26話ー完全包囲ー
当たると確信した麻酔弾が避けられ、かつ接近を許してしまう。
完全に体勢を崩した……と思わされたことに気づいた時にはもう遅く、冷静な判断を下せなくなっていた。
接近してきた男に対し苦し紛れにナイフを振るうが手首を捕まれ、残された銃を向け引き金を引こうとした。
だが男に銃を握る手ごと掴まれたかと思うと手首を返され、引き金を〝引かされた〟。
一瞬何が起こったかわからなかった。
腹部に感じる灼熱感。
ふと視線を落とすと銃底が見えた。
上下逆さで銃口がこちらに向かされている銃。
そして自分の腹部、ジャケットの上から刺さった麻酔弾頭。
相手が所持する得物を利用して制する技術を駆使され、麻酔弾をもらった彼女は次第に麻痺してくる己の体に抗えず膝をついた。
『力がもう……クソ、クソ! こんな男に……! このペテン野郎ォ……!!』
「腹に食らってまだ話せるのか? タフだな」
こんなところで意識を失った人間を放置すれば間違いなく凍死する。
前のめりに突っ伏した彼女に近寄り、持っていた銃を取り上げて自分の腰に差してから担ぎ上げた。
軽い。
こんな華奢な体でよくここまで戦えたものだと感心する。
「ウゥ……ウウウゥゥゥ」
「怖い」
担ぎ上げてからも完全に意識を失っておらず、体だけが動かない彼女はせめてもの抵抗として唸り声をあげていた。
麻酔が効いているためないと思うが、頚動脈でも噛みちぎられそうな重圧を感じる。
担ぎながら辺りを見回す。
(見事に囲まれたな……。ここまでか)
試合に勝って勝負に負けた。
まさにそんな気分だった。
目立ちすぎた、時間を掛け過ぎたのだ。
かなりの数の増援に囲まれている。
全員を相手に切り抜けるのはまず無理だろう。
どうする、担ぎ上げた彼女を人質にでもするか?
真っ当な手段ではないが0パーセントの可能性を少しでも上げることは可能だろう。
そう思って腰後ろに手を伸ばし、ガバメントの握りに手をかけたその時だった。
「ヒナキ!! 私です、結月静流です!! 今すぐ武装を解除して両手を頭に上に置き伏せてください!!」
「ターシャ!? なんでここに……」
「いいから早く!」
真正面から堂々と何者かが出てきたと思うと、大声でそんなことを叫ばれたがその声の主は結月静流だった。
あの容姿を間違えるはずがなく、雛樹は担いでいた女性兵士をゆっくりと降ろしてからガバメントを瓦礫の上に起き、手を頭の後ろに回して立った。
「ヒナキ、大丈夫です。私を信じて……」
「……」
雛樹は静流の呼びかけに答え、ゆっくりと膝をついてからうつ伏せに突っ伏した。
すると周りを囲んでいたロシア兵士が一斉に姿を現し接近してきた。
まず麻酔で身動き取れなくなった女性兵士を保護してから突っ伏した雛樹の両手首を掴み立ち上がらせ手錠をかけた。
『この猿が……!』
ロシア語で強く何か言われた。
多分罵倒か何かだと思うがわからず、雛樹は肩をすくめて見せた。
そうして連行される雛樹に随行する兵士に対し静流はロシア語でできるだけ強い語気を話す。
『丁重にお願いします、ね?』
『ふん……貴方の言葉でなければいくらか殴りつけていたところですよ』
『感謝します』
静流は兵士たちに連れて行かれる雛樹を見送ってから瓦礫に埋まったベリオノイズを発見し、急いで状態の確認を行った。
(上に乗ったウルフバックのおかげで致命傷ではありませんね。瓦礫をどければなんとかなるでしょう)
そうしてひと安心した静流は雛樹が連れて行かれた基地へと向かう。
 




