ー憧れー
だが、雛樹はそれを否定も肯定もしなかった。
別段憧れるような人間ではないことは自分が一番よくわかっているが、誰に憧れるかなどということは人の勝手である。
なにより、自分だって昔は憧れの人物の一人二人はいた。そういった人物のようになろうと努力したこともあった。
「ターシャ、お前が俺を憧れとして見てくれてることは素直に嬉しいよ」
「……はい。ヒナキはずっと昔から私の憧れでした」
なんの恥ずかしげもなく、臆面もなく肯定する。
誰がなんと言おうと事実であるし、憧れの人に面と向かって言いたかった。
私はあなたに憧れて頑張ってきましたと。
「……で、俺と同じになれたか?」
「いえ、まだまだ努力不足で……」
「おいおい、努力じゃ一緒になれないだろ。なんだ、ターシャ、お前そんなことで悩んでるのか」
雛樹のおどけた言い方に、静流は目を丸くした。
なんだそれは。まだまだ頑張りが足りないな、などと言われるかと思っていたのに。
「なあ、ターシャ。これ、当たり前のことだけどな。いくら強く憧れたところで、その憧れの人物と同一になんてなれやしないんだ。実際俺はお前みたいに二脚機甲をうまく動かせはしないし、頭もそんなに良くない」
「そんなことは、些細な違いです」
「憧れてくれるのは嬉しいけどさ……それでお前が調子悪くなってるんなら……ああ、単身でドミネーターを相手にするのが、お前の言う確かな違いってやつなのか? もしかして」
雛樹は歩兵でも扱える対ドミネーター兵装を、葉月からもらって喜んでいたことを思い出していた。
そう、静流の強さの象徴は小さな人の身で怪物と対峙する雛樹の姿なのだ。
核心を突かれ、静流はその言葉を肯定することしかできなかった。
「私があなたを本土で見つけたあの時も、ガンマ級のドミネーターと対峙していたでしょう」
「あれは……孤児院の子供達を守るためにだな」
「なんの装備も持たないあなたが、人のためにガンマ級のドミネーターと対峙できる強さに憧れて何が悪いというんです」
俄然、静流の声に熱がこもってきた。
雛樹は雛樹で、やんわりと自分らしく強くなってほしい、だから憧れるのはいいが囚われすぎるなと言ってやるつもりだったのだが、風向きが変わってきてしまった。
「今思い出しても身が震えます。私のお兄ちゃんは、昔と何一つ変わらず強い人だと確認できたあの時を」
そんなことを嬉々として言う静流に対して、雛樹は眉間を押さえながらあの時の状況を思い出す。
結局のところ、自分はボコボコにやられていたような気がするのだが。
「結果として及ばなくとも、立ち向かう強さに憧れたのですから」
むっふぅとでも聞こえてきそうな表情でそんなことを言うものだから、雛樹は参ってしまった。
まだ当分静流は呪いにも似た憧れに縛られ続けるのだろうと思うと頭が痛いが……。
「なんにせよ、お前はお前でちゃんと強くなってるよ。でもあんまり無茶するなよ、憧れられる方も胃が痛くなる」
「善処します」
到底善処しないような表情でそう言われ、ため息をついてしまった。