17話ー狼対羊ー
青い残光を残しながら吹雪に紛れまるで幽鬼のごとく接近してきている。
一気に距離を詰めるでもなくこちらの正確な位置を探りながら瓦礫の上をふわりふわりと跳ぶ。
戦闘経験の浅い部隊がとる行動ではない。
群れを成しじわりじわりと獲物を追い詰めて仕留める狼のような動き。
ここは狩場で、自分たちはそこに哀れにも迷い込んだ羊。
そういった構図がありありと頭に浮かぶ。
《しどぉ、これ逃げ切れないわよぉ?》
「みたいだな、地の利を完全に取られてる。まるで同じところをぐるぐる回らされてるみたいで気味が悪い」
高台にある固定砲台からの弾幕で行先を塞ぎ、行動を誘導させられている……ように感じる。
おそらくこのまま離脱しようとしても戦闘は避けられないだろう。
「仕方ないな。こうなりゃ多少強引にいこうか」
《んふー。そぉそぉ、そうこなくっちゃあ。しどぉのそゆとこお気に入りぃ。でもあたしは10分しか動けない上にほとんどの武装は耐ドミネーター用でヤッたら相手壊れちゃうわよぅ? いいのぉ?》
「破壊するのはまずい。半数……いや、2機でも動きを止められれば御の字か」
《んーそうねぇ……。じゃあ》
ガーネットは周囲を見渡し崩れた廃墟の瓦礫から何かを引きずり出してきた。
錆びて赤茶けたその建材は言わずと知れた鉄骨。
ところどころにまだ刺々しくコンクリートがこびりついているそれはまるで金棒のようであった。
その武器とも言えない物を左脇に抱えるようにして装備し、その上で腰部に吊り下げてあった予備兵装である元折れ式グレネードランチャーへ350mm榴弾を装填する。
システムを索敵モードから戦闘モードへ切り替えると残り稼動予測が半分ほどに減った。
《あたしは陽動ぉ。この子の機動力じゃ満足に近接戦できないしぃ》
「了解、今日は俺がお前に合わせる。稼動時間が5分を切ったら索敵モードに切り替えてなんとしてでも離脱してくれ」
《ん、わかったぁ。んひひ……じゃ、いっくわよぉ?》
昂ぶる気持ちを抑えようともせず、今までの鬱憤を晴らすかのように操縦桿を一気に倒す。
ペイブロウの頭部、メインカメラである両目に強く鋭い赤い光が灯り、持ち前の馬力で強く地面を蹴る。
400tの機体重量で蹴られた地面は深く抉れてめくり上がった。
そして迷うことなく一番近距離にいた敵機にまっすぐ突っ込んでいく。
今まで仕留める隙を伺っていた狼たちは一気に総毛立った事だろう。
しかしまだ理解はしていない。
自分たちが取り囲んで追い詰めていたのが羊ではなく、熊であったことなど。
ベリオノイズも行動を開始する。
ペイブロウの動きに合わせて周囲を取り囲んでいた敵機の動きが即座に変わったことをほとんど感覚で掴み取った雛樹はヘリックスモーリス部隊の機体から拝借していた高周波アックスを取り出し、ハーケン射出装置に弾薬を装填させた。
だがその行動が隙になった。
狼たちはその隙を待っていた。
背後からおぞましいまでの圧を感じ、肩越しに後方パノラマモニターを確認。
超至近距離で青い人魂のような光を見た。
いつの間にここまで接近されていたのか。
至近距離で何かを打ち込まれる。
そう判断した雛樹は左脚部のみアンカーを地面に打ち出して固定、右側背のスラスターを全開にし固定した左脚部を軸にして凄まじい速度でその場で旋回した。
敵機が打ち込んでこようとした何かは突然回避行動をとったベリオノイズには当たらず空を切る。
そしてその隙を突き、ベリオノイズはその旋回速度を利用して敵機脚部めがけて下段回転蹴りを繰り出し機動力を削ぎにかかった。
……だが、完全に隙をついたはずの攻撃は積もった雪を撥ね上げるのみにとどまった。
青い光を放つ幽鬼はその場で跳躍し蹴りを回避したのだ。