3話ー死の海ー
「マズイ、マズイマズイマズイ!!」
ドミネーターの洪水から逃げるように後退しつつ、光学式キャノン砲とチェーンガンを絶えず撃ち続ける。
深く積もった雪を蹴り上げて雪が機体前方に捲き上る。
その雪埃を弾き飛ばしながら無数の火線となって弾丸が群れへ突っ込み最前のドミネーターの装甲を削っていく。
物質化した巨大な光子を射出するキャノン砲を受け、宙にキリキリと舞うα級。
だがその後方から新たなドミネーターが次々と迫ってくる。
まるで大海原の波に対し攻撃でも加えているかのようだ。
《クソッ、取り付かれた!! 》
5機存在する中の1機のジェントスの前部にα級が取り付いた。
彼らはβ級やγ級のような赤き光の矢……つまり物質化したグレアノイド光での攻撃はあまり行わない。
その代わり、自身の硬質化した触腕で貫く、薙ぎ払うなどの行動を行うが……中でも取り付きゼロ距離の状態で行われる自爆攻撃は厄介だ。
Δ級の尖兵として動く時に顕著に見られるその自爆行為は範囲こそ狭いが二脚機甲1機を大破させるのには十分な威力を誇る。
「前面装甲をパージしろ!! 急げ!!」
取り付かれた機体の搭乗者は前面デンジャーアラートが鳴り響く中でコントロールパネルの中にあるレバーを引く。
すると機体前面、胸部と腹部に装備されていた爆発反応装甲リアクティブアーマーが強制的に起動し追加装甲を凄まじい威力で弾き飛ばす。
パージされ割れたその装甲は取り付いていたドミネーターごと宙を舞い、自爆したドミネーターの赤い爆炎と共に塵となる。
《うああ、畜生!! さらに涼しくなっちまった!!》
「モーリス5、言ってる場合か ! カバーしてやるから隊列の中央に入れ!!」
高周波アックスをふり下ろし、α級の胴体を裂きながら右側面で退避する仲間の機体を横目で確認した。
だが……。
《こちらモーリス2、前方に赤光の展開を確認! β級の矢がくるぞ!!》
吹雪の向こうに無数の赤い光を見た。レーダーで捉えたその数はおよそ数百。
β級のグレアノイド光の矢はジェントスの追加装甲でならある程度弾くことができるが、絶望的な規模の弾幕の前には……。
レーダーに映し出された攻撃波形がこちらに向かってきた。着弾までコンマ5秒。
周囲にはα級の群れ、回避できるはずがない。
矢襖に立たされた5機はまともに赤光の雨を受けてしまった。
掠り削れる装甲、直撃しリアクティブアーマーが起動。衝撃で幾らかの矢を弾く。しかし途切れない攻撃に凄まじい衝撃を受け2歩3歩と後退していく。
「おい、モーリス5! 応答しろ! モーリス5!!」
おびただしい数の矢が追加装甲の外れた機体前面部を貫きコクピットを串刺しにしていた。
破壊され電装系から漏電し、青白い火花がバチバチと噴き出し……。
その1機はゆっくりと後方に倒れ、雪を舞いあげる。
さらに左翼側に展開していたもう1機の肩部チェーンガンが赤い光に破壊され、詰まっていた弾薬が爆ぜる。機体が大きく揺れ膝をついた。
《クソ、やられた……!!》
動きを止めたことで赤光の矢が右椀部を直撃し、破壊された。
握られていたアックスが宙に放り出され弧を描く。
そして……。
《うあ、助けてくれェッ!!》
「間に合わない……!!」
動きを止めた1機に群がるようにしてα級が取り付き、モニターを埋め尽くした次の瞬間、巨大な爆発が巻き起こった。
集団で自爆を受けた機体は粉々に吹き飛び、レーダー上の僚機アイコンがロストする。
一瞬で2機も失った。ほんの数時間前までコーヒー片手に語り合った仲間が惨たらしく死んだ。
放心しそうになる寸前で意識を保つが……限界だ。
状況は変わらない。自爆の衝撃で身を引いていたα級が再び部隊を囲みつつある。
「ここまでか……」
まだ神に祈る間を与えられたこと感謝した。
通信で仲間がこちらになにか呼びかけているがもうほとんど聞こえない。
身体中の血の気が引いていくのを感じながらふと、レーダーモニターに視線を移す。
「なんだ……?」
2キロ後方。
目を疑うような速さでこちらへ一直線に向かってくる機体がいる。
数は1機、所属は不明。
まるで弾丸のように進んでくるその反応に言う。
やめておけ、死ぬぞ。
死の海に飛び込んで来ようとするその機体に警告する。
だがその言葉は届かない。通信回線はクローズド。その機体と繋がらない。
その反応は……2キロという死地への距離をためらうことなく一瞬で詰めてきた。
吹雪すら物ともせず、ドミネーターのごとく黒いその継ぎ接ぎの機体は……。