第1節3部ー過去のパイロットー
「青い粒子を放つ、ファトンオイドはあくまでも……人体へ害を与えないようグレードダウンされたもの。グレアノイドに対して、ある程度の有効な使い道がある以外、質としてはグレアノイドの方がはるかに上なの」
つまるところ、害はあるがグレアノイドはそのまま使用した方が強力であるということらしいのだ。
動力は規格外だが、それで動かす機体自体の性能が一世代も二世代も前のものなので、総合的な性能は現在流通しているものよりも格段に劣るということだ。
「三ヶ月」
「三ヶ月?」
「三ヶ月でこの機体を動かせるようにするわ。資金はまだまだ足りないけどね」
「それまでに、俺も操縦できるようになれって?」
「そうよ。でも大丈夫。操縦の先生は頼んであるから。本当、喜んで引き受けてくれたわ」
「……ターシャか。ターシャだろ、ターシャなんだな?」
「そうよ。本当は嫌だったんだけどね」
ただでさえ、静流と雛樹は仲が良さそうに見えるのだ。できるだけ静流に悪い虫……つまるところ雛樹を近づけたくはないのだが。
雇っている社員を育成するためだ。私情を挟むべきではない判断した結果、一番頼りやすい静流に、雛樹の操縦指南を任せることにした。
ただ、雛樹は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ……。
「うっそだろ……。嬉々として痛めつけに来るぞあいつ……」
模擬戦闘訓練の時、雛樹から与えられた屈辱……と思っているかは定かではないが、明らかに静流の得意分野のはず。
思うは、静流という鬼教官による超スパルタ操縦訓練。
「日にちはしずるんと打ち合わせて決めるわ。ずいぶん乗り気だから、怪我が治ったらすぐって言ってるんだけどね」
雛樹は肩を落としながら、ボコボコにされる自分と、嬉々としてスパルタ指導をする静流の画を思い浮かべていた。
そこまで話すと雛樹は機体のコクピットを見たいと言って、倒れた機体の上によじ登っていった。
葉月はグレアノイド汚染を受けないよう、一定の距離から近づくことができないが……。
「ハッチは……ひどい侵食具合だな」
葉月は、この機体のハッチが開いたところを見たことがないと言っていた。 下手をすれば、搭乗者の骸が乗っているかもしれないと。
「これじゃあ開けられないわけだ……」
雛樹は、コクピットの入り口である、黒く変色したハッチに右手を当てた。
すると、グレアノイド鉱石と化していたそこが、赤い粒子に分解されて消えていく。
「すごい……本当に粒子精製できるのね……」
葉月はその様子を遠巻きに見ていて、ただただ感嘆の息を漏らすことしかできなかった。
グレアノイド鉱石を分解し、粒子に変えて操る力をもつドミネーター因子。
その適合者がこうして自分の会社に所属していることが、夢のように思えていた。
「さて……お宅拝見だ」
右手に鈍痛が走る。グレアノイドを分解するだけとはいえ、体内の因子を活発化させた反動は少なからずきているのだ。
そんな痛みを抱えながらも、ハッチが分解されて露わになったコクピットに足を踏み入れた雛樹だったが。
「ひどいな……」
コクピット内は、グレアノイド侵食を受けて黒く変色していた。赤い光が走り、ところどころに結晶化した赤いクリスタルのようなものが張り付いていた。
「……これが骸か。どうだろうな、これをもう人の亡骸と言っていいのかどうか……」
シートに鎮座していたのは、異形の腕が複数生え、頭部が奇妙に肥大化、変形し、下半身が蛸のように分かれてしまった黒い塊だった。
このパイロットは、ある程度のグレアノイド耐性を持ってしまっていのだろう。
本来ならば、黒い鉱石の塊になるだけのはずが、人としての細胞が侵食に対して下手に抗いを見せたせいで、異形化してしまっていたのだ。
コクピット内にぶら下がっていた、ドックタグと思わしきものを手に取った。
そのドックタグも、グレアノイド侵食を受けて黒く変質してしまっているが……。
「タカベ……コウガ、か。随分立派な名前だな……」
確か、自分を擁護してくれているという兵器局のお偉い様もそんな苗字をしていたはずだが……まあそういうこともあるだろうと深く考えずにタグをその異形の元へ置いておいた。