30話ー救いの手ー
雛樹もガーネットもその内容を聞いた時、やはり嵌められたのだと思い至った。
こちらには読み取れないモールス符号、前線付近で待機していたロシア軍二脚機甲。
そして非殺傷性の麻酔弾を使用した兵士達。
全てが目の前にいるヴァレリー防衛長官の罠だったのだ。
そしておそらくこれは部下の兵士たちには知らされていない。
普通に伝えれば兵士たちの士気を下げかねないからだ。
損害賠償目当ての軍事行動など胸が張れたものじゃない。
「さあ、どうするね?」
酒焼けのせいかしゃがれてはいるが堂々とした声量で肩を落としていた葉月に向かってヴァレリー防衛長官は言う。
びくりと肩を小さく跳ねさせ、葉月は気を入れなおす。
うちの兵士たちが嵌められたのはここに座った時からわかっていた。
だから彼らを責めるつもりは毛頭ない……が、目の前に提示された金額は会社が傾くほどのものだ。
この要求を突っぱねて外交問題にまで発展させるか、素直に受け入れて金を工面するか……。
「しどぉ……こんな奴らあたしなら一息で……」
「アホか、よせ」
ずびっと鼻をすすったガーネットが剣呑な目つきで囁いたが、雛樹が小さな声量ながら強く制止した。
技術と戦力において方舟を超える国は無い。
だが一つ、強力な兵器の所持を世界から認められていない。
それは核兵器であり、主に核爆弾核弾頭の所持ができない。
一方でロシアは対ドミネーター用の核兵器を多数所持している。
そしてそれは言わずもがな、他国への抑止力ともなっており国交問題から争いに発展すれば一方的に核を撃ち込まれる可能性だってあるのだ。
力技は通じない……そもそも通じてはいけない。
世界の均衡はあらゆる兵器、戦力によってギリギリ保たれているのだから。
わかりました、要求を飲みましょう。
葉月がそう言おうと決心したその時だった。
この会議室の扉がひどく乱暴に開け放たれたのは。
「くだらん、くだらんなヴァレリー。老いた貴方が考えそうな実にくだらん要求だ」
「来たか女狐。随分と久しいじゃないか」
「アルビナ少佐!?」
驚いた葉月は静流が持っているものを見て目を丸くした。
通信端末が通話中になっており、今までの会話を端末を通しアルビナは全て聞いていたのだ。
「2週間この戦線を維持できればいいのだろう? なら戦線維持はこちらで請け負ってやる。それならば問題なく我が社のパーツで修繕できるはずだな」
そう、その発言を言い切れるほどの権限を持つ者が必要だったのだ。
だから静流は今作戦に参加していたアルビナを呼んだ。
Δ級の急襲によって緊急作戦会議に出ていたため到着は遅れてしまったが……。
「いいだろう。それで手を打ってやろうではないか」
「相変わらずの傲慢さだな。……ここに見積書と発注書を持ってきた。誓約書もだ。さあさっさと必要事項を書け」
方舟ならもう少しデジタルな処理を行うことができるのだが、ここではそうはいかない。
まだ紙ベースの書類が多く、それを持ってこなければならなかった。