19話ー形勢逆転ー
(この速度なら……!!)
敵機の背後を取った。
しかし目の前の機体の反応速度は自分の予想を上回っていた。
背後を取ったベリオノイズに向かって銃器を持った腕のみを回し、発砲。
とっさに機体姿勢を下げたが右肩部を掠め、装甲が割れ剥がれた。
だが地面スレスレにまで下げた姿勢のまま一歩前進し敵機の脚部を腕でからめ取り……そして。
「もらった……!」
背面スラスターを瞬間的に全開にし旋回、その旋回の力を利用して敵機の左脚部を捻りもぎ取った。
片足を捥がれた敵機は崩れ落ちるようにして倒れ、ベリオノイズは旋回したため脚で何度か雪原に弧を描きながら静止する。
雪を舞い上げて止まったその隙を狙い、廃墟街の隙間を縫って一本の射線が通った。
大口径対ドミネーターライフルによる狙撃ではあったが巻き上げられた雪によって照準のシステム補正が甘く、散った雪を弾くのみでベリオノイズには当たらなかった。
ブルーグラディウスのパイロット、祠堂雛樹が師と仰ぐ結月静流が彼の操縦技術に特筆すべき点があると言っていた。
それは大胆な機体の姿勢制御と脊髄反射ともとれる反応速度、強靭な三半規管。
超出力のスラスターを使ってでの旋回など普通なんのシステムアシストもなしに行うものではない。
現行の二脚機甲ですらアシストがあっても間違いなく機体が明後日の方向に吹っ飛ぶか地面を転がることになる。
雛樹はそれを脚部のバンカーや敵機の脚を軸として行ったのだが、それでも旋回の際の遠心力で搭乗者の方が参るはずだ。
おそらくこの機体の設計者さえ予想していない動きを行うため、相手にしてみればたまったものではないだろう。
ふとHUDに表示されている時間を見ると戦闘開始からもうそろそろ5分立つ所だった。
「ガーネット、ガーネット! 聞こえるか、そっちはどうだ!?」
《2機止めたぁ……けどもう限かぁい。強制待機モードに入っちゃったぁ》
5分と経たずあの旧型二脚機甲で2機も停止させたことには流石と言わざるを得ないがここまでか。
「こっちは1機止めた。あと3機だな……そのうち1機は狙撃装備でこっちを狙ってる」
《一応こっちは廃墟の中に隠れてからシステムを落としたから、相手のレーダーから外れたみたいよぉ。近くに気配ないしぃ……んー?》
「なんだ?」
《今しどぉの方から変わった駆動音が聞こえたぁ》
「変わった? 俺の方からか?」
《これ2脚じゃない……。多分4脚の機甲兵器ぃ。しどぉ、あたし今から降りて援護するからぁ》
「馬鹿やめろ! 外は氷点下十数度の世界だぞ!」
《……。……》
「なんだ!? クソ、こんなときに通信障害か……!?」
なにかガーネットが話しているようではあったが激しいノイズが入り聞こえなくなってしまった。
だが、そのかわりどこからかこちらへ通信を繋がれ、透き通った……しかしどこまでも冷たい女性の声が聞こえてきた。
おそらくこれはロシア語で、雛樹には一切わからない言葉であったが、強くなにかを警告されているような感覚を覚えるものだった。