7話ー火力不足ー
機体を横倒しにさせながら転がったことでできた雪原の巨大な轍。
ブルドーザーのように雪をかいたために大きな山を作りながらようやくベリオノイズは止まることができた。
コクピット内の照明は消え、明滅するモニターの明かりだけが目に入る。
頭を打って切ったのか鋭い痛みと閉じた右目の上を伝う暖かい液体の感触。
虚ろな目を可能な限り開き大きな耳鳴りを聴きながらコントロールパネルに手を伸ばし、システムの再起動を試みた。
2度繰り返したところで問題なくシステムは復旧し、照明が復旧したのを皮切りに次々と元の機能を取り戻していく。
HUDを確認すると重大な損傷があったのは機体前面部に配置されたスラスター部分のみ、その他機構は少なからずダメージがあるものの動くことはできるようだ。
吹き飛ばされたお陰でΔ級ドミネーターを中心とした群れからは抜けることができたようだがレーダーには群れの一部がこちらに戦線を伸ばしてきているのが確認できた。
Δ級がα級やγ級に指示を送り襲いにこさせているのだろう。
あくまでも破壊すべき敵性としてトドメを刺しに来るようだ。
ベリオノイズの両肘と背面部からハーケン射出機構から排莢された巨大な薬莢が4つ同時に雪原に落ち大きくめり込んだ。
そして間髪入れず自動装填機構から次弾が装填された。
しかしこのままではジリ貧だ。
一体一体は倒せるだろうがいずれ限界がくる。
だが先遣隊としての役割を担わされたからにはこれ以上主力である後方部隊から犠牲を出すわけにはいかない。
緊急自体により前線へ出たブルーグラディウスらウィンバック部隊と共に後方部隊の撤退が終わるまでここを死守するしかない。
先遣隊の中でΔ級の出現とともに群れの中に取り残されたヘリックスモーリス社の二脚機甲部隊を救助しようとする部隊はいなかった。
ヘリックスモーリス社は緊急でその救助に対し少なくはない報奨金を挙げたのだ。
だがその大多数は自分の命及び自分たちが乗っている機体の価値とその報奨金を天秤にかけた際に救出に向かう選択肢側に皿が沈むことはなかった。
それだけのことだ。
金のために無謀な救出に身を投じることはない。
各部隊を持つ企業もそれぞれ首を縦に降ることはしなかった。
もちろん夜刀神PMCの夜刀神葉月も明確に指示を出したわけではない。
Δ級とは一度対峙した経験がある上、ウィンバックアブソリューターの援護もある。
できないことはない筈だ。
提示された報奨金は大企業にとってははした金だろうがウチにとっては莫大な金額だ。
これをみすみす逃す手はない。
撤退を始めた二脚機甲部隊の中で唯一Δ級に向かってスラスターを全開にしていた。
だが、今になって思えばベリオノイズの貧弱な機体構成でどうにかなる相手でもなかった。
ここを打開するためにはまだあと一手たりない。
近距離ではなく、中距離以上の射程を持つ火力が要る。
アンカー射出口を前に向けて構えた直後、2回の電子音とともにレーダーに反応が出現した。
それはベリオノイズの後方約1km。
識別信号は味方二脚機甲。
GNC製量産型第1世代二脚機甲“Gn−IIIペイブロウ”。
本来なら倉庫奥で埃をかぶっているような旧世代二脚機甲の反応がそこにはあった。
その反応が見えた直後、まるでマシンガンのように放たれたのはいくつもの赤熱の砲弾。
その砲弾が低い弧を描いてベリオノイズの直上を掠め、正面にいる群れに向かって飛んでいく。
一斉に着弾したその砲弾はいくつもの爆発となり群れの中のドミネーターの体躯を引き千切った。
220mm榴弾ガトリングカノン。
兎にも角にも火力を優先した結果生み出された常軌を逸した過去の試作兵器。
そもそもその口径の榴弾をガトリングで撃ち出す際の衝撃でまともに照準を合わせられずお蔵入りとなったものを平然と使いこなす者が後方部隊から前線へ出てきていた。
「ふぅ……ほんと狙ったかのようなタイミングで来てくれるなお前は」
《しどぉ、おまたぁ》