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第1節—企業連合傘下、グローバル・ノア・コーポレーション—

「……ッハ、俺がパレードの警備ィ?」

「おい! 上官だぞわかってんのかRB!」


 企業連加盟企業……グローバル・ノア・コーポレーション。

 センチュリオンノアの一角にでかでかと建つ、その本社で怒号が飛ぶ。

 特殊陸戦歩兵部隊、RB軍曹とその上官である短く刈り上げた白髪の屈強な中年男性に言い渡された任務に対し、呆れていたところだ。


「伊庭少尉、いい。落ち着け」

「しかし……」

「あァ……別に食ってかかってるわけじゃねェから落ち着けよ、伊庭少尉。おっさんもこう言ってる。“静かにしねェとこっから追い出すぞ”」

「毎度のことだが、このヤローはほんと怖いもんなしだな……!」


 書斎机に座る上官と、その前に足を開き背筋を伸ばし、手を後ろに立つ伊庭少尉。そして、椅子に座り長机へ足を放り出し……肘置きを使って頬杖をついた、なんとも無遠慮な格好のRB。

 明らかに異様な光景だった。


 着崩した軍服、いかにも面倒臭そうな表情も相まって、上官をコケにしているとしか思えないのだが、その上官本人はなんとも思っていないらしい。


「俺ァどんな仕事にも別段文句つける気はねェが……。元から入ってた制圧任務他の奴に任せてまで、警備につかせた意味が知りてェわけだ」

「と、言ってますがどうでしょうか……中佐」

「わざわざ合いの手入れてくれンのか。ありがたいね」

「黙れRB!」


 「いちいち遊び心のない少尉殿だぜ」などとぼやきながら、上官の言葉を催促した。


「最近、国籍不明の潜水艦を方舟近海で見かけたらしい」

「何隻よ?」

「一隻だな」

「ハッ、一隻か……。バックに本隊がいる可能性もあるんじゃねェか? そこはもう調べてんだな、もちろん」

「当たり前だ。周囲500キロには他の艦は発見されていない」

「強襲用のじゃねェな……まあなんにせよ、今回のパレードにはやけに豪華な得物が出揃うらしいじゃねェか」

「そうだ。企業連は重要区画を我々に任せたいらしい」


 そう言いながら、中佐はパレードの進行ルートマップをRBの目の前に展開させた。

 RBはモニターが放つ光を目に受け、眩しそうなそぶりを見せながら、片目を開けて確認する。 

 企業連合本部から、セントラルゲートを一直線につなぐルートなので、もちろんのことながらまっすぐだ。迷う余地もない。


「第三区画……ど真ん中たァ、特等席だぜクソッタレ」


 この区画は、露天や催し物が多く出る。パレードの中でもっとも観客が集まる区画だ。市民が多く動き辛い中での警備のため、ここには練度の高い兵士を配置し、万全を期すことになっているのだ。


「ここの警備の人員リストは表示できたりしねェのか?」

「今表示させた。ほとんどが我々の兵士だ」


 第三区画の警備を担当する兵士の名簿に目を通してゆくRB。ほとんどがGグローバルNノアCコーポレーションの兵士だが、所々に別企業の兵士の名も見える。

 重要区画だけあって、警備を多く配置するのだろう。


「オイオイ、弱小PMCから出す兵士なんているのかよ。ああ、こいつは……結月静流を負かした奴じゃねェか。本土上がりなんだってなァ。し…シド……なんて読むんだこいつ」

「しどう、ひなきだよ。チィ……いけ好かない野郎さ」

「なんだァ? 知り合いかよ、伊庭少尉」

「昔な……。なんでこいつが静流さんと……」


 にやけているRBとは対照的に、歯ぎしりをする伊庭少尉。彼は雛樹について何か知っているようだが……。


「俺のガールフレンドに何をするってかァ? 結月静流はモテるねェ」

「女性恐怖症のテメーには言われたくないな、RB」

「恥ずかしまぎれに言うと思ったぜ、ジョークのわかんねェ少尉殿だ、なァ?」


 そう言って、ひょうきんに中佐に同意を求めるが、中佐は呆れたようにため息をついた。


 RBはジャケットの胸ポケットに入れていた、赤い小箱を取り出した。どうやらタバコの箱のようなのだが、慣れた手つきでそこから一本タバコを取り出すと、口にくわえ。


「ほれおっさん。煙草切らしてんだろ」


 上官である、中佐に投げ渡した。その様子を見ていた伊庭いば少尉は発狂寸前だったが……。


「おお、気が利くじゃないか」


 RB軍曹、そして伊庭少尉の上官である彼はタバコが切れると見せる癖がある。 その癖はほんのちょっとしたことなのだが、それに気づきいち早くタバコを渡した彼を褒めた上官に、伊庭少尉は目を丸くした。


「せめて火をだな……!!」

「あァ、おっさんは自分のお気にがあんだ。そいつでつけた火でしか吸わねェ」


 意気揚々と、その上官は手のひらに収まるほどの小さなオイルライターを取り出し、火をつけた。

 二人して一服。同時に紫煙を吐き出した。RBはボハァと豪快に。その中年上官は細く長く上品に。


「やはり我が社の葉は上等だ」

「タバコがうめェから配属先に選んだんだぜ」

「嘘だろ……!」

「ッハ、ジョークだよ。いちいち本気にすんな伊庭少尉。これだから真面目ちゃんは困るぜ」


 顔を、熱した鉄のように赤くする伊庭少尉に目もくれず、RBは任務のことについて話し出した。


「敵性組織が動くかもしれねェってこたァ頭に入れとくよ。金もいいみたいだしな」

「階級点は制圧任務ほど入らんが……」

「金さえ入りゃ階級にゃあ興味ねェが……そうだな。まあ、退屈しねェことを願っとくぜ」


 この部屋の窓から見下ろせるセントラルストリートでは、あらゆる重機、工事用二脚機甲などが三日後のパレードに向けて作業している。

 三日をかけて準備をするほどの手の入れよう。それだけ、この方舟に拠点を構える企業等にとっては大きな催しなのだろう。


 そうして、企業の持つ軍部で警備を受け持つ兵士たちは、その日に向けて英気を養うことになる。ただし、その中でも一人異質な人物がいた。


……——。


「……くあ」


 大きなあくびをしながら上半身を起こす、祠堂雛樹。周りはやけに殺伐とした打ちっ放しのコンクリート壁。

 そこら中に張り巡らされたパイプライン。無造作に置かれたコンベア……。


 ここは、放棄されたなにかの工場、その跡地。

 あまりに現実とかけ離れていた、海上都市のきらびやかな街並みとは打って変わって、本土のような汚らしさを感じさせている場所だ。


“旧都市”。まだこの方舟が、本土の一部だった頃の名残であり、今栄えている都市が見捨てた蚊帳の外。

 海上都市の一端に存在する流れ者が住まう土地。


 今ここにいるのには、訳があるのだ。


『これ以上、結月に世話になるわけにはいかない。自分の足で、自分の力でこの都市が

どんなところなのか見てくるよ』


 そう言って、与えられるはずだった部屋を捨て一人、生活することを選んだ彼だったのだが……。

 とりあえず野宿かと綺麗な公園のベンチで寝転がると、セキュリティのためだか知らないが、小型の巡回飛行ドローンが頭上から警報を鳴らしてきたのだ。

 どこへ行こうとついてくる上に、終いには警備兵を呼ぶわで一悶着あり、ここまで来てしまったのだ。


 ジャケットを羽織り、身なりを整えた後夜刀神民間軍事会社へ出勤することになった。

 今日はセントラルストリートパレード当日だ。先日ここにいた、柄の悪いお兄さんを追い出しついでに拝借した、携帯端末で現在時刻を見ると……朝の7時。

 まだ余裕がある。そしてさらに、口の悪いお兄さんの懐から拝借した紙幣をポケットから取り出した。乱暴に突っ込んでいたので皺だらけになってしまっているが……


「途中でなにか買って食べるか……」


 雛樹が驚くべきことに、この年には24時間ずっと空いている店がある。初めて行った時は店主がいつ寝てるのか不思議でならなかった。しかし、次に行った時に店員が変わっていることに気づき、ローテーションを組んでいるのかと納得したものだ。

 本土部隊にいた時に、歩哨ほしょうとして立っていたことを思い出す。あれも、ローテーションを組んで一人一人が休めるようにされていた。


 暴飲暴食と取られかねないほどの朝食を袋いっぱいに詰めて、所属PMCの扉をくぐったのがそれから一時間後。


 その事務所には、とんでもなく不機嫌そうな表情である紙を手にした夜刀神葉月が、仁王立ちしていた。


 目を丸くしながらも、ハムスターのようにパンを黙々と口に入れていく雛樹は彼女の出方を待つ。そして、夜刀神葉月は口を開いた。


「……これ、見なさい」

「ん……」


 食パンを口にくわえたまま、葉月が突き出してきた紙を見つめた。

 一番上には請求書、とだけ書かれてある。


「あなた、セキュリティドローンを破壊したのね……しかも10機!!」

「んぐ……。いや……あまりにもうるさかったもんでつい」


 はじめこそ不審者として、飛行するセキュリティドローンに追いかけられていた雛樹だったが、素手と投石で二機撃墜したところで立場は逆転していた。

 そのエリアを巡回しているドローン全て破壊してしまえば、静かに野宿できるのではないかと考えたのだ。

 それがまずかった。


「いち、じゅう、ひゃく……ゼロが多い気がするんだけど」

「企業連の印が押された請求書を疑うより、自分の頭を疑ったらどうかしら」

「……あれこんなに高かったのか」


 請求書に書いてある値段は、約60万円。当然、雛樹に払えるわけがない。


「今日、ちゃんと稼いでくること……。少しでもヘマをすれば……わかってる?」

「ヤ、マム」

「渡した資料はしっかり読み込んであるわね? もう一度確認するから出して」

「便所紙にしたからもうないんだ、悪い」

「……」


 この建物自体が振動する勢いで、葉月の怒声と罵声が突き抜けた。両目を閉じ、口を真一文字に結んでなんとも言えない表情をしながら、甘んじて全ての言葉を受け切った雛樹。


「データが嫌だというから、わざわざ埃かぶったプリンター引きずり出してきて紙に印刷したというのにぃぃぃ……」

「内容はちゃんと読んだよ。やることはわかってる」

「うぅぅぅ……まあ、いいわ。仕事はきっちりこなす人間だとしずるんに聞いているから……」


 そこから、“仕事道具”の支給が始まった。このPMCで働く……そして、この方舟を護る一兵士としての個人を確立するための、大事な物だ。

 己の使う装備は、リクエストを出していた。その大半が、この都市では“アンティーク”などと呼ばれるものばかりだったので用意するのに時間がかかり、当日支給になってしまったのだが。


 テーブルに重々しい音を立てて乗せられた幾つかのハードケース。それを開き、夜刀神葉月は説明を入れた。


「ご希望の96式小銃は流石に手に入らなかったから、M4カービンで我慢してちょうだい。NATO弾ならまだ出回っているから、弾薬費用も少なくて済むし」


一つ目のハードケースに入っていたのは、メインアームだった。過去、米国で人気を博したM4小銃。黒いつや消し塗装に浮かぶ鈍い光沢。ダットサイトとレーザーポインター、そしてサイレンサーとアクセサリがすでに装着されてしまっている。


「……」

「何か不満?」

「いやM4のCクローズQクオーターBバトル仕様なのは嬉しいよ。でもごてごてしすぎな」

「それ、米軍の知り合いから譲ってもらったものなの。中古品だから、つけっぱなしなのよ。近接戦に長けていると聞いたから、取り回しやすいものをって言ったら倉庫から引っ張り出してくれたわ。オーバーホールは済ませて注油もしてあるから……弾倉は三つで十分?」

「十分かな」

「じゃあ次ね」


 もう一つのハードケースを開けると、今度はサイドアームと真新しい、スティック状の携帯端末、そして……なにやら腕に固定するであろう装備が入っていた。


「お望み通り、M1911を手配したわ。ほんと、変わり者ね。無反動、リロード不要の銃が主流のこのご時世に、45口径の実弾を使いたがるなんて」


 目を輝かせて、スライドを引いて調子を見たり、握りを確認したりする雛樹を見てため息をつく夜刀神。


「やっぱりガバメントが一番しっくり来るよ。この重みといい、握りといい」

「一応消耗品は替えたけど、それ相当古いやつだから信頼性は低いわよ? ちゃんと自分でメンテナンスすること」

「うい」

「あと弾薬! あまり出回ってないから高いのよ。そこは費用で落とすけど、気を遣って」

「……うい」


 そして携帯端末を渡された時、同じようなの持ってると差し出したものの……どこで手に入れたのか問われ。


「なんかすごい恐いお兄さん方のポケットに入ってた」


 と、伝えると床に落とされて踏まれ、壊されてしまった。なんでも、GPS機能を使って居場所を探ることができ、報復を受ける可能性が少なからず存在するから持っていてはいけないという。


「ああいう手合いはまだかわいい方だぞ。お薬売ってるマフィアとかに比べたら。たまにものすごい用心棒連れてたりするんだ」

「その用心棒だけど、“金さえあればこの都市では兵士を雇える”から怖いのよ。報復に来るのが、そのチンピラの仲間だけだとは思わないことね」


 雛樹はそこでようやく反省の色を浮かべた。そうか、民間軍事会社なんてモノが普通に存在する都市だ。金さえ払えばなんでもするような企業だって必ずあるに決まっていた。

 それこそ、他のPMCか、傭兵か、はたまたどこぞの企業が持っている軍隊か。


「その通信デバイスの側面についてるボタンを押すと、小型のヘッドセットが分離するから。任務中はそれで私と連絡を取り合うことになるわ」


 雛樹は言われた通りにその通信デバイスを弄った。すると、内蔵されていた小型のインカムがせり出してきて……とても感動した。こんな先進的アイテムを自分が使っていいのかと。


「言っておくけど、これ結構ポピュラーなデバイスだからね。こんなもので驚いていたらこの先……パレードで任務を忘れかねないわ」

「そんなにすごい催しなのか……。忘れたら申し訳ない」

「忘れるな! っていうか、忘れる可能性はあるのね……心配になってきた」


 そして、非殺傷性手榴弾を幾つか、殺傷性手榴弾をひとつ入れたホルスターと、ナイフを“二本”。

 一本は“使ってしまった”時の予備だと雛樹は言ったが、夜刀神葉月にとっては、その意味が理解できなかった。

 ナイフを使うというのはわかるが、果たして一回で使い潰してしまうようなものなのか。



「そして、これがアンカーガンよ。高所の窓からの強行突入等に使われるアンカー射出装置。必須なんでしょ?」

「本土でもよく使ってたんだけどな。政府軍に没収されてから心もとなかったんだ。助かるよ」

「これ……扱い難しいけど大丈夫なの?」

「問題なく使える。自分よりでかいやつ相手にするときは役に立つんだ。立体的に動けるし、何より逃げるのに便利だ」


 本土にいるとき、これを使って政府軍基地の高い壁を越え、何度侵入していたか。扱いは慣れたものだ。

 簡単に言えば、高い所にアンカーを飛ばし、巻きつけるか刺すか、固着させて固定。モーターでワイヤーを巻き上げて高所に登るために使う装備だ。


 薄く、小型に作られているため腕にベルトで固定しジャケットの袖で覆い隠せる。ワイヤーを掴むことも想定されているため、ハーフグローブも着用しなければならない。


 射出と巻き上げは装置についているボタンで行うため、使用する際には左手で押すか叩くかする必要があるのだ。


 ここまで装備が整うと、本土で部隊にいた頃を思い出す。この事務所の地下である程度の試射を済ませてから、雛樹は一人、パレードの警備部隊が集まる企業連本部へと向かうことになった。


……——。


《企業連合正規部隊、かがり正孝まさたか将軍、お言葉をお願いいたします》

「ああ、皆。今日は一年……待ちに待った我々センチュリオンノアの防衛力を誇示するための催しである。偵察、スパイは見つけ次第無力化し、危険因子は一つとして逃すでないぞ」


 雲ひとつない晴天の下、何百人という兵士が広場で整然と並ぶ。その最善で高台に上り、背筋を伸ばし堂々とした声を出すのは、企業連合直属の軍隊、それをまとめる幹部の一人、かがり正孝まさたかという老人だった。


 腕のいい兵士たちが集まってはいるが、こうも多いと個人など有象無象と成り果てる。そんな塵の中で一人、顔面を蒼白にさせている雛樹は、重たいM4カービンをスリングベルトで首から下げたまま力なく敬礼していた。


「おい!! 集合がかかってるんだぞ、RB!!」

「あァ、知ってるよ伊庭少尉。ほんと規律に厳しいやつだな」

「馬鹿野郎、ルールを守らねー奴が警備だなんだ言えるか!」

「あんなロートルの話なんざ聞いてあんの得になるってんだ。こちとら若者25年目だっつうの。いい加減人の話聞かねェでも問題ねェな」

「この野郎はダメだな! ホンットにダメだな、くそったれ!」


 まだ警備が配備されていない、最重要区画であるセントラルストリートをまたぐように展開された、物質化光ぶっしつかこうのモニター。

 厚さ数ミリのそのモニターの上に、気怠げな言葉をGNC所属、伊庭少尉に返す彼は居た。

 しゃがみこみ、両手を膝の上に乗せてタバコを口にくわえ、急ぎ足で集会へ向かっていく伊庭少尉の背中を見ながら肩を竦めた。


「ハン。真面目なのは結構だけどな。狡猾な外敵はそのお話が終わるまで待っちゃくれねェぜ? 早速稼ぎ時が頭を上げやがった」


 GNC所属、RB軍曹。彼の背には自分の背丈はあろうかという刃渡と、分厚い幅を持つ大剣が、ベルトで固定されている。

 腰には50口径を超える、大型の輪胴式拳銃リボルバーが見える。


 格好は、赤を基調とした軍服のカーゴパンツと、黒無地のタンクトップのみ。大柄な武器とは対照的なラフさである。

 その鷹のように鋭い瞳は、遥か先の高層ビル、その屋上を捉えていた。


「RBだ。オペレーター、聞こえっか」

《こちら司令室。第三区画配備中のRB軍曹ですね。どうかされましたか?》

「アイゼンロック社の自社ビル最上階に、何かのレンズの反射光が見えた。衛星で確認してロックしな。座標を送ってもらえさえすりゃ追跡してやる」



……——。


「警備兵の連中は何してる」

「……企業連本部に集結している。朝礼でもしているんじゃないのか?」

「はっ、のんきなもんだ」


 主に建築業を生業とするアイゼンロック社、最上階。全身を、この金属質な都市に溶け込みやすいよう灰色と黒のデジタル迷彩装備で固め、黒い覆面で顔を覆った何者かが4名。そこで下界の様子を伺っていた。

 その中の一人が高倍率の特殊双眼鏡を覗いている。覗いている景色の端には、覗いた先の距離、現在の高さからの差が表示されていた。そしてリンクしているサーバーから取得した個人情報から、体型、顔などの要素を持って個人を割り出すサーチ機能も機能していた。


「最重要区画も、警備のいない今のうちに確認しておけ。俺たちのパーティー会場はあそこだからな」

「了解」


 双眼鏡の視点を移動した先には、パレードの準備で一等華やかにされている第三区画。もう既に賑わいを見せるそこには、たくさんの露天や空中遊歩道も設置されていた。


「はん。なかなかいい盛り上がりじゃないか。これは都合がいい」

「作戦ポイントはどうなってる」

「ああ、まて、今確認す……る」

「どうした」


 なにか様子の変わった双眼鏡を持つ男に、他の者が声をかけた。


「モニタの上に乗ってる野郎がこっちを見た」

「なんだと? 警備兵か?」

「あの装備はそうだろうが……妙なものを持ってやがるな。いや……それより。あと10秒前後で識別できる……待て」


 その、薄いモニターの上にしゃがみこみこちらを見た男の照合が進む。30%、40、60、90……。距離は9000メートルをかるく超えている。視認するのは難しいと思われるのだが……。


「GNC所属のRB。階級は軍曹……」

「RB!? 待て、RBが配備されているのか? 情報では、別任務に就いている筈だ!」

「ですが、あの対ドミネーター用トリガーブレード。間違いありません」


……——。


《座標、1・44・5に不審な人物を4名確認。マーカーを打ちます》

Allオゥル Rightライト。ネズミちゃんにご挨拶といこうじゃねェか」


 RBは、背負った大剣の柄を右手で引っ掴むと、ベルトを千切らんばかりの勢いで引き抜いた。

 おおよそ常人が持つ質量ではないその大剣を肩に担いだあと、横に大きく振ると同時に柄のトリガーを引き絞る。


 すると、その場に圧縮されたような火だけが残り、RBの姿は一瞬にして消えてしまったのだ。


……——。


 RBが目をつけた、アイゼンロック社の最上階はざわついていた。イレギュラーが発生したのだ。


「撤収だ。ここを放棄する! 厄介な奴に勘付かれた。既にマークされている可能性を考慮し、EMP発生装置を設置。タイマーは1分だ、急げ!!」


……——。


「チィ、イーグルアイが居やがる」


 三番区画から外れ、高層ビル街、摩天楼を跳んだRB。背に背負った大剣は、二脚機甲が開発される以前に、歩兵が扱える対ドミネーター兵器として試作された物。

 剣内部に推進機構を内蔵し、各部に備えたブースターで刃、そして 所持者すらも加速、標的ドミネーターを無理やり両断するよう設計されたが、扱える者がいなかった代物だ。

 もちろん、歩兵が扱える対ドミネーター兵器としては失格。今では過去の異物と成り果てていた。


 オフィスビル、30階付近の壁を蹴り、大剣の推進力で真横に弾き跳んだ……その後に遅れて聞こえてきた弾頭の擦過音が耳に残った。


 狙撃されている。


 自分が目をつけた場所とは別の場所からだ。アイゼンロック社の最上階にいた不審人物に勘付かれたか。

 この狙撃は逃走時間を稼ぐためのものだろう、が。あまりに精度が高すぎる。このままでは不審人物に逃げられるが……。


「危ねェッ」


 とっさに勘で射線上へ放り出した大剣で狙撃を防いだ。空中で火花が散り、進行方向とは逆に弾かれ推進力が死に、体勢を崩し頭からまっさかさまに落下していく。

 耳をつんざく風切り音を聞きながら、RBは空中で体を捻り体勢を整えた。


(冗談じゃねェぞ……。象撃ちの得物で、当たる場所に置いてくるような……)


 耳元を通れば、鼓膜を抉られるほどの衝撃を孕む弾丸。その衝撃から、大口径の狙撃銃を軽く扱う狙撃手と予測する。昔、本土人でこんな射撃をする敵兵士がいたことを思い出した。


 射線を遮る高度まで落下した後、すぐさま大剣の爆発的な推進力を利用して跳んだ。アイゼンロック社のビル壁に取り付き、垂直に跳んで最上階へ到着した頃には……。


Damnクソッ it!!」


 視認していた不審物は逃走した後だった。司令室に通信しようとしても繋がらない。不審な機械音に気付き、そこを視線を落とすと奇妙な円盤型のデバイスが稼働していた。


 すぐさま大口径リボルバーを抜き出し、破壊すると通信が回復。隣で火花と煙を上げるデバイスを無視して怒鳴った。


「逃がしちまった!! マークしてるか!?」

《EMPで全ての追跡機器が一時的ですがショートしました。追跡は不可能です》

「ツいてねェな……狙撃された、把握してるか?」

《一度の狙撃ごとに、潜伏地点を割り出す前に移動され、特定が間に合いませんでした。申し訳ありません、RB》

「うは……ヤベェな。こりゃ相当の手練れだぜ。一応企業連に報告しといてやれ」

《了解しました》


 空中に展開されていたモニターを閉じ、RBはビルの縁に右足をかけパレードに沸くセントラルストリートを見下ろした。


「荒れなきゃいいけどな……」

《RB軍曹》

「うお!! いきなり繋いでくるんじゃねェよ! びっくらこくだろうが」


 すでに通信は終えたものだと思って気を抜いていたために、RBは肩を跳ね上げてしまった。だが、オペレーターはそれも構わず話を続ける。

 あまりに平坦で、かつ重い声色で。


《企業連本部から……全警備隊に連絡するよう言われました。本日、セントラルストリートパレードにて“ステイシス・アルマ”の公開が行われる時間、場所の情報が……流出していたようです》

「ハァ!? 待て、今のそれ関係じゃねェだろうな……」

《否定はできません。現在流出元の特定を急いでいるようですが。公開が中止されることはないようです》

「できるだけ気にはしておくけどよ……クソ、二脚機甲オモチャでの護衛もつくんだろ?」

《もちろんです》



 始める前からこの体たらく。企業連に加盟する中でも最大規模を誇る、グローバルノアコーポレーション、その軍部に属するRBはすっきりしないものを腹に抱えながら、そのビルから何のためらいもなく飛び降りていった。


 セントラルストリートパレード。巨大な海溝の上をゆくメガフロートで行われる、年に一度の祭典。

 人類の天敵、ドミネーターからこの都市を防衛するため、数々の科学技術を駆使し生み出される兵器が列になり、都市一番の大通りを行く。


 その兵器以外にも、それぞれの企業が観客を楽しませるためのエンターテイメントを用意している。

 それは目にするだけで腹が鳴る、美味しそうな料理が並んだ露店であったり、小型兵器の運用体験ブースや、最新技術をつぎ込んだ、便利なデバイスの販売会であったり。

 その中でも特に観客を楽しませるのが……。


 企業の誇る、優秀で名のある兵士たちのパレード参加、である。


 都市独自の軍事階級制度により、若く優秀な兵士が高階級になる、その上任務で名を上げてくると……いわゆるファンというものが付いてくるのだ。


 例えば、結月静流が都市の住人から絶大な支持を得ているために発生する利益というものは、センチュリオンテクノロジーという企業の名を広め、かつ経済効果も大きく見込めるものだ。

 企業にとって有能な兵士とは、優秀で腕が立ち、かつ住民の人気を集めるカリスマ性、容姿を持っている人間なのだ。


 ただ戦えればいい。そんな兵士はもう古い。と、いった変わった風潮が蔓延しているため、企業一押しの兵士はパレードに並ぶ兵器に乗ったり、隣を歩いたりし、観客を楽しませるのだ。


 都市の住人たちが待ち望んでいたセントラルストリートパレード、華やかな1日が、空に描かれる色とりどりの派手なホログラム演出と花火によって彩られ、幕を開けた。


 企業連本部から、セントラルストリートへ躍り出たのは中堅企業の最新鋭装甲車や、軍部一の精鋭部隊の大行進。

 割れんばかりの歓声と、音楽に包まれてどんどんパレードの主役たちが列をなしてきた。

 そんな中、とんでもない知名度を誇る人物がセントラルストリートを見下ろせる、最高の位置に現れていた。



「あれ……ゆ、結月静流じゃない? 結月静流がいる!!」

「どこ、どこだよ!」

「スカイシップに乗ってないか? 今回はパレードに参加しないのかよ。くっそー、楽しみにしてたのにさー」

「すげ。みんな見てるぜ。さすがセンチュリオンテクノロジー1の戦姫だな」


 そんな観客達の声を下に聞きながら、まるで水の都を行くゴンドラのような、ガラス質の乗り物に乗ってパレードを観覧する結月静流。

 軍服ではなく、タイトなパンツに肩を少しばかり露出した私服を着ている。彼女の表情は沈んでおり、空に浮かぶゴンドラの縁に肘をつき、出るのはため息ばかり。


「仕事柄、見慣れているあんなものを見て何が楽しいと……。ヒナキの喜ぶ姿が見たかったですね……」


 このゴンドラは、セントラルストリート沿道で見ると自分に観客が殺到しひどい絵面になるのを防ぐため……と。ヒナキと一番いい場所でパレードを見下ろすためだったのだが。


「うまくいかないものですね。何もかも……」


「ついてないなあ、結月ちゃん」

「ええ、ついてないです。ここにあなたを乗せる予定などなかったのに……」

「でも、休憩の時は一緒にお祭り回れるんでしょ?」

「そうですが……」


 華やかなパレードの上を、まるで緩やかな川を進むかのように移動するゴンドラに、もう一人乗っていた。結月静流の専属オペレーターであり、階級准尉、東雲姫乃がどこか愉快そうに笑っていた。

 落ち込みふてぶてしい静流と、そんな珍しい態度を見せる彼女を見て面白がっている東雲姫乃というツーショットはやけに凹凸おうとつの激しい絵面になっていた。


「結月ちゃんを発見して、下は大騒ぎもいいとこだねー」

「あとで目立たない場所に移動しましょう……。それにしても、ステイシスの一般公開などと、馬鹿げたことをしますね、企業連も」

「一般人のステイシス像って、ゴアグレア・デトネーターっていう黒い機体だからね。今回完全公開されるのはその機体らしいよ」


 ステイシス・アルマ。白い髪に褐色の肌を持ち、赤い瞳の少女。彼女を知っている高階級の軍人ならば、ステイシスといえばその少女を指すのだが。

 方舟の一般市民はそうではない。なにせ、ステイシスが出撃するときは必ず、ゴアグレア・デトネーターという黒い機体で姿を表すからだ。


「ステイシスは特殊合金製の球体調整槽スフィアに入れられて、機体と共に並ぶのでしょうね」

「そういうことになってる」

「ゴアグレア・デトネーターをステイシスと思わせる……。まあ、あの少女は不安定ですからね。スケープゴートを用意しなければならないのでしょうが」


 次々とパレードに参列してゆく、中堅企業が開発した兵器軍を眼下に捉えつつ。静流はため息まじりにそう言った。ステイシスは強大だが、精神面でも身体面でも不安定な、諸刃の剣。

 それを補うために、ゴアグレア・デトネーターというウィンバックアブソリューターに乗せられているのだが。


 過去、方舟近海に出現した高ランクドミネーターの群れの殲滅に当たっていた企業連正規部隊を筆頭にしたウィンバック部隊を、敵もろとも殲滅し戻ってきた事例もあるが、そんなものは氷山の一角だ。


「お、中堅企業出展中最大規模の兵器だよ」


 凄まじい光の演出、そしてオーケストラと共に進んできたのはフォトンノイド粒子砲。巨大で、なんのひねりもない無骨なフォルムだが、収束率と粒子量があまりに高い強力な対ドミネーター砲台だ。


 フォトンノイド粒子砲において、“収束率”、%の大きさは射程と貫通力の高さを表し、粒子量、Xeゼヴェルは1射の単純な威力の大きさを示す。


 眼下の収束率100%、粒子量約800Xeの粒子砲だと、直撃さえすれば一撃でランクβのドミネーター数体を撃退することが可能であるが。


「あんな重いもの作っても運用費用が高くてまともに配備できないでしょうね……中堅企業なら、ですが」

「あくまでもパフォーマンスだからね。うちの企業はこんなものも作れるぞってアピールなんでしょ」


 職業病……とでも言うのだろうか。彼女たちは一般市民とはまた違った見方で、このパレードを見ていた。いや、本来このパレードはそういった趣旨も持っているものだ。観客の中には多数の軍事関係者が居る。

 そんなことを話しながらも結月静流は、今、警備任務に当たっているであろう雛樹を気にして気の抜けた表情を浮かべ続けていた。


……——。


《そこを右に曲がった先の袋小路!! 階段を上ってるわ、逃さないで!!》

「あいよ」


 パレードが始まってから3時間。ヒナキはインカムから聞こえてくる夜刀神葉月のオペレートに従って、いわゆるスリの後を追っていた。ここまで人の密集するイベントだ。こういった犯罪もよく起きる。それを取り締まるのも警備兵の仕事なのだ。


 背の低いビルに沿うよう設置された、簡易的な階段を全速力で登り逃走を図っていた犯罪者の若い男性。

 まだ階段を上ってもいない雛樹をちらりと見て、引き離したと安心したのか薄く笑みを作っているのが見て取れた。

 引き離されるのも無理はない。相手は何も装備していない身軽な状態で走っているのだ。

 対して雛樹は銃やら何やらを持ってしまっている。追いかけっこではかなりのハンデだ。


「あ、今笑ったな。クッソ、もういい加減押さえてスったもの返してもらうぞ盗人!」


 アンカーショットを装備した右腕を階段の上に向け、左手で射出トリガーを叩くと、小気味良い音とともに射出されたアンカー。ワイヤーを引いて飛んだそれは男登る階段、その上に巻きつき……。


 強烈な巻き上げ。それこそ、自分の体をその場で地面から引き離し、上昇させるほどの。

 あまりの上昇加速に雛樹は驚きの声を上げてしまった。本土で使っていたものよりはるかに性能がいい。

 思い通りの立体機動が可能となるそれを使い遥か上の階段の手すりの上を、体を縦回転させながら飛び越え着地すると、上ってきた盗人の前に躍り出た。


「さあ、タッチしようか、盗人さん」

「おおおお!? うそだろ!?」


 首から下げていた小銃のストックで、容赦なく盗人の顎を強打した。鈍い音を立てて脳震盪を起こした盗人は、九十九折つづらおりの階段、その踊り場に向かって転げ落ちていった。


「ふう……、ゲームセット」

 

そんなことを言いながら額に浮かぶ玉の汗を腕で拭った雛樹は、その後盗人の身柄を警備隊本部に引き渡した。

 そしてそこにいた、盗まれたものの持ち主に渡し感謝の言葉をもらってから、自分の持ち場である第三区画に戻ったのだった。


「意外と犯罪が多いんだな、方舟も」

《そうよ。特に元本土人の犯罪がね。ここでは本土人はいい扱いを受けないから……職に困ったりした元本土人が犯罪に手を染めて、さらに評判を悪くする悪循環が存在しているの》


 パレードの列、そして観客の間で警備をしている雛樹は、インカムから聞こえてくる夜刀神葉月と事あるごとに会話していた。

 今は観客と向き合って警備しているのだが、自分が興味を持った兵器が現れた時はやはり釘付けになってしまい、挙句にはその兵器の出展社の人間に兵器の説明を求めに行く始末。


 その都度、夜刀神葉月に呆れられ、怒られているが懲りていなかった。


《あまり不自然な動きをすると、他の警備兵に目をつけられるわよ。ただでさえ、本土出身というだけで不安要素として見られているのに》

「そういうのは気にしないのが一番だと思うんだよ」

《気にしなさい。ほんとあなたはコミュニティというものを知らないわね》

「本土じゃほとんどひとりきりだったからな。コミュニケーション能力を求められるとツライね」




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