置き去りにした者
拘束し、コクピットから引きずり出して拘束する。
それだけのことだった……のだが。
拘束対象が発した、それはもう消え入りそうな声で発した一言が雛樹の顔色を変えさせた。
“雛坊”
自分のことをそう呼ぶのは知り合いの中でも一人だけ。
本土に残してきたはずの孤児院で子供達の面倒を見ていた……風音という女性をおいて他にいない。
拘束に際し、抵抗するそぶりを見せた時に発砲できるよう構えていたハンドガン、その銃口を力無く下げた。
ガーネットは変質させた髪を操りメガロマニアのコクピット内からパイロットを引きずり出している最中、突然雛樹の意識が揺らいだのを感じ……。
「しどぉ? なぁに、どうかしたぁ?」
「……その人の顔を少し、確認したい」
「ん、はあい」
ガーネットの髪に縛られながら雛樹の前に差し出された。
胃袋を巨大な手で握られ絞られるような感覚に襲われながら……その女性の髪をかき分け、タクティカルライトで顔を照らす。
「かっ……風音さん……」
嫌な予感が的中した。
雛樹は左手で自分の髪をくしゃりと乱す。
ガーネットが自分に何か呼びかけているが聞こえない。
メガロマニアに搭乗していた、ドミネーター因子に侵された女性が本土で知り合いだった女性だった。
堰を切った水のように様々な考えが頭を巡る。
爺さんはどうしたのか、子供達はどうなったのか。比較的安全な本土軍直下の街へ移り住んでいたのではなかったのか。
俺が、本土に残っていればこんなことには……。
「しどぉッ!!」
バチン、と鼓膜がどうにかなりそうなほどの音ともに自分の頰が張り飛ばされた。
鋭い痛みのせいで巡っていた考えが一気に吹き飛ばされ現実に引き戻された。
「しどぉ、なにしてるのよぉ! この女のこと知ってるのぉ!?」
「あっ……ああ……。本土にいるとき世話になった人で……」
「ふぅん……。でも敵なんでしょぉ? このまま拘束して企業連に引き渡すぅ?」
「いや、ダメだ。それじゃあ、この先……」
見た所不完全ではあるが、ガーネットのように因子に適合している様子。
こんな状態で企業連に引き渡してみろ。
ガーネットが受けたように、人体実験の対象にされるだけだ。
因子に侵されている以上、この先に安らぎはない。
「しどぉ……殺すのぉ?」
ハンドガンの銃口を、拘束された風音の額に向ける。
握りこむ手がカタカタと震える。
初めて、人を……敵兵を撃った時のことを思い出す。
「あたしは別にいいけどぉ……。あたしが殺してあげよぉか? しどぉ辛そうよぉ」
本当に自分の身を案じてそういうガーネットに雛樹は今、自分がしようとしていることを省みる時間を作らされた。
俺は何をしようとしてる。
これから苦しみ続けないとならない先が待っているならここで終わらせてやった方がいい……そう本気で考えていた。
こうなったことが自分の責任なら……自分の手で……いや、馬鹿な考えだということはわかっている。
殺気。
雛樹は背中にひどい悪寒が稲妻のように走ったのを感じた。
瞬間、目の前に赤い光を見た。
拘束された風音の両瞳に灯った、グレアノイドの赤い光を。
雛樹のことを案じ、油断していたガーネットの拘束を引きちぎり、風音はメガロマニアの装甲へ足をつけ……。
雛樹に向かって貫手を繰り出す。
その一撃は雛樹の肝臓に向けて放たれ……そして。