25話ー瓦礫の上で踊るー
雛樹は少しばかり安堵した。
日本語が通じるのならば会話ができ、自分たちが無害なことを伝えられるかもしれない。
「防衛作戦区域に入ってしまって申し訳ない。海上都市からデルタ級ドミネーターの撃滅任務で来たんだが他の部隊とはぐれたんだ」
「こちらは警告したはず。 入ってくるなと」
「あなた方の部隊のモールス符号がわからなかった。よそ者なんだ、大目に見て欲しい」
「お前がよそ者だろうがなかろうが知ったことじゃない。我々の警告を無視したものはどのような事情であれ一度拘束する。特に黒く……奴らを思わせるような機体に搭乗していた貴様は確実に」
雛樹はベリオノイズの装甲が黒いことに問題があるとは思ってもみなかったため面食らってしまった。
そもそも黒いと何が悪いのか……いや、もしかしてドミネーターを連想させるからか?
だがそもそも黒い兵器などいくらでもある。
そんな単純な話ではないだろう。
「だが貴様は一筋縄ではいかないようね」
ヘルメットを被ったままの彼女は弾倉を抜かれた銃に再び弾倉を銃底から差し込み、スライドを戻し弾薬を薬室へ送り込んだ。
そしてそこから流れるようにヘルメットを脱ぎ捨て……。
がつんと音を立てながら瓦礫の上を転がっていくヘルメットには全く目が向かわなかった。
アッシュブロンドの髪を頭の後ろで束ねた碧眼の白人女性。
大人の女性と言うには少し顔に幼さが残ってはいる……が、容姿としては幻想的な妖精を思わせるほど美しい。
きつく見えるが切れ長の目、小さな顔に整った目鼻立ち……いや、これは。
随分似ている。
結月静流……アナスタシアの母親、アルビナに。
「殺す気でいく。覚悟することね」
左手に銃、そして右手には内腿から抜いてきたフルタングナイフを逆手に握っていた。
近接戦主体のCQB独特の構え方であり対人に特化したスタイルだ。
だがその構え方に対し分析している暇は与えられなかった。
姿勢を低くしながら向かってきた彼女はためらうことなく腕を斬りつけようとしてきた。
しかも一瞬のうちに何度も。
突き刺し一撃必殺を狙うのではなく、反撃させる隙を限りなく作らないよう手数で攻めてくる。
あまりに低いこの気温、そして不安定な瓦礫の上でよくもこれだけ動けるもんだと感心しながらも雛樹は目で相手が振るう刃先を追って必要最小限の動きで回避を行う。
緩急をつけて襲い来る連撃を足の裏を床に擦るようにして後方に下げ避け、時には首の動きだけで避け、突き出した右手で相手の体を押して間合いを開けさせて流れを切ったり。
攻めに対して雛樹も限りなく小さい動作で対抗していた。
だが……。
「……ッ!?」
首を麻酔弾が掠めた。
超至近距離でナイフを振ったと同時に雛樹の回避する動作を予測して銃の引き金を引いたのだ。
非殺傷性の弾薬といえど少量の火薬とともに撃ち出しているものだ。
掠めれば皮膚と肉は切れて出血する。
本来ナイフと拳銃を使った近接戦闘技術は恐ろしく高難度だ。
何せ近接戦闘では銃を構え、狙うという動作工程を踏めないのだ。
なので感覚で銃口を相手に向けたと同時に引き金を引く。
本来であれば距離を取らせた際に駄目押しとして拳銃を使うのだが、目の前のロシア人女性兵士はゼロ距離のまま銃撃を織り交ぜてくる。
(遊んでる余裕はないな)
おそらく、相手は自分の動きを学習して徐々に追いつめてくる。
避け続けることは不可能だろう。
動きを読まれているのなら。
『……とった!!』
ロシア人兵士は口角を上げ、銃口を雛樹に向けた。
とっさのことだったためか日本語ではなくロシア語ではあったが、雛樹には何を言ったのか大体の予想はついていた。
雛樹は瓦礫に足を取られ、体勢を大きく崩したのだ。
その隙を見て彼女は銃を構えた。
そう、構えて照準を合わせたのだ。
相手にそれをする隙をもらったのだから、そうしない理由はない。
体勢を崩した……そう思わされているとも気づかずに。




