32話ー妹との面会ー
結月家の次女であり結月静流の妹であるユーリ=パヴロブナ=結月は17歳の女性兵である。
父親の特徴を色濃く受け継いでいる静流とは違い、母親の特徴を受け継いでいる彼女はウラジオストクの街で祖母と二人で暮らしていた。
母や父、姉の仕送りで生活には全く不自由なく裕福な暮らしができていたのだが……。
巨大な地震と共に突如現れたΔタイプドミネーターに街が破壊された。
そこはβタイプまでなら撃退させられるほどの防衛設備を備えた場所だったのだが、その中途半端な強さを持つ設備が仇となってしまった。
Δタイプに対し防衛行動を起こした設備は敵性と判断されてしまったのだ。
一瞬にして大量のドミネーター群に蹂躙されたがたまたま任務で郊外に出ていたユーリはその襲撃を受けずに済んだ……がしかし。
祖母は違った。
知らせを聞いて急いで戻ってきたユーリが見たのは街を縦断したΔタイプドミネーターによってすり潰された家。
遺体は……見れたものではなかった。
凄まじい質量で押しつぶされた家にさらに潰された祖母はもはや赤黒く異臭を放つ何かでしかなかった。
「本当にひどい有様だった。奴らへの憎しみでどうしようも無くなって気づいたら最前線だ」
「……すみません。本当はすぐに来たかったんですが」
「別になんとも思っちゃいないよ。頭を上げて欲しい」
ユーリが運び込まれた病室に静流が足を運んでいた。
アルビナは契約締結の為葉月と共にヴァレリーの元へ足を運んでおりまだ面会してはいない。
「日本語上手くなりましたね。前に会ったときは片言だったのに」
「もちろん。いつかはそっちへ行くつもりだったから。でも今は……」
「その件ですが……やはり賛成はできません。Δタイプ撃滅任務への参加なんて」
「何故? 祖母を殺された痛みは貴女にもわかってもらえてると思ったけれど」
「ユーリ、貴女まで失ってしまうかもしれないんですよ。賛成できるはずがないでしょう」
ウィンバックアブソリューターを駆る自分ですらあの強大な怪物相手にやり合えるかわからないのだ。
雪上戦闘に強い四脚機甲といえども、Δタイプに有効な攻撃手段がなければ太刀打ちできるはずがない。
「……それよりあの男は?」
「あの男? ……えっと、ヒナキですか?」
「そうだ。そんな名前だったなあのクソヤロウは」
「うあ! なんてお口の悪い子なんですか! クソとか言っちゃいけません!」
「うるさいな……。あの男はナメた態度であたしを軽くあしらいやがったんだぞ」
ユーリはまるで威嚇をする狼のような表情で病室の入り口を睨みつけていた。
「どうせそこにいるんだろ。ずっと気配は感じてたのよ」
「え……えっと……。まあそうなんですが……。あの、もう入ってきていいですよ、ヒナキ」
ずっと病室の外でスタンバッていた雛樹が深く深呼吸してから入ってきた。
と、静流が少しばかり吹き出しそうになり、寸前で堪えた。
「おいなんの冗談だその顔は」
「……」
雛樹の左目あたりに大きなあざができていて、血の気が引いて真っ青な顔も相まって中途半端なパンダみたいになっていた。
実はこれは数十分前、廊下の角を曲がった時出くわした若い男性ロシア兵に殴られたためできたのだが。
「あんたのボーイフレンドに一撃もらった」
「ボーイフレンド……? あー……まさかイヴァンか?」
「随分腰の入ったパンチだったよ。ひどい目にあった」
鼻に詰めた鼻血止めのティッシュをゴミ箱に投げ捨てながら青黒い痣をさする雛樹を見て、毒気を抜かれたのかユーリは口から出かかっていた罵倒の言葉を飲み込んだ。