66話ー傷ー
「祠堂君!」
医療車の扉がバッと開き、息を切らせた夜刀神葉月が飛び込んできた。
雛樹はその慌てように目を丸くしつつ……。
「おおぅ……慌ただしいな」
「あ……ごめんなさい。……じゃ、なくて。大丈夫だったの!? 通信できないし中の様子わからないし心配で気が気じゃなかったんだけど!」
「深追いしなかったからそこまでひどい怪我は無い……俺はだけど。それより助かったよ、ベリオノイズ放り込んでくれて。溺れるとこだった。いやほんと……まじで死ぬかと思った」
「RB軍曹の状況説明がなかったらうちの大切な機体を放り込むなんて賭けできなかったけどね……。賽銭箱に大量の延べ棒放り込んだ気分だったわ……。ガーネットさん居たんでしょ? どこ?」
「まだベリオノイズのコクピットの中。出てきて他の奴に見られても面倒だからな」
「そ……そう」
「どした? なんかおかしいか」
「あ、いえ……肌着でも着たら?」
「あー……」
葉月は雛樹の無事を確認し、冷静さを取り戻したが……今の雛樹の格好を見て少々恥ずかしそうに目をそらしていた。
「だいぶ濡れたからな。洗濯して乾かしてもらってるんだ。着替え持ってきてないし。すぐに終わるそうだから」
「へ、へえ……。そうなの、ね」
いつも軍用ジャケットなどを羽織っているためわからないのだが、随分鍛え込まれた体をしている。
引き締まった胴体には生々しい大小様々な無数の傷がある。
それはドミネーターに受けた傷の他に銃創跡、切創跡など対人戦闘でついたと思われる傷……そしてその手術痕など多岐にわたる。
これまでの戦闘でついた傷であることは明白であったが……それでも多すぎる。
見てはいけないものを見ているようで心苦しいことこの上ない。
ただ不可解なのは右半身の傷はあまり目立っていないところだ。おそらくこれはドミネーター因子を発現させた際、浸食を濃く受ける場所であることが原因だろう。
再生速度が他の部位より早く、傷が治癒しやすいためか。
「ッハ、その傷が見苦しいとよ」
「ちがッ……! 私が請け負ってきた任務でついた傷だと思ったら……見るのが辛くて……」
冗談めいて野次を飛ばしたRB軍曹に対し、顔を赤くして訂正の言葉を投げた。
それに対して雛樹は……。
「小さい頃部隊のみんなによく言われてたな。傷は男の勲章だってさ。しょうもない慰めの言葉だってのはわかってるけどな、前線に立つ以上多かれ少なかれ絶対こうなるんだ。こんなの気にする方がやってられないだろ。あんたは十分気を遣ってくれてるんだからいくらでも仕事押し付けてくれ」
「そうね……そうなんでしょうね。きっと、あなたを使うということはそういうことなのよね」
「傷のある男は魅力的ですよ。少なくとも私にはとても魅力的に見えます」
急いで医療車に向かっていった葉月の後ろから歩いてきていた静流が入ってきて雛樹の体を見て言う。
「しずるん……」
「オォ、来てやがったのかしずるん」
「謹慎中じゃなかったか、しずるん」
葉月が結月静流を呼ぶときのあだ名がRBと雛樹にも伝播した。
「葉月……次この人たちの前でその呼び方したらぶち殺しますからね」
「……ご、ごめんなさい」