未確認機出現
上空の相手は相変わらず視認できないが、攻撃してくる気配もない。
だがこの重圧はなんだ?
先ほどまでの攻撃はいわば火力に任せた大振りぶっ放しの砲撃が多く、威力こそ異常なほど強大ではあったが捕捉が甘く回避するのは容易かった。
そう、先ほどまでの砲撃は群れる蟻を吹き飛ばすには丁度よかったがちょろちょろと走り回るネズミを狩るのには適していないのだ。
敵からしてみれば今や相手は二脚機甲1機と四脚機甲2機。
少数でかつ機動力のある相手に大振りな砲撃など当たらないことは目に見えている。
《ヒナキ! 上空から機体の気配が消えたとガーネットが!》
「俺も今気づいた……」
凍てついた湖、その中央付近の氷が溶け円形のくぼみが少しずつ開き、それが徐々に大きくなっていく。
先ほどまで上空にいた〝何か〟が降りてきた。
その何かは球形の不可視のエネルギーフィールドを張りながら凍てついた湖面中央で浮遊しているのだ。
「ターシャ、ユーリは待機頼む」
《単騎で向かうつもりですか? 無茶ですッ》
「相手の機体の全容も携行兵器もわからないうちに残存兵力全てぶつける阿保はいないだろ……」
雛樹の声はかすかに震えている。
口の中が乾き、操縦桿を握る手に汗が滲む。
凄まじい重圧を放つ相手に自分の肉体ほどうまく動かせないこの機甲兵器に命を預けなくてはならない不安感。
だがやるしかない。ここで目の前の脅威を排除しなければ後方にいる者達の命が危ないのだから。
ベリオノイズは隠れるのを止め、凍てついた湖面へと歩み出た。
関節部各部は冷え、金属が軋む音を立てながら稼働する。
隻眼に灯った赤い光が尾を引きながら氷の上を進む。
すると……目の前の敵機体、その球状のエネルギーフィールドが天辺から徐々に消えていき……。
浮遊する漆黒の機体が静かに姿を表すことになる。
その姿はステイシスアルマの専用機、ゴアグレアデトネーターと酷似した姿でありつつも、機体各部に鋭利な追加装甲と複数の未確認兵器が搭載されたものだった。
艶消しのグレアノイド装甲にはドミネーターの体表に見られる赤く光るラインが幾重にも走っている。
頭部の赤い双眸は真っ直ぐベリオノイズの方を見据えていた。
《WA・Megalomania……!? 嘘ぉ。どっから設計図持ち出したのよぉ!?》
「メガロマニア……?」
《しどぉ、それとまともにやりあっちゃダメよぉ!! 方舟の設計通りならそれはぁッ》
雛樹は操縦桿を動かし、一度距離を取ろうとした。
これほどまでに狼狽したガーネットの声を聞いてしまったのだ。
そうする他なかった。
だが……ベリオノイズは動かなかった。
レッドアラートが点滅し、異常値を示している荷重計を確認。
ベリオノイズ周囲の重力がなぜか通常の数十倍の値を示した。
「なんッ……」
全身が一気に押しつぶされる感覚。肺がまともに機能せず息をすることすら叶わない。
かろうじて手がかかっていた操縦桿を操作し、前面のスラスターを最大出力で稼働させた。
ベリオノイズのスラスター出力をもってしてもすぐに後退する事はなかった。
数十倍となった空間の中でもがくようにしながら後退し、その異常重力の中を抜け出せた。
抜け出した時、最大出力だったスラスターの反動で凄まじい勢いで後方へ吹き飛び、針葉樹林の中へ突っ込んだ。
《ヒナキ!! 大丈夫ですか!?》
《なんださっきのは……!?》
静流とユーリから通信が入るものの、雛樹は潰れかけた肺に酸素を入れるのに必死で返事ができないでいた。
鼻血がぼたぼたと膝の上に落ち、口を大げさなまでに開けて呼吸する。
何が起こった? 意味がわからない、理解が全く追いつかない。
《しどぉ、しどぉッ!! ダメ、止まっちゃダメぇ!! 動き続けて、お願いッ!! 死んじゃうってばぁッ!》