極寒
再度機体の操縦を試みるが動かない。
勢いを増してくる浸水を横目に、雛樹はコクピット側面に備えられていた緊急時用携行兵装トランクを引き出し、中身を全て外に出した。
そして浸水してきている水で濡れる前にガーネットが身につけている衣類を全て脱がせ、自分も同じく脱衣しトランクの中へ収納し、閉じた。
緊急時に対して備えられているトランクなだけあり、密閉性は確保されている。
浮上する際に使用できる上、衣類を水で濡らさないように運ぶことも可能だ。
素っ裸だがここでそんなことを気にしている場合ではない。
ガーネットもそれを理解しているため、少しばかり身を縮めて恥ずかしそうにはしているが……。
「あとは俺の心臓が持ってくれるかどうかだな……」
ただでさえ多量の失血で身体の感覚が薄くなっているのだ。
このまま凍った湖の中に飛び出すなど自殺行為に等しいが、助けを待っている時間もない。
意識はあるためガーネットには背にしがみついてもらった上でハッチの強制解放レバーをひっつかむ。
強制解放によりハッチが勢いよく開かれ、そこから大量の水がなだれ込んでくる。
コクピットが完全に浸水して初めて、雛樹は機体外に脱出することができるが……。
冷たい……といより痛いほどの冷水に身が割かれそうな思いになる。
すでに体の末端どころか全ての感覚が奪われている。
「うううぅ……!! 息を大きく吸って止めろ!」
「…………ッ」
背に感じるガーネットの胸が大きく膨らむのを感じ、雛樹は同じく息を吸って止め、トランクを抱えて浸水してきた水へ潜り機体外へ飛び出した。
一瞬にして身体の感覚はなくなった。
しかし抱えたトランクの浮力で上昇している筈である。
水中、しかも夜のため視界が悪い……が、頭上には月の光が確認できる。
これが不幸中の幸いだった。
感覚がないながらも必死に足を動かし、浮力による上昇速度をさらに上げた。
思ったより深い湖だ。
1分はたったがまだ水面へ到達しない。
雛樹がこの状態で息を止めていられる時間は最大でも2分が限界。
それまでに水面へ浮上しなければならないが……。
……1分、1分30秒……2分。
暗く冷たい湖の中を浮上し始めて2分を超えた。
低温と酸素不足で視界が狭まり、暗くなってくる。
もはや月の光も確認できなくなってきていた時……。
「……ッハぁ!! げほっ、はぁッはッ……」
ようやく水面へ出ることができた。
だが今度は湖に張った分厚い氷が壁となって立ちはだかった。
これでは水から這い上がることもままならないが……。
「くっそ…………!!」
抱えていたトランクに、腕に装着していたワイヤーを巻きつけてから氷の上に放り投げる。
投げても届かず、何度か放り投げようやくトランクが氷の上へ乗った。
ワイヤーを引っ張り、十分なテンションがかかったことを確認してからワイヤーを巻き上げつつ湖面へ張った分厚い氷の上へ這い上がることができた。
正直もう意識を保っていることも難しい。
だがこのままだとガーネットの命も危ない……かもしれない。
かじかんだ手でトランクを開け、雛樹の衣類の一部を冷たい氷の上に敷いた上にガーネットを寝かせた。
その上で乾いた雛樹の上着を使用し、ガーネットの身体を拭き、彼女の衣類を着せて行った。
ガーネットの体はひどく冷たかったが、息はあった。
さすがはこの気温の中機外に出て平気な顔をしていただけはある。