4話ー撤退路ー
凄まじい地鳴りを発しながら走る。
雪を蹴り上げ姿勢を低くし、凄まじい速度で。
その黒い機体を敵性と見なし、β級ドミネーター群が赤き光の矢を展開する。
走っていた黒い機体は走るのをやめ、慣性を利用し雪上を滑りながら周囲に存在していたα級をひっ掴み、己の機体前面を防御するように持ち上げ再び走り出す。
持ち上げられたα級は抵抗し触腕でその黒い装甲を貫こうとするが、黒い機体その腕に装備されたバンカーで核を破壊され沈黙。
向かってくる矢をα級の亡骸で受ける。
だが矢の密度はその程度の壁で防げるものでは到底ない。
脚部、肩部等壁から露出している装甲が削られる。
「よせ、やめろ……くるな!!」
通信回線が閉じていると分かっていても叫んでしまう。
シールドも備えていないあのオンボロでここまで接近できただけでも大したものだ。
だから手遅れになる前に引き返せ。
壁にされぐずぐずになったドミネーターの亡骸を放り捨て、その黒い機体は死に体の自分たちの周囲に展開していたβ級ドミネーターと組み合った。
そして機体馬力にものを言わせ触腕を引きちぎり核を露出させ、蹴り抜いて破壊する。
何というデタラメで泥臭い戦闘方法か。おおよそ二脚機甲が行う戦闘とは言い難い。
《モーリス3……聞こえるか、モーリス3!!》
「ああ……、聞こえる」
ノイズ混じりに聴こえてきたその声に応える。
後方で脚部を一本失い火花を散らせているジェントスが起き上がろうとするのを確認し、それを手助けしながら言葉を続ける。
《すまん、足回りがイかれた……!》
「大丈夫だ。こちらは幸いまだ動ける」
《あの機体は……例の継ぎ接ぎのオンボロか……何にせよ助かった、奴に化け物どもの意識が向いているうちに撤退するぞ!!》
ロストし搭乗者の死亡が確認された機体はモーリス1と5の2機、大破し行動不能になった機体は1機。
行動不能になった機体の搭乗者は脱出し、行動可能な機体のコクピットへ移っていた。
「あ、ああ……!」
あの黒い機体が通ってきた道は死の海にできた唯一の撤退路。
まるで地獄に降りてきた蜘蛛の糸のようなそれを見逃すことなく、ジェントス2機はスラスターを使用し撤退を開始する。
「あの機体はどうするんだ!?」
《気にしている場合か! いいから全力で進むぞ、まだ包囲される!!》
「くそ……なんて情けない……!!」
助け現れたであろう黒い機体を援護することも叶わず、ただただ逃げに徹することしかできないことに歯噛みする。
その蜘蛛の糸のように拙い撤退路が完全に閉じきる前にこの死の海を抜けなければならない。
あの黒い機体のことを気にしている余裕は一切ない。
……。
「はぁっ……はぁっ……行ったか……」
この黒い機体……ベリオノイズで彼我の距離を全力で詰めた際の搭乗者にかかる重力負荷は相当なものになる。
内臓が全てごちゃごちゃにひっくり返ったかのような錯覚を覚えながらコクピット内のレーダーに映った2機の反応を視線で追う。
モニターに映し出された大破したジェントスに握られた高周波アックスを剥ぎ取り、迫ってきたα級ドミネーターに振るい、切り裂きながら後方のα級を巻き込むようにすっ飛ばす。