15話ー廃墟都市ー
谷底という暗い環境の中で激流の川を下るというのはたとえ雛樹であっても相当恐怖心を煽られる。
川の流れに足を取られないよう前照灯を点灯させながら慎重に操作しながらベリオノイズを進ませていく。
そんな中、ガーネットは割と本気で反省している最中である。
少しばかり浮かれすぎていたかもしれないと。
今回の任務においてガーネットは初めて長い間方舟の外に出ることになったため気分が高揚していたのだ。
楽しみすぎて任務前日の夜全く眠れなかったくらいだった。
あまりに眠れないので雛樹の寝顔をずっと観察していたという。
そのせいもあってか輸送船での移動中は延々と寝ていたのだが。
まさか自分ともあろうものが崖際で機体の姿勢制御ミスをするとは……。
もちろん慣れない古い機体、重すぎる機体重量と低出力の推進機関といくらでも言い訳の余地はあるのだが下手をすれば雛樹の命が危なかった。
自分が兵器であると言うことを忘れかけていた結果だ。もっと自覚を持たなければならない。
動作不良を起こす兵器など恐ろしくて使ってもらえるわけがない。
自分の失敗は使用者の死を意味することを、己の心に深く深く刻み込む。
(しっかりしなさいよぉ、ステイシス……)
相変わらず操縦に癖があるペイブロウを卓越された技量でその癖を補いながら操縦する。
常人には重すぎる操縦桿も尋常ならざる膂力を持つガーネットにとっては何でもないのだから。
そしてしばらくして両側の崖は身を潜め、開けた場所に出てきた。
谷底自体は15分ほどで抜けることができたためペイブロウの残りの稼働時間はあと15分ほど残っている。
雛樹とガーネットは町ある方向へ機体を向け、進み出す。
「相変わらずひどい吹雪だな……50mから先がほとんど見えないぞ」
《あたしも同じ感じぃ。この子目ぇ悪すぎぃ》
この子の目というのはペイブロウの低スペックメインカメラのことを言っているのだろう。
ガーネット自身の目はすこぶる高スペックなのだがペイブロウのカメラを通して見てしまうと、それに映ったもの以上のものは見えない。
《……! しどぉ、これなぁに?》
ガーネットは雪原に埋まっていた足元にあったなにかに脚部を当て驚いた。
雛樹は前照灯をそこに向けてそのなにかの正体を探る。
そこにあったのはなんでもない、人の住んでいたことのある場所ならよく見る光景だ。
「ん? 何って……建物の崩れた跡だな。よく見るとそこら中にある……。この辺りは昔随分広い街だったみたいだな」
コンクリートなどで建築されたであろうマンションや背の高いビルの成れの果て。
それがここら一帯に雪に埋もれつつも無視できない存在感を放ちながら広がっていた。
おそらくドミネーターの被害に遭い破壊されたのだろうが……。
中にはそのままの形を残し廃墟となっている建築物もある。この辺りならペイブロウを安置しておくのにうってつけだろう。
だがそこで思いがけない事象に行き合ってしまった。
正面、おそらく数百メートルは先の高台。
この吹雪の中でも確認できるほど強烈な一点の光。
それはちかちかとある一定の感覚で点滅している。まるで自分たちの存在を示すように……またはこちらに何かを求めているかのように。
雛樹とガーネットは口を開くより先に機体を遮蔽物になりそうな比較的大きな瓦礫の後ろに隠し、頭部のみ出してその光を確認した。
《しどぉ、あれなにぃ?》
「あの点灯の仕方から見るにモールス信号っぽいが俺が知ってる符号じゃない。まずいな……まさかここでロシアの軍が戦線を張ってたのか……? 下手に動けば外交問題だ……!」