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第3節ー盗みの理由—

 雛樹が今居るこの集落だが、ほんの少し前までは大きなテントやトタンで建てられたお粗末な家が少なからず集まる文字通りの集落でしかなかったのだ。

 しかし今やこの集落に流れてきた者達により一つの街のようになりつつある。

 ここはここなりの活気に満ちている場所なのだ。

 

 しかし文明的な生活をしていた昔に比べれば、殺伐とした土地である。


 そんなところで暖かくも慌ただしい生の営みが日々行われている。


 この集落の一角。

 朝から子供たちが荒野に耕された畑で汗を流し、働き始めている。


 見たところ8、9歳そして10代前半の女の子や男の子が多いようだ。

 そのそれぞれが泥だらけ、しかもところどころ破れたような服を着ている。

 小さな手に鍬を持ち、額に玉の汗を浮かばせながら畑を耕しているようだ。

 

 その顔には生気が満ち溢れ、悲壮感など微塵も感じさせない。

 そんなところから分かるように労働を強制させられているわけではない。

 彼、彼女たちが自ら生きるために進んで行なっていることだ。


「わあ、ミミズ、ミミズがでたぁ!」

「ちょっとそれこっちによこさないでね! ウチそれ嫌いなの!!」

「もお! ちゃんとお仕事しようよ! お姉ちゃんに怒られるよぉ」


 決して狭くはない畑を耕すのは骨が折れるだろうに。

 可愛らしい子供たちは元気いっぱいそれぞれ農具を振るっている。


 植えるのはサツマイモかジャガイモだろうか。


 畑の近くに建つ小さな宿泊施設ほどもある褪せた色の木板と赤い屋根が特徴的な建物。

 子供達の元気な声を聞きその建物からジーンズに白いTシャツという、何とも動きやすそうな格好をした女性が出てきた。

 そして、子供たちに一喝。


「ほらほら、早く済ませないと朝ごはん抜きだよ! 楽しくやるのは結構だけど、だらだらしなさんな!」


 ぱっちりとした目に少し癖のある長い黒髪を頭の後ろで束ねたまだ若い美しい女性。

 その快活な女性が笑顔を浮かべつつ、子供たちが耕している畑に足を踏み入れた。


「うわあ、かざねお姉ちゃんだー!」


「みんなーっ、お尻叩かれたくなかったらちゃんとしよー!」


「あはは、みんな頑張ってくれてるんだからお尻叩いたりなんかしないよ! 朝ごはんの準備が出来たから姉

ちゃんも手伝いに来たのさ、どこまで終わってるんだい?」


「もうあとあっちだけだよー」


「ん、もう少しじゃないか、早く終わらせちまおうよ」


 かざねと呼ばれた女性は子供たちが持つものよりも一回り大きな鍬を持った。

 そしてまだ耕し終わっていない区画に出向いて、やんややんやと話しかけてくる子供たちと共に土を耕す。


 どうやらこの子供たちの面倒を見ているのはこの女性であるようだ。

 しかし見た目からして親というわけでもあるまい。

 かといって朝食を用意したという口ぶりから、ただ面倒見の良いお姉さんというわけでもなさそうだ。


「ははっ! 今日もカラッとしたいい天気じゃないか。洗濯物も早く干さなきゃいけないねっ」


 風音は一度手を止め、突き抜けるような晴天を仰ぐ。

 首にかけた少しばかり黄ばみ、くたくたになったタオルで額の汗を拭った後、大きなタライに浸け置きしている洗濯物を思い出した。


「あれも早く干しちまわないとね」


 彼女を中心に青空の下えっさほいさと鍬を振り続けて数十分、やっとこさ全ての畑の土を耕し終わった。


 これから朝食にしようということになり、一仕事終えた子供たちはそれぞれ喜び勇んで建物に戻ろうとする。

 ……と、随分と遠くから何やら聞いたことのある重低音がこちらへ向かってきているのに気付く。

 かざねお姉ちゃん! と口々に疲れも吹っ飛びそうなぱぁっとした笑顔で呼びかけた。


「あらあら、随分久しぶりに聞くねぇこのエンジン音」


 みんなして音のする方をじっと眺め、その音の正体を今か今かと待ちわびる。

 風音は畑のすぐ横を通る舗装されていない砂地の道へ躍り出た。

 道のど真ん中に出てきた彼女に気付いたのかそのバイクは速度を緩めほどなくしてすぐ近くで停車し、エンジンの音が止む。


「よう雛坊、しばらくぶりだね!」


 風音かざねは優しい笑み浮かべ、よく通る声で元気な挨拶を一つ。

 バイクに乗ってきた彼もそれを受けてくすぐったそうに笑い……。


「久しぶり風音さん。元気そうで何より、お前たちも」


「ひな兄! ひさしぶりー!」


 わっとバイクの周りに集まってきた無邪気な子供たちは久しぶりに会う顔の訪れに心から喜ぶ。

 それぞれ雛樹の名を呼んだり、バイクをぺたぺたと触ったりして慌ただしい。


 そんな手荒な歓迎にもかかわらず、雛樹は足にしがみついてくる女の子の頭を撫でつつシートから降りた。


「しばらく見ないうちに畑が広くなったみたいだな」


「この子たちも随分慣れてきたからね。たくさん作物が取れりゃそれだけ腹いっぱい食えるってもんだからさ。で、今回は何の用で来たんだ?」


 そう言う彼女に対し、雛樹は持ってきた麻袋を突き出した。


「そろそろここにも顔出しておかなくちゃと思ってさ。ほら、これ使ってやってくれ」


「お、なんだいこれ」


 風音は渡された麻袋の中を見るや否や表情を曇らせ……。


「雛坊、あんた自分の生活物資だけでも大変だろうに……」


「俺の事は心配いらないっていつも言ってるだろ。食料もそこそこ入ってるはずだ、子供たちに食わせてやってくれ」


「とんだお人好しだ、まったく……。でも嬉しい、ありがとね」



 さあ朝ごはんにしよう。


 そう風音が明るく大きな声で言った。

 それを聞いた子供たちは一斉に家の方へ駆けだす。

 それぞれお腹減ったーやらもうくたくただよーやら、無邪気な子供らしい言葉を口にしている。

 ほとんどの子供達がつかれた体と減ったお腹を満たす朝食が待つ食卓を目指す。


 が、数人の子供たちは雛樹のジャケットの裾や袖をいじらしく、くいくいと引っ張って。


 「ひな兄ひな兄」「はやくいこー」「いこー」などと急かしてくる。

 雛樹は困り顔を浮かべながらもわかったわかったと返事をする。

 目を爛々と輝かせそわそわしている彼、彼女らを宥めつつ。

 引っ張られるがまま、自分も朝食の席につくことに。


 子供たちと共に家に入ると、この家屋を形作る木の香りが香ってくる。

 少しばかりの泥臭さはあるが、広く風通しのいいここはこのあたりでも生活しやすい環境にあるだろう。


 子供たちは靴を脱ぎ散らかし、バタバタと手を洗いに行ってしまう。

 そんな子供たちの背中をゆっくりと追いながら、雛樹と風音は言葉を交わした。

 ここの子供たちとの共同生活は大変だろう、まだ孤児は受け入れてるのか。そんな質問をされると風音は決まって笑顔でこう言うのだ。


「それがあたしの役目だからね」


 幾度となくその言葉を聞いてきたが広い器を持つ人だと思う反面、どこか無理をしているだろうことを感じずにはいられない。

 ここはいわゆる孤児院と言うものであり、親を失ったり捨てられたりした子供たちを預かり衣食住を与え勉学を教える……。その代わりとして先程の畑仕事のように様々なお仕事をしてもらっているわけだが。


 子供たちと雛樹が食卓を囲むここは広い家屋の中の一室。

 炊事場から繋がる大きな空間。

 そこにいくつかのテーブルが設置されていてそのそれぞれに子供たちが椅子に座って、パンやふかしイモをほくほくと食べていた。

 そのテーブルの一つに元から用意されていた風音の皿と、そして……。


「それひな兄の分ー!」


「みんなのから集めたの、たべて!」


 子供たちが大好きなお客様のために少しずつ出し合って作った朝食一皿。 

 そこには千切られたパンやイモが入った皿が置かれている。

 小さな子供達の気遣いを受け、雛樹は暖かい気持ちが胸に広がるのを感じつつ呟いた。


「お前たちも腹減ってるだろうに……」


 ここで“いらないからお前たちで食べろ”と言うのも無粋だと思い、一つまみのパンを口に入れた。

 おいしい、ありがとう。

 そう感謝の言葉を子供たちに向け言う。

 子供たちは少しばかり照れたり、えへんと胸を逸らしたり。それぞれ個性が出る反応を返してくれた。


「メイちゃんが一番多く分けたんだよひな兄ちゃん!」


「ちょっ、やめてよたまこー!」


 雛樹は子供たちに随分と好かれている。

 それをヒナキ自身自覚しているため、そんな好意を微笑ましく思わずにはいられない。

 自分に朝食を多く分けてくれたメイに改めてありがとうと言う。

 すると黒髪サイドアップの可愛らしい女の子はぽっと頬を赤らめて、えへへと嬉しそうに笑って見せた。


 そんな笑顔がこの子供たちと食べる朝食をさらにおいしいものにさせる。 

 愛情があれば何でもおいしくなるなんて言うが……それもあながち嘘ではないのかもしれないな。

 そんなことを思いながら一回り大きなパンのひとかけらを口に入れ咀嚼する。


 一足早く朝ごはんを食べ終えた子供たちは、みんな一様にそわそわしながらヒナキの元へ集まってきて……。


「ひな兄あそぼ!」


「あそぼあそぼー!」


 みんなして口々に雛樹へ言葉を投げかける。そう、彼等はヒナキがここへ来た時からずっと彼と遊ぶのを心待ちにしていたのだ。

 ヒナキもここへ来るたび遊んでやっているが、子供たちからかなり評判がいいらしい。

 それも歓迎される理由の一つとなっているようだ。


「ご飯食べた後すぐに動くと体に悪いからもう少し休憩してから外に行こうか」


「はーい!」


 素直にヒナキの言うことを聞き、子供たちはそれぞれテーブルに戻ってひな兄と何して遊ぼうかと和気藹々と話し合い始めていた。

 子供たちからの包囲が無くなったヒナキは風音に真剣な表情であることを問う。


「あれから“奴ら”をこの近辺で見かけたことは?」


 そう問われた風音は一瞬奴らが何か考えたようだったが、すぐに察したらしくああ、と相槌あいずちを打ち。


「あの化け物の事かい? この近辺では見てないねぇ……。じっちゃんが物資調達の途中で見かけることはあるらしいけど。それはこの近辺じゃないし……あ、そういえば」


 彼女は今の話題について何かを思い出したらしく両手をポンとたたき合わせ、ヒナキに視線を向ける。


「そういえば?」


「方舟に対する化け物どもの襲撃が増えてるんだってさ。本土から旅立つために作った方舟が化け物に襲われるなんて皮肉な話だよ」


「ん……あんまり興味の湧かない話だな」


 故郷を捨て、崩壊から逃れた箱舟を襲うその“化け物”とは。

 ヒナキの頭の中には鮮明な姿が浮かんではいるが、あまり想像したくはない。

 無理矢理脳内からそのおぞましい姿をかき消し立ち上がった。

 食べ終えて空になった皿を持ち上げ炊事場に運ぼうとすると。


「あたしが洗っておくよ、ひな坊は子供たちと遊んであげな」


 凛々しい顔をにこやかに綻ばせ、風音は皿を洗おうとする雛樹の肩をぐいと子供たちの方へ押す。

 押された雛樹は“本当に手伝わなくていいのか”と問うが、さっさと行ってきなと一蹴されてしまった。


 子供たちの元へと行き遊びに行こうかと声をかけると、待ってましたと言わんばかりに立ち上がり雛樹を連れて外へ飛び出していった。



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