を、“敵性”の認められないこの集落に放った後だ。しばらくあの化け物は待機状態に入るだろう。

 再び破壊行動を起こす前に、手早く済ませる必要がある。


「鍵はどうなったんです!?」

「有馬が持っていたが。あの攻撃で、収納していたホルダーに着弾。予備も含め破壊されてしまった……すまない」

「ああ、嘘だろ……」


 この拘束は解けないことになる。仕方ない。自分は指示を的確に出すことに専念する。

 雛樹の指示に合わせ、兵士らは自分の軍服を脱ぎ、袖の端を丸めて風音の口に咥えさせた。

 そして、厚めのグローブをはめた手で、風音の太ももに刺さった赤光の矢を掴む。

 そして、一気に引き抜こうとする。が、なかなか抜けてくれない。刺さった箇所から溢れる血液が、床を赤く染めていく。


「ふぐッ……ひなっ……うああ、止め……あ゛ッ、うああ゛……!!!」

「大丈夫、大丈夫だ……」


 足を中心に、体も精神もバラバラにされそうな痛み。風音の女性らしい体の内、怪我とは関係の無い内臓に変調をきたす。

 胃が痙攣を起こし、内容物を嘔吐する。口はジャケットで塞がれている。このままだと窒息を……!!


「いっ……ぐぐ……ッ」


 兵士の一人が、無理やり風音の口を開け、頭を横に向けて吐瀉物を逃す。風音がえづきを止めるまで、舌を噛まないよう雛樹はその不自由な左手を口に突っ込み、ある程度の隙間を確保する。


 だが、噛む力が尋常ではない。噛ませている雛樹の手の肉がぶちぶちと噛み切られていく。

 だが、まだ保つ。嘔吐が止まったところで、再び布を噛ませ……。


 そして、太ももに刺さっていた太い矢は抜けた。あとは止血だけだ。

 風音の体から一気に力が抜け、極度の恐怖と緊張からは脱却したようだ。

 あとは、止血をして……。


「これで大丈夫か、祠堂雛樹……」

「ええ、大丈夫です。あとは街へ行って治療が受けられればいい。とにかく、奴をどうにかするまで地下へ……」


 風音は小さく、苦しそうに言葉を発すも、雛樹には聞き取れない。だが何か、謝罪の言葉らしいことは理解できた。

 二人の兵士が風音を運び、雛樹が地下室へ案内する。すでに地下へ避難していた子供たちは口々に、風音に言葉を投げかけた。

 それはそうだ。いつもはあんなに元気な彼女が、憔悴しきっているのだから。血液もべったりと足に付着している。心配するなという方がおかしい。


「ひなにい……ひなにいも手、怪我してるよ!」

「お兄さん、大丈夫なの!?」

「なんでにいちゃん腕ぐるぐる巻なんだよ!」


 そんな子供たちを、老人が静かにしなさいと一喝。泣く子も黙る、力強い言葉だった。

 薄暗く湿っぽいが、広い地下室。石のように硬い地面に、毛布を引いて風音を寝かせ……。


「俺は大丈夫だ、心配しなくていい。でも風音さんは大丈夫じゃないんだ。みんなでしっかり守れるな?」

「うん! 怖いけど……みんな一緒にかざ姉守る!」

「にいちゃ、任せて!!」


 こんな状況だというのに、子供たちは気丈に振舞っている。それもそのはず。彼らは、幼いながらにして、このような危険にいくつも遭遇してきているのだ。

 助けを求めるのではなく、自分達が助かるために努力をする。この孤児院にいる子供たちは、守られるだけの存在ではない。

 傍でその様子を見ていた政府軍兵士の表情から、思わず笑みがこぼれてしまう。


「はは、こりゃ頼もしい子供たちだ。捨てたものではないな、辺境の集落も」


「そうですね。こういう子たちがいれば、本土も立て直せる」


「……この笑顔を守る為、我々もできることをしよう」


 雛樹はその第三課の兵士を見ていて、政府軍も捨てたものじゃないと思えた。上から下を見下ろし、本土再興のためにはどんな手段をも使う、いけ好かない連中だとばかり思っていたのだが。

 

 と、再び地面が振動する。パラパラと天井から降ってくる土の粒。再び、あのドミネーターによる破壊行為が再開したのだと察した雛樹は、すぐさま地下室から飛び出した。

 子供たちの声を背に受け、彼ら彼女らを守る為。


「あの車両に武装は積んであるんですか」

「小銃三梃、手榴弾6発、対戦車ロケット弾頭が4発ある」

「火力不足だな……対ドミネーター用劣化ウラン弾頭は?」

「そんなもの三課に与えられるわけないだろう。取り扱いだけでも少数部隊が持つことは不可能だ」

「撃退はまず不可能か……」

「だが、一課特戦部隊に出動要請は済ませてある。時間を稼げれば……あるいは」


 そこで、もちろんながら聞く、援軍到着までの時間。返答は“到着まで一時間”だそうだ。それもそのはず。一線級部隊が待機する基地は、この辺境の集落からかなり離れた街にある。

 あの怪物相手に一時間保たせろ。酷すぎる話だった。


「ガンマ級相手に一時間は無理です。俺も腕がこんなだ。囮にしかなれません」

「こちらが、攻撃を行うしかないのか」

「そうです。さっき言った武装を全て二人で分け、携行してください。そして癪でしょうが言う通りに動くことを頼みます。ヘッドセットはありますか?」

「車両の中に人数分積んでいたはずだ」


 地下から地上界へ出るための階段を上りながら、淡々と言葉を紡いでいく。まだできることはある。はっきり言えば、ドミネーターを引きつけることは容易い。


 あの怪物には、己にとっての脅威を優先して狙う習性があるのだ。簡単な話、あの怪物に自分たちの“敵性”を認められれば、破壊行為の手を個人へ引くことができる。

 目を、つけられればいいのだ。


「まずは車両から装備を取ることを最優先にします。出ますよ」

「ああ」

「こちらも準備できています」


 ほぼ半壊している施設。そこから雛樹と政府軍兵士二人は、合図を送りあい、勢いよく走り出した。


 走りながら、この集落の惨状を憂う。広い範囲、無数に突き立った赤いガラス状の矢に、ひっくり返った家屋。ここに来た時と同じ場所とは到底思えない。

 誰かが助けを呼ぶ声も聞こえる。泣き叫び、嗚咽に沈む人達の無念。

 今はその一つ一つを拾っている場合ではない。


 彼らは、屋根やボンネットに矢がめり込み、まるでハリネズミのような姿になった車両後方へ飛び込む。

 ヒナキの指示で、兵士の一人が運転席へ向かう。そして、内燃機関が動いてくれるかどうかを確認した。


 何度かキーを回し、セルが虚しく呻きを挙げること数回。エンジンに火が入った。ここまでダメージを受けてなお、エンジンがかかるものか。ひとえに、タフな軍用車両であるお陰、としか言いようがない。

 駐めてあった自分のバイクは、いくらか攻撃を受け吹き飛び大破してしまっていることを思えば、流石だと感心せざるを得ないだろう。

 雛樹と外にいた兵士が、無理やりこじ開けた後部扉。そこから、天井が凹み低くなり、窮屈になった車内へ乗り込む。

 

「あー……、そっちの窓を!」

「了解した!」


 雛樹とその兵士は、それぞれ車窓を足で蹴り割った。粉々になり、外へ飛び散った分厚いガラスの窓から、怪物ドミネーターの姿が確認できる。

 それぞれが、意思疎通のための通信機、ヘッドセットを装着し、通信確認をしたのち


「祠堂雛樹! 出していいのか!?」

「焦らないで、まだだ。奴の気を引いてから、いくらでもアクセルを踏んでください」


運転席から飛んでくる、焦りを含む兵士の怒鳴り声。それもそうだ。こんなところからはすぐにでも走り去りたいはず。


 だが、焦っても意味はない。この車は逃げるためのものでなく。遅かれ早かれ、あの怪物ドミネーターに、追って来させるための餌になるのだから。


「気を引くだけなら、小銃の弾を数発当てるだけでいい! 構えて……」

「了解だ」


弾倉を装填、セーフティーを解除。ハンドルを引き、チャンバーへ薄氷割の弾薬を装填する。重厚な銃身を形作る鈍色の金属が、シンと音を響かせた。


「ふぅ……いきます。銃声が数発聞こえた時点で、アクセルを踏み込んでください。多分、こちらへ向かって攻撃がきます」

「操車手、了解」

「確実に当ててください。やり直している余裕はないですよ」

「射手、了解」


 拘束された右手の三本指を立てる。車窓から銃身を出し、息を潜めて雛樹のカウントを待つ兵士。そして、バックミラーで雛樹の立てる三本の指を、歯を食いしばり確認する、運転席のもう一人。


「3……」


 ドライバーの、アクセルに添えられた右足が震える。射手は生唾を飲み込み、照星を空の怪物へピタリと合わせ、息を止めた。


「2……」


 雛樹は薬指をたたむ。車内は、不気味なほどの静寂に満たされた。


「1ッ!!」


 そして、撃鉄は落とされる。


 荒野と化した集落に鳴り響く、幾つもの渇いた銃声。


「着弾確認!!」


 撃たれたことに空の怪物が気づき、明後日の方向を向いていた体を反転させてきた。

 視点の定まらない巨大な双眸の視線が、車両に向けて落とされる。


「ッ、出せ!! こっち向いたぞ!!」


 直後、零から加速する車両。後部席に居た射手と雛樹は、その加速に体がついていかず、体がさらに後方へ引っ張られるように転がる。

 兵士は小銃を窓の外に投げ出してしまうが、窓枠に掴まることで体を固定できた。しかし両腕を固定された雛樹は……。


「ぐお」


 目の前に星が飛ぶ。明滅する視界。普通に車内を転がった雛樹は、壁に頭を打ち付けて止まったのだ。

 “痛い……”と、ズビッと鼻を鳴らしながら鈍痛に耐えていると、突然頭上に赤い光を放つ矢が突き出してきて一瞬、思考が停止してしまった。


「仕掛けてきたぞ!!」


 痛みと、驚きのせいで言葉をなくしていた雛樹の代わりに、射手が叫ぶ。それに同調するように、さらに加速する車両。


「捕捉されると偏差射撃してくる! 時折ハンドルを切って、射線から逃れてください!!」

「了解!!」


 おもむろにハンドルを切る兵士。突然の頼み事のせいか、冷静さを欠いているせいか、ハンドルの切り方が深すぎた。大雑把なステアリングに、大きくその車体を揺らす。


「ォォあ!?」

「待て待て待て!」


 体を固定されていない雛樹が、割った窓から飛び立とうとしていた。そこに気づいた射手は、ジャケットの襟をひっつかみ、なんとか車内に止めてやる。

 窓の外に見える、赤い矢の雨。

 車体が射線から外れたことにより、攻撃が遠ざかっていっている。


「空を飛ぶところだった……」

「すまない。訓練不足だ、許せ」

「実戦不足。帰ったら三課も実地訓練させるよう進言してみてください……。生き残る確率がぐっと上がる。そっちも、こっちも」


 窓から半分顔を出した雛樹は、皮肉交じりにそう言った。

 だが、そう会話を交わしている余裕もなくなってくる。

 攻撃目標をこの車両が一手に引き受けたことで、怪物ドミネーターはこちらへ向かって空を進んできている。

 継続的に唸るエンジン音をぶった切るように、攻撃の飛来音と、至近弾により弾けた地面や瓦礫の塊が車体にあたり弾ける音が頭に響く。

 装甲もみるみるうちに削られていき、所々破損し、割れていた。


「このままじゃあだめだ! こいつをぶち込んでやる!!」

「ッ、よせ!!」


 度重なる、死の淵を走るチェイス。冷静さを欠くには十分すぎるストレスだ。錯乱した射手が、対戦車ロケット弾頭を射出するためのランチャーを担ぎ、窓から顔を出した。


 様々な破砕音と唸りを上げるエンジン音のせいで、雛樹が叫ぶ制止の言葉は聞こえていない。


 なんのために、“小銃という低威力の攻撃”であれの気を引いたのか。説明すべきだった。


「喰らえ!!」

「……のヤロッ」


 目を見開き、意気揚々と照準をつけ、ランチャーの引き金を引く。それに合わせて、雛樹はできる限り体を丸めて、対ショック姿勢をとる。

 相手は真直ぐ追ってきている。間違いなく当たるだろう。だが、それはまずい。

 そんなもので撃沈する相手なら、“初めに仕掛ける時点で使っていた”——……!



 射出された弾頭は、白煙のラインを空中に残しながら直進。瞬く間に後方から追いかけてきていた怪物ドミネーターの胴に直撃し、爆煙をあげた。


「はっは! やったぞ!」


 焦燥に息を切らせそう言って、兵士はランチャーを下ろし、煙に巻かれた標的を見ようと目を凝らす。


「やってない!!」


 いや、凝らす必要はなかった。すぐさまその煙を破り、その巨体はその兵士の、目先数十センチのところまで接近してきたのだから。

 体の芯を凍らせる圧迫感。瞬間、体が恐怖に縮んだことにより、だらしなく開けられた口から短い吐息。

 その息がかかるのではないかという距離。ごろり、と。生々しい巨大な双眸が、真っ直ぐ兵士に視線を合わせてきた。


 死ぬ。そう思った次の瞬間には、世界は暗転。嫌な浮遊感の後、凄まじい衝撃が全身をくまなく殴打し、意識は混濁。

 最後に聞こえてきたのは、この車両の装甲が何度も凹み、爆ぜる音だった。


……——。


「……お……おい……聞こ……返……!!」


 耳鳴りがする。全身に走る激痛と、まるで数百メートル向こうから呼ばれているような声。薄眼を開けても、視界はぼやけて、色が所々に確認できる程度だ。

 自分はどうなったんだ。ロケット弾頭をあのクソ化け物に当てて、それからどうした。

 頭に残る鈍痛の所為で、思考がうまく働かない。


「おい……、聞こえるか……!! えー……、タグ……。タジマ・コウセイ……!! 起きて返事をして下さいタジマコウセイ!!」


 自分の名前だ。途切れ途切れに口にする己の名前。視界もおもむろにはっきりしてきた。目の前には、頭から血を流している祠堂雛樹の姿が確認できる。

 そうだ、あのロケット弾頭をぶち込んだ直後、あの怪物ドミネーターのなんらかの力で車が横転させられた。

 

「よし、気をしっかり持って欲しい。幾つかの兵装は無事です。ヘッドセットも機能します。残念ながら、身体中痛くても休んでる暇はない」

「あ、ああ……」


 そんな暇がないのは、百も承知だ。車は横転し、“止まって”いるのだ。


「あなたの仲間が小銃で気を引き、うまく隠れてる」

《だめだ!! 少し気を引いてもすぐにそちらへ向き直る!! 急いでくれ、残りの弾倉はもう二つしかないんだ!!》


 雛機が頭に装着したヘッドセットに、もう一人の兵士の声と、瓦礫の破砕音が大音量で響く。

 耳鳴りがし、思わず目を閉じた雛機だったがすぐさま……。


「すぐにここを離れます。もう少しだけ堪えてください!」

《くっ……、無茶を言う……だが、仕方ない。仲間を頼む!!》

「了解です」


 全く焦った様子のない雛樹は、なんとかまともに動けるようになった兵士にヘッドセットの着用を急かす。まだおぼつかない手つきで装備を整えていく兵士だったが……。


「この匂い……は」

「ガソリンが漏れているだけです」

「なんだと!!!? おい、急いでここを」

「慌てないでください」

「!?」


突然一喝されたことにより、体が硬直した兵士に、雛樹は鎮めた声で言う。


「こんなもの焦っても焦らなくても、吹き飛ぶ時は吹き飛びます。車内に残った火器を全て持ち出す必要があるんです」


 焦って手榴弾ひとつでも取り落とし、火花でも散らされた時には、気化したガソリンに引火し吹き飛んでしまう。

 かといって、わずかでも残った兵装を持ち出さなければ、だ。この兵士たちの、あの怪物ドミネーターへの抵抗手段は無くなり、生存の確率は下がる。

 “雛樹自身は、丸腰でもどうにかなる”が。


「十分、あの集落から離れることができた。“ここからは、ドミネーターの気を引き釘付けにするのは俺がやります”。あなた方はここから持ち出したもので後方支援を」

「ああ、ああ……わかった。頼りにしてるぜ。なんとも情けない話だが」

「ほんとですよ。あそこでランチャーの引き金を引かなければ。まだなんとかなっていたかもしれないのに」

「やはりあれのせいか」

「なんのために、こいつらはただの蟻程度のものだと思わせていたと思ってるんですか。こっちの敵性を本格的に認めれば、あれも本腰を入れてくることはわかってたはず」


 平謝りしてくる兵士を、もう済んだから今動けと車内から追い立てる。

 この車両が爆ぜる前になんとか脱出することは叶ったようだ。


《こちらから、お前たちの姿を確認した!! こっちのセーフティーポイントも限界だ! 移動する、フォローしてくれ!!》

「了解。手榴弾でうまくドミネーターの気を引いてください。で、どうしようもなくなったらその残った弾頭を撃ち込んで欲しい」

「だが、撃ち込めばまた……」

「その震える足と頭なんとかしないと照準がブレますよ」


 はん、と。雛機が呆れたように鼻を鳴らす。彼のこの飄々とした態度はどこから来るのか。兵士は不思議で仕方なかった。


「あなた方は俺の言うことを聞くと言った。俺はその言葉を信用して、こうして指示を出してる。あなた方も、たがうことなく聞くべきだ」

「……すまなかった」

「……。生き残れば美味いものでもおごってもらいますから」


 こんな状況でいう言葉か、それが。兵士は呆れて物も言えなかったが、足の震えは止まり、頭の中は冴えてきた。


 そうして、手榴弾を片手にした時。


「お前も足が震えてるじゃあないか」


 飄々とした態度を取っていた彼の足が震えていることに気づき、思わず口にしてしまった。

 彼は、はにかみながら言う。


「両腕拘束されたままで、“あれ”の前に放り出される人間の気持ちを。鎮められるなら是非、お願いしたいものです」

「……ははっ、なんて口の減らない餓鬼だ、貴様は!」


 そうして兵士は駆け出し、手榴弾の安全ピンを抜き、投擲する。

 生き残る可能性など、ありはしないが。なぜだか、あの青年の言うことには面白みがあり、納得させられる。

 増援が来るまで、あと……40分。

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