第2節—換金—
深夜の軍事基地盗人騒ぎの後。
もう空には太陽が登っており暗かった空は雲ひとつない蒼穹へと姿を変えていた。
そんな空の下、荒廃した列島の海岸付近に行き場をなくした人たちが集まり作られた中規模の集落がある。
瓦礫と塵芥が積もる荒野を進んでいると突然現れるそこの中心。
小さくお世辞にも綺麗とは言えない商店がごてごてと集まる場所に、一台のバイクが止まった。
冷やされたエギゾーストパイプがカンカンと音を鳴らしている。
バイクから降りた青年はバイクのミラーで己の顔を覗き込んだ。
そこに映っていたのはぼさぼさと煩雑に伸びた黒髪の青年だった。
顔つきは日本人だが不思議なことに右の瞳だけ赤い。
瞳孔は縦長で獣のようである……が、ぶんぶんと頭を振って再び鏡を見る。
と、黒い瞳に丸い瞳孔と、ごく一般的な人間の瞳に戻っていた。
それを確認した後彼はバイクの元を離れ麻袋を担ぐ。
そして、ボロボロの木の板の壁を恥ずかしげもなく露呈する看板もない商店へと入っていく。
店内は外から見たボロさと比例した荒れようだ。
窓ガラスは割れたまま、照明は傾いていて壊れた棚の上には雑貨がめちゃくちゃに並んでいる。
それにとんでもなく埃っぽいしカビ臭い。
散々な店内のカウンターのその向こう。
そこには仏頂面の汚らしい白髪のおばさんが立っていた。
「おばさん、こいつを食料と交換してくれ」
「あーんたまた政府軍基地で悪さしてきたのかい。いつか本当に捕まっちまっても知らないよ!」
カウンターにごとりと重々しい音を立てて置かれた麻袋。
カウンターの向こうの女店主は、眉間にしわを寄せ目の前で苦笑いしている青年を叱る。
そうしながらもその女店主は片眼鏡を取り出しそれを耳にかけた。
麻袋に入っているものを確認するためだ。
「今回はやけに多いねぇ……。銃器に防弾着、装飾品まで入ってるじゃないかい」
「今回はちょっと入り用でな、深追いした。まあその分ヘマしたんだけど」
ため息まじりに古ぼけた椅子に座るその青年。
言う通り体のあちこちに傷を負っているようだった。
「ここ最近見つかったことなかったんだけどな……。弾掠めたとこめちゃくちゃ痛い。止血帯あるか?」
「そんな便利なものあるわけないだろう。ダクトテープならあるさね」
「剥がす時めちゃくちゃ痛いだろ。いいよ、もうそのままでいるから」
彼は執拗にダクトテープを押し付けてくる店主を押し返し、嘆息する。
「今日は食料だけでいいのかい? 現金はどうするんだい」
「金はいいよ。途中でノした三人からスッたから。食料と……あとそうだな、日用雑貨があれば。今から子供達のとこいくから持って行ってやりたい」
ポケットから皺だらけになった札を取り出し、ひらひらと店主に見せる。
「おいおい軍人相手に何やってんだいあんたは。首から下げたタグは伊達じゃ……あんた、盗みに入るって時もそれ下げてんのかい」
「服の中に入れてるよ見えないように。ポケットとかに入れてたら落とすだろ。これ大事なものなんだから」
そう言って取り出したのは黒いゴム製のサイレンサーが装着されたドッグタグ。軍人がよくとりつける認識票だ。
今や首から下げる意味はなくなってしまってはいるが。
「へえ、俺ももう23歳か……などと胸元から取り出したドッグタグを眺め、言う。
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NAME:SHIDOU HINAKI
RA-CTF201 No.0000031
10 Oct 56
AB POS NP
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取り出したドッグタグにはそう表記されている。
上から名前、所属部隊、生年月日、血液型宗教と並んでいた。
所属部隊の欄に書いてある意味はRA(正規兵)CTF201(第201合同任務部隊)31番目の兵士といった風だ。
「あの時あんたがズタボロの泥まみれで店に入ってきたのは驚いたねぇ。錆び付いた銃片手にこれを食い物と変えてくれーって言ってきたあの時からもう6年かい。早いもんだ、この時勢時なんて気にしなくなって久しいがね」
「戦線から逃げ延びて……随分苦労してたからな。おばさんには随分世話になってるよ」
そんなことを言いながらカウンターに次々と置かれていく物資を麻袋の中に入れていく。
それを聞きその女店主は昔を懐かしむように息を吐く。
そして、意を決したように切り出した。
「こうしてあんたの盗品を買い取るのも、これで最後かねぇ」
「え、なんだよ。場所移すのか?」
「いんや、政府軍統治下の街に店を構えられることになってねぇ。へっへ、ありがたいこったよ」
この集落はあくまでも、住む場所のない人間たちが寄り集まり形成された場所である。
治安を守る誰かがいるわけでもなく、防衛設備が整っているわけでもない。
インフラ整備などはもってのほかだ。
一方で内地には政府が抱える正規軍が治めている土地もある。
そこは地殻変動により崩壊し荒れた本土の住民にとってとても住みよく、防衛設備も整っている。
商いも盛んで治安もいい。
だがそこに住むにはある一定の収入を得る技術と、政府軍からの許可が必要なはずなのだ。
「どんなツテを使ったんだか。はは、まあよかった。俺はこれから物売る場所に困るけど」
「あっはっは、あんたのおかげで内地に店出せるんだ。代わりは紹介してやるさね。この集落でなく、もう少し内地に入っちまうけど」
「俺のおかげって……そりゃ大げさだ。でもそりゃありがたいな。できれば盗品のレートが高いところをお願いしたいね」
「はっは! あんたの盗ってくるものは高値で横流しできるからね。引く手数多だろうさ」
日用品やらなにやら交換したものを詰め終えて祠堂雛樹は取引を終えた。
「寂しくなるよ、おばさん」
「ああ、元気でやるんだよ悪ガキ」
「っは、ガキとかいう歳か俺は」
そう言って苦笑いを浮かべる雛樹に女店主は手を振って見送った。
店の外から聞こえる雛樹の乗ったバイクの音が遠くなったのを確認する。
と、すかさずなにやら小さな端末を取り出す。何かの通信機のようだ。
その端末についたボタンを滞りなく押し終え嫌な笑みを浮かべて口を開く。
「今出てったよ。あぁ、例の泥棒さ。行き先は集落の端にある孤児院さね。分かってるさぁ、盗品はもちろん返すよ。その代わり居住権と出店許可の件、忘れるんじゃないよ政府軍のお方」
そう言って通信機の電源を切る。
その女店主は店を見渡し笑う。抑え気味に、しかし実に愉快そうに。
「ほんと役に立つねぇあの子は。随分稼がせてもらった上にここ最後の稼ぎはこの子自身ってのも、皮肉がきいてて悪くないさね」